第8話 家出姫、王都で放浪の精霊を探す。①

「ねえ! ねえ! ねえ! 本当にどうしよう!」


 私は両手をわなわなと震わせながら、寝起きすぐのライラに迫った。

 ライラはというと、眠気眼ねむけまなこをこすりながら、まだフル稼働していない脳みそで私のこの切迫した状況をご理解いただけていない表情をしている。


「どうかなされましたか? エリサ様?」

「どうやったら、この姿からちゃんとした元の私に戻れるのかしら?」

「私は愛くるしい今のお姿が好きなので、別にきちんと話ができるようになった現状であれば、このままでもいいのではないかと思うの……ぐぅふっ!?」


 私はライラが自身の性癖全開で訳の分からないことを言ってくるので、ギュッと首元にかけた両手に力を込める。

 当然、ライラは息が出来なくてジタバタする。ここでいつもならば、「はいはい」とライラが軽く私の腕を掴んでお終いという流れだ。が、今日は違うのだ!


「……は……外れな……ひ……」

「ふふふっ! いつもと同じなわけないでしょ! 今日は手に重力魔法をかけて、金の様に重くしてみました!」


 全く以って無駄な魔法の使い方をしているなぁ……と思われるかもしれない。まあ、確かに魔力の無駄な使い方かもしれないが、魔力量が無限に溢れ出てくる私にとってはこの程度のこと、くしゃみをするくらいお手軽なことだ。


「……ず…び…ま…ぜ…ん……」

「ちゃんと謝ったので外してあげます!」


 私は首から絡ませていた手を外す。ライラは圧迫を受けた首を手で摩りながら、ヒューヒューと深呼吸をしている。


「で、本当のところはどう思う?」

「もちろん、この状況は明らかに良くないかと思います。今のままだと、ルグルアール様のお耳にこの話が入れば、たぶん、ノームを殺害しにくるかもしれません」

「そうよね……。折角、ノームとは話し合いで上手く解決できたというのにね……」


 そう。先日まで起こっていた鉱山都市・リヤドで起こっていた事件は、私の考えた「鉱山都市・リヤドを魔王ルグルアールの保護国とする」案をノームやリヤドの村長が、解決に至った。

 が、私の呪いだけは解決されず、結果的に私だけ割に合わない苦痛を虐げられている。

 もちろん、手がないわけではない。


「エリサ様、ノーム様がおっしゃっていたご提案に関しては、どうお考えなんですか?」

「ああ、あれねぇ……。私も半信半疑な感じでね。そもそもどこまで信用していいんだか……」

「まあ、それはそうですよね。土の精霊の呪いがこじれたから、反対の属性である風の精霊に治してもらうって普通に考えても、信じれませんよね」

「でもまあ、火の魔法に対しては水の魔法が打ち消すという点では良いわけだから、ありといえばありなのかもしれないけれどね。そもそもこじれさせた原因は、ライラ、あなたのせいなんだからね……」

「も、申し訳ありません」

「とにかく、今は風の精霊・シルフを探すしかないわね」

「と、言っても、シルフ様は古文書などでも放浪の精霊と言われていて、どこにいらっしゃるかは不明と存じ上げております」

「ライラの言う通り。彼は放浪の精霊よ。でもね、ノームから聞いたんだけど、リストアニア国の王都で開かれる武術大会には、毎年顔を出しているらしいわよ。それもずっと勝っているんですって。でね、その武術大会が2日後に開かれるそうよ」

