第12話 第三次パルティア5-3会戦(中編)

 敵艦隊を最初に直接偵知したのは、巡洋艦<サーベラス>だった。

 ただし、ほぼ同時に戦艦<デヴァスタシオン>、<キアサージ>、巡洋艦<スタロスヴィツカ>、そして<畝傍>も敵を発見しており、TURMSを通じた情報共有を図っている。

「見事な陣形を組んでいるなぁ・・・」

 敵ながら天晴とでも言いたげに呻いたのは、艦隊右舷側後方にいた駆逐艦<ロック・ハンプトン>のデイヴィット・ネーピア艦長だった。

 赤毛で豊かな髭面の、陽気な男である。

 人呼んで「熊のぬいぐるみテディ」を思わせる、気のいいやつ。

 彼は、ダッフルコートの襟元に結んだマフラーを締め直した。

 二七世紀の宇宙艦艇の例に漏れず、艦橋内の気温は低い。

 コートのポケットから、銀製の、一パイント容量のフラスクを取り出し、中身を一口啜る。体を温めるためのウィスキーだ。

 仄かに潮の香を感じる、二七世紀で手に入るものとしては最良の品である。

 数的に優位に立った敵艦隊を目前にした彼の反応は―――それだけだった。

「・・・怖くないの? デイヴ」

 彼のPAIである、小柄で英国的美女のジュリーが少し呆れたように訊ねる。

「そりゃあ、怖いさ―――」

 デイヴィットは答えた。

 言葉とは裏腹に、表情は全く朗らかだ。冗談めかせて、大袈裟に震える真似までしていた。

「だがねぇ、ジュリー。尻尾を巻いて逃げるわけにもいかないだろう? なんとしても仲間たちと肩を並べ続けて、残り僅か六本の魚雷を放つまでは。敵に対して劣勢なら尚の事だ」

 デイヴィットは、殊更に虚勢を張ったわけではない。

 既に距離は〇・二μau約三万キロを切っていたが、未だ交戦は始まっていなかった。

 これは奇妙にも思えることだ。

 戦艦クラスの、大口径の荷電粒子砲はもうとっくに射程圏内に入っている。

 だが防禦力場や測距との兼ね合いで、砲戦及び飽和雷撃戦はおおよそ〇・一六μau二万四〇〇〇キロで開始されることが多かった。

 たいへんな距離であるようにも思えるが、細かなものまで含めると一〇〇近いパルティア5の諸衛星のうち、最も軌道半径の遠大なもので約二八万キロだから、宇宙空間における感覚としては「掴み合いの殴り合い」であることが分かる。

 おまけに距離を詰めようとする敵艦隊に対し、こちらは緩やかに後進していた。

 この接近時間が、デイヴィットの精神に僅かながらも余裕を齎していたのだ。

 ―――焦っても仕方ない。

 そんな心境だった。

 全く、敵艦隊は優性である。

 戦艦二、巡洋艦七、駆逐艦一二。

 数のうえでは戦艦は同数、巡洋艦クラスでほぼ拮抗、駆逐艦が倍するだけにも思える。

 だがこちらは、「決戦兵器」たる光子魚雷の残弾に乏しい。

 対する敵は、おそらく三斉射は余裕だろう。どうやら艦載機も三〇機以上いる―――

 これほどの戦力に後ろを取られていたらと思うと、ぞっとした。

 宇宙戦闘での位置取りとは、それほど重要なのだ。

 両陣営、あるいは各プレイヤーが頭を絞って―――つまり電算機とPAIをフルに使って、「後ろを取ろうとする」のも道理というものである。

 だが敵はまず、その初手を握ることに失敗した。

 巡洋艦<畝傍>の―――あの朝比奈雅人が所有していたパフィンのお蔭だ。

 デイヴィットは、モニターに写る敵艦隊を見つめた。

 敵艦隊も船体表面を低視認性偽装に切り替えているから、あれこれと補正された映像である。

「ジュリー、魚雷の用意はいいな?」

 FB艦隊と敵艦隊の飽和魚雷戦は、セオリー通り「殴り合い」になった―――



全火器オール・ガンズ・独立撃インディペンデントち方・ファイア撃てカミンズ撃てカミンズ撃てカミンズ!」

 猛獣めいたジギーの号令を耳にしながら、私は敵艦隊から大量の光子魚雷が向かってくるのを見た。

 こちらの放った二〇〇発余りの光子魚雷のイルミネーターと交差するように接近してくる。

 大量。大量。確かに大量ではある。

 ―――だが思っていたよりも、少ない。

 二五〇発前後のようだ。

 隻数と艦載機の数から言って、もっと脅威を感じる光景になっていてもおかしくない。

 もしかして。その、なんだ。

 あちらも戦闘を専門にしていない艦隊なのだろうか?

