第13話 第三次パルティア5-3会戦(後編)

 ―――駆逐艦<ロック・ハンプトン>が戦没した三分後。

 敵艦隊第三波の光子魚雷飽和攻撃が飛来した。

 しかし、その光景は意外なものだった。

 僅か八〇発余りだったのだ。

 FB艦隊の被害は、駆逐艦<パトナム>及び<咸陽>