「ふ、2日後ですか!? 時間がないじゃないですか! どうやって移動するんですか?」

「うーん、まあ、これまで通りの徒歩での移動だと無理でしょうね。だから、ちょっとペットを呼び出すわ」

「ペット?」


 ライラは訝しげに首を傾け、私の言葉を飲み込めずにいるようだ。

 軽めの朝食を取った私とライラは、リヤドの村から少し離れた広場に場所を移動させる。

 私はふふっと微笑み、「万物の聖典」を「よっこいしょっ」と広げる。


「『召喚』!」


 と、言葉を念じる。刹那、魔方陣が目の前で起動し、そのから一体の竜種が現れる。

 私の隣でライラは腰を抜かしている。


「あれ? ライラはドラゴンをみるのは初めてなの?」

「……い、いえ、初めてではないのですが、ま、間近で召喚を見るのは初めてでしたので……」

「そうなんだ」

「で、これがペットですか?」

「そうよ。ブラックドラゴンのウルティマちゃんよ!」

「てか、竜種最強のブラックドラゴンをペットに持っているってエリサ様おかしくないですか!?」

「え? そう?」


 現れたブラックドラゴンは私の方にこうべを垂れて、私が鼻筋を撫でると、グルグルゥと嬉しそうに喉を鳴らす。

 ああ、本当に可愛いな、ウルティマったら♡


「これで王都まで飛んでいけば1日もかからないわ!」

「その前に襲撃されたりしませんか? 一応、ブラックドラゴンなんでしょ?」

「そこは、認識阻害の魔法で結界を張っておけば、何とかなるでしょ」

「何とかなるんですね……。エリサ様って、何だか凄いですね」

「何だかじゃなくて、本当に凄いのよ。いい加減、驚いてなくてあなたもウルティマちゃんと親愛を深めなさい」

「え? どうやってです?」

「こうやってよ!」


 と、言って、私はライラをウルティマの前に差し出す。

 ウルティマは瞳を輝かせて、ライラに顔をさらに近づける。

 ライラは気が気ではない。そりゃそうだろう。竜種最強と言われるブラックドラゴンが自身の目の前に近づいているのだ。攻撃されたら、さすがにライラでも命を落とす危険がある。

 私を信用しているからこそ、近づいているのだろうけれど、心の中では怖がっているのは当然だ。

 が、次の瞬間、ウルティマは予想の斜め上を行く行動を起こす。

 舌をチロリと出すと、そのままライラをベロリと嘗め上げたのである。


「……う、うひぃぃぃぃぃいぃぃぃいぃぃっ!?!?!?」


 ライラは悲鳴に似た声を上げる。

 まあ、そりゃそうだよね。だってドラゴンと言えども、トカゲのそれに近い。

 が、このペロリは友好の証みたいなものなのだから、受け入れなければならない。

 頑張れ! ライラ!

 この嘗められたことで、信用されれば食われなくて済む。親愛を得なければ、パクリと食われてしまうわけだ。

 さあ、ウルティマの決断は――――!?

 ペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロ!!!!!


「な、な、何なんですかぁ~~~~~~~~~~~~!?!?!?」


 ウルティマはペロペロの加速度が増し、ライラは唾液でべちゃべちゃになって少し、卑猥ひわいにも見える。

 服はベタベタだし、少しだけだが、下着が透けて見えている。


「こ、これはどういうことなんだろう……。う、ウルティマちゃん?」

「ううっ……。乙女の何か大切なものがドラゴンに奪われたような気がします……」

「そ、そうね……」


 私は冷や汗を頬に一筋垂らしつつ、ウルティマに近づく。

 そっと、鼻筋を撫でつつ、


「ウルティマちゃん? どうしちゃったの?」


 と、問うと、ブラックドラゴンは私に「グルグル」と喉を鳴らすような音で何かを伝えてくる。

 私はその言葉を聞いて、頬を赤らめてしまう。


「え、エリサ様!? こ、このウルティマ様は何と……?」

「あ、あのね……。ライラ、驚かずに聞いてね」

「すでにこの状況で驚いていますので、これ以上驚くには世界滅亡くらいのネタがないと驚かないかもしれませんよ」

「あはは……。じゃあ、大丈夫かな……。あのね、ウルティマちゃんはライラのことが好きになっちゃったんだって。その、結婚したいってレベルで……」

「……………え?」


 ライラはその瞬間にブラックドラゴンのヨダレだらけのまま、意識を失ったのであった。

 ああ、ライラにとっては、世界滅亡以上のネタだったということなのだろう。

 倒れたライラに、スリスリと頬擦りをするブラックドラゴンという、何とも身の危険しか感じえない状況を目の前で見せつけられた私はコメントのしようがなかった。

 ただ、一つだけ興味だけが湧いた。


「ブラックドラゴンとサキュバスの間にどんな子が生まれるのかしら!?」


 でも、その疑問も瞬時に消えてしまう。


「だって、ウルティマって女の子だったもんね………。子どもは作れない、か……」


 私はそうつぶやくと、気絶しているライラに回復魔法と掛けてあげるのであった。

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