 船団護衛任務を請け負うために、中堅どころの連中が出張ってきただとか、急遽「現地組み」で作り上げられたというような。

 そうであるならば、まだ希望も持てるというもの―――

 私は、かぶりを振った。

 雑念である。

 希望的観測は、何の意味も持たない。

 マッチ一本火事の元、数分先には艦ごとドカン、プレイヤー歴初の脱出ポッド使用となり果てる可能性のほうがまだ高い。

 交戦に入る前、ジギーが「座席のベルトを締めて」と言ってきた。

 過去に経験のないことではなかったけれど、極めて珍しいことだ。

 つまり、それほど危険度は高いと告げているに等しい。

「ジギーに、私を縛り上げるような趣味があったとは」

 そんな軽口を叩いてベルトを締めたときにはもう、互いの艦隊は統制水雷飽和攻撃と、主砲の殴り合いに突入していたというわけだ。

 FB艦隊は、各艦の自由射撃に移行しつつも、敵艦隊の撃沈ではなく魚雷の迎撃に主眼を置いた。

 副砲や近接防禦システムだけではなく、主砲も対水雷射撃に投入したのだ。

 これには、ちょっとコツというか、荷電粒子砲の開発当初は想定していなかったという、応用技のような射撃法を要する。

 荷電粒子のようなビーム兵器の一部には、「自己発散」という厄介な問題が潜んでいる。性質上、何らかの方法で集束、偏向してやらなければ空間を進む間に拡散してしまうという現象を引き起こすのだ。

 現状、二七世紀の宇宙艦艇はこの問題を解決するために主に磁場を使っている。

 つまり、この集束機能を故意に甘く設定してやれば、「拡散して主砲を撃つことも出来る」ということだ。

 主砲に依る対水アンチ・雷射撃法トーピード・ファイアは、こうして生まれた。

 飽和攻撃が、直線的に放たれる攻撃法である以上、この射撃は極めて有効である。

 艦隊戦術処理システムや個艦戦術処理システム、火器管制システムにこの射撃法に対応したモードが仕込まれる程度には、普及もしていた。

 ―――全ては、側背を取られなければ可能なこと、だが。

 艦隊及び個艦の運動には、それほどの意味がある。

 即座に後退機動を選んだルイの奴は、正しい。

 それでも、第一波の迎撃にはかなりヒヤリとさせられた。

 全艦揚げての主砲や近接防禦システムの使用、パフィンたちのパルスレーザーによる射撃で多くの魚雷を撃ち落とし、更にはデコイによる失探も加えることが出来たものの―――

 <畝傍>の防禦力場には、二発が命中して弾いた。

 疑似音声がゴリゴリと嫌な音を立て、対衝撃警報が続く。

 光子魚雷はそこで爆発四散して―――

 艦隊の更に外周にいたパフィンの何機かが吹き飛んだ。他にもやられた機体があるらしい。

 次は、もっとキツいということだ。

 頼みの綱は、こちらの光子魚雷だが、

 壁面ディスプレイを見つめた私は茫然とした。

 敵の主砲射撃が疎らだった。

 少なくとも巡洋艦級の数隻が発砲していない。

 補給が不十分な艦や、故障艦艇でも連れて来たのだろうか?

 淡い期待を抱いたが―――

「何だ・・・ あれは・・・!」

 敵艦隊上方と左右にいた計三隻の巡洋艦が、突如として活性化した火山のように、無数の近接防禦火力を発揮し始めたのだ。

 艦橋ディスプレイの表示には、敵火力は赤色で表示するように設定したから、派手な大型花火のようにも見えた。

 本来なら主砲モジュールが収まっているべき艦首部まで、副砲用のレールガンや、近接防禦システムが一杯に詰まっているらしいのだ。

 ―――こんな迎撃法があるのか!

 少なくとも、私は初めて見た。過去に目を通した戦闘記録にも覚えがない。

 新たな対水雷対処法―――それも極めて効果的な迎撃法というわけだ。

 次々とこちらの光子魚雷が爆発、四散していた。

「面白いモジュール構成だなぁ・・・」

 艦型識別のためにデータを収集して、ジェーンに記録しておかないと。

 おそらく通常の巡洋艦のセオリーを無視して、主砲級の艦砲をまるで積んでいないのだ。

 代わりに、ハリネズミのように速射性のある火器で武装しているらしい。

「・・・感心している場合?」

 呆れたような、ジギーの言葉の響き。

 こんなときまで好みの声音だ。

 私はいつもの癖で、左舷側と右舷側を交互に眺める。 

 艦隊は全艦無事だが、敵艦隊も同様。おまけに二〇機以上いたはずのこちらのパフィンは随分と数を減らしいた。

 もう駆逐艦たちの殆どには、本当に残弾も無いだろう。

 溜息は幸せを逃すというけれど、盛大な吐息をついてしまったのは、止むを得ないことだと思う。

「・・・ああ。大変な事になるな、この次は」



 ―――大変な事になる。

 朝比奈雅人の予想は、正鵠を射ていた。

 再装填を素早く終えた敵艦隊第二波の飽和光子魚雷攻撃で、FB艦隊はこの会戦で初の被害艦を出した。

 弱々しいクロスカウンターのように放たれたFB艦隊の光子魚雷は、最早一二〇発を切っており、その全てが迎撃されてしまったのとは対照的に、敵艦隊の弾数はほぼ減じておらず、大幅にパフィンが撃墜されたことで近接防禦システムに穴の開いたFB艦隊の周囲で、膨大な数の熱核反応爆発が生じた。

