魔王の娘・エリザベートと優秀だけどちょっと愛が重い侍女・ライラの家出日記【第11回角川つばさ文庫小説賞応募作品】

東雲 葵

第1話 魔王の娘って何だか面倒くさい!①

「もう! 本当にありえないんだけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

「え、エリザベート様!? 落ち着いてください!」

「ライラ! あなたもこの苦しみが分かりますか!? 私はそもそも魔王などやりたいと一言も申し上げたことはございません! なのに、どうして、ルグルアールお父様は私をこのような独房にも近い、結界魔法を張り巡らせた鉄格子が互省ごしょう丁寧に準備された部屋に軟禁状態で教育を受けないといけないのでしょうか!!!」


 私は家庭教師兼侍女であるライラが「小休止しましょう」と言った瞬間に思わず、羽ペンをへし折り、立ち上がってライラに抗議した。

 もちろん、ライラが100パーセント悪いわけではないので、これは私の単なる愚痴になってしまうのだけれど……。

 ご紹介が遅れたわね。私の名前はエリザベート・フェンネル。

 父はルグルアール・フェンネルという名で、世界を支配する5つの魔王の一人である。

 産声を上げたのは今から14年ほど前。生まれたその日から、周囲にいる魔族の会話を聞き取り、理解して反応が出来る状態であった。

 そして、何よりも魔王の家臣から稀有けうの視線を浴びたのが、私の容姿――。

 魔王の子どもは代々、父・ルグルアールと同じ紅蓮の髪をしており、それを見るだけで、人々から恐れられていたのだが、私が持って生まれたのは金色の髪、そしてさらにはすぐにでもポキリと折れてしまいそうな華奢な身体に白い肌――。

 精霊界の民と同じ容姿で生まれた私に、周囲の魔族は震撼した。

 これは天変地異の前触れではないか―――。

 魔王軍壊滅の狼煙が挙げられたのではないか、とまで言われた。

 が、魔王由来の魔力を持ち、自在に操るその姿は、父である魔王ルグルアールやその臣下の魔族を納得させるには十分であった。

 うふふ。だって、5歳にして、飛び入り参加した模擬戦で魔王軍の正規兵を魔力を込めた拳で叩きのめしたのだから。

 が、私はそんなものに興味はない!

 だって、私、転生者ですから―――!!!

 私は転生前は、葛城冴子かつらぎさえこは、日本で何不自由なく暮らしていた社会人サラリーマンだったの!

 平日はバリバリ仕事をして、休日は腐女子オタクと化す! そんな悠々自適な生活を送っていたが、ある日、寝ていたところ、急性ショック死で帰らぬ人となったみたい……。

 で、目を覚ますと、こんな恐ろしい環境に生まれ、そして、帝王学などというものを学ばされることになった。


「ねえ、ライラ。ずっと私と一緒にいるあなたなら分かってくれるでしょ? 私がどれほど自由を欲しがっているかということを……」

「ええ、まあ、分からないでもありません。しかし、こうやって心の奥底に闇の気持ちを高めていただき、そのガス抜きとして地上の人間の国を侵略するわけです」

「何だか、すっごく自分勝手な侵略理由よね……、それって」


 そして、私の横で先程まで授業を展開していたのは、ライラ。

 私が物心つくころから、私の身の回りのお世話をしてくれている侍女。艶やかな黒のロングヘアにホワイトブリムが生える。

 元々は、伯爵家出身の彼女ではあったが、領地闘争に巻き込まれ、お家は没落した。さらには戦争孤児として、息も絶え絶えであったところを、魔王軍が連れ帰ってきた。

 そして、私はライラと偶然、城中で捕虜を使って行われていた実験で出会い、肉体の処理をどうすべきか悩んでいた研究者から譲り受け、その滅びかけた肉体から魂魄を取り出し、淫夢魔サキュバスの肉体に放り込んで、「血の契り」のキスをした。結果、ほぼ私と同い年の友だちのような侍女がここに誕生した。魔族の証ともいえる角が、ちょっとばかり生えたりはしてしまっているものの、艶やかな黒のロングストレートは彼女の容姿を引き立てている。

 それに、彼女のスペックも優秀で、学力は伯爵家の御令嬢ということもあって文句なし。彼女の魂を放り込んだ淫夢魔サキュバスの身体が上級魔族だったことから、肉体も半分以上残っていれば即座に修復してしまうようになった。私の下で一緒に生活するようになってからは、私と一緒に戦闘訓練などもするようになり、メキメキと戦闘力も向上させ、今や、お父様の魔王軍でも引けを取らないレベルにまで成長したと言っても過言ではない。


「まあ、そんなことどうでもいいのです」

「どうでもいいの!?」

「ええ! エリザベート様にはしっかりと帝王学を学んでいただかなくては、私もルグルアール様に排除されてしまいます!」

「ええっ!? 物心つくときから一緒にいてるあなたが排除だなんて! 絶対にさせないわ! て、ちなみにどうやって排除するの?」


 ライラは頬にかかった黒髪をさっと後ろにたぐりあげると、


「簡単に言えば食べられるわけです」

「ええっ!? お父様の食事って案外エグイのね……」

「まあ、処刑の時だけです。他は普段、エリザベート様が食べられているものと同じものを召し上がっておられます」

「あ、そうなんだ。でも、それは嫌だなぁ……。ライラが食べられちゃうなんて考えたくもないかも……」

「ええ。私も、ルグルアール様に食べられるくらいだったら、エリザベート様に食べられたいです」

「――――――ん?」


 そう。言い忘れたが、たまにライラは変なことを口走るような気がする。

 そもそも淫夢魔サキュバスなんだから、男性の精気を食べればいいのに、そういう話をすると、


「そんな汚れたものをどうして食べられるというのですか! 私はエリザベート様の血を少量お分けいただければそれで結構です」


 と、返事をされてしまい、私も仕方なく、ライラに血を分けていたりする。

 もしかして、契約のときに何か手順を誤ったのかなぁ……。

 私の休憩はそんなことを考えている間に終わりを迎えてしまうのであった。


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