 このうち最も近くで炸裂したのは、艦隊下方側にいた巡洋艦<オベロン>の左舷付近の一発だった。

 あの「調達屋」ヘンドリー艦長の艦である。

 元々、同艦は彼のプレイスタイルのため物品輸送用モジュールが大きな作りで、一種の高速輸送艦のような設計になっていた。しかも標準的な火力も維持していたから―――皺寄せは、防禦力場の生成能力の弱さという形になって発露していた。

 まず、爆発の一部が<オベロン>の左舷副砲群を破壊。

 この際、ほぼ同時に至近を通過した敵荷電粒子の収束帯を防禦力場が「歪ませる」ことに失敗し、後方にいたFB艦隊の一隻を直撃したのである。

 巨大な光線に捕まったのは、駆逐艦<ロック・ハンプトン>だ。

「デイヴ・・・!」

「畜生。奇跡は二度起きんか・・・」

 <ロック・ハンプトン>は、純粋に戦闘を目的としたモジュール構成になってはいたものの、直接戦闘ではなく、長距離船団護衛を重視した設計だ。

 火力は褒められたものではなく、おまけに二七世紀宇宙時代の駆逐艦の常で防御力が低い。先の会戦で損傷を負ったのもこのためだが、その際は<畝傍>に救われている。

 二度目の僥倖を得ることは能わず、本来は対塵用のひ弱な防禦力場をあっさりと食い破られ、一撃で艦首部が吹き飛んでしまった。

 おまけにスラスター用の補機室を介して、主機室にも爆発が伝播。

 PAIのジュリーは区画の真空化による消火を試みたが、どうにもならかった。

 もし宇宙空間が音波を伝播するなら、盛大な破壊音を立てたことだろう。

「・・・太陽帆を張っても帰ると嘯きたいところだが」

退艦アバンダン・シップ?」

「ああ。ジュリー、やってくれ」

 デイヴィット・ネーピアと彼のPAIジュリーは、脱出ポッドモードの起動を選ぶしかなかった。

 もし艦隊戦下で僚艦が撃沈されてしまったら、脱出ポッドの救助を担うのは最も近い艦の役割であるのが、この世界のセオリーだ。

 朝比奈雅人などが「弱ったときに助け合うのは、お互い様のことだ」と述べる所以であったし、またこれは敵艦の救助より味方ポッドの回収が優先される理由でもあったのだが、戦闘中に成すには多大な勇気と決断力を要する事実に相違はない。

 <ロック・ハンプトン>の救助を請け負ったのは、駆逐艦<マラシュティ>だった。

 大胆にもこの艦は、船体の外観表示を低視認性のものから通常航行時用の高視認性に切り替えた。

 これは、彼我両軍に共有されている一種の暗黙の了解に基づく行為で、高視認性表示に切り替えた艦は救助中であるから「撃つな」という意思表示である。

 だがしかしこの行為は、決して何かに明文化された「ルール」などではない。非戦闘対象が両軍で条約化されているのは、あくまで脱出ポッドのみだ。

 流れ弾に巻き込まれる危険性は排除できないし、中には高視認性表示に切り替えた艦を故意に狙うような奴もいる。艦載電算機の戦術処理システムは、「目立つ艦」の脅威度を高く認定するという欠陥もあったから、まさしく「勇気ある行為」。

 だが、<マラシュティ>は平然とそれをしてのけた。

 そうして破城筒陣形下の艦隊が作り出す傘状の防禦力場から離れ、<ロック・ハンプトン>の脱出ポッドに接舷し、舷側ハッチからネーピアとジュリーを移乗させた。ドッキングと同時に、接続端子から<ロック・ハンプトン>の直近データを回収してもいる。

 このとき、<ロック・ハンプトン>だった・・・艦の残骸は、まだ大部分が破壊されずに浮遊していた。

「デイヴ、つらいだろうが処分するぞ」

「・・・ああ、すまん。やってくれ」

 二七世紀の宇宙戦闘に至っても、「自軍の艦を敵に鹵獲させるわけにはいかない」という考え方はあり、むしろ各プレイヤーのモジュール構成や経験値には企業秘密的な部分が濃厚にあったから、出来得る限り喪失艦は処分したいところだ。

 脱出ポッドの使用と同時に、艦載電算機の全てには自動破壊装置が働くものの、念には念を入れて―――というわけだ。

 ネーピアと<マラシュティ>の艦長は、友人と言ってよい関係だった。

 残っていた魚雷のうち貴重な一本と、砲撃とを使って、<ロック・ハンプトン>の残存船体を完全に破壊してくれた。

 慈悲の一撃ド・グラースというべきだろうか。

 爆発、四散する自艦を<マラシュティ>の艦橋から見つめ、

「いい艦だったんだ・・・ とてもいい艦だったんだ・・・」

 デイヴィットは悄然と呟き、あとは言葉もなかった。



(続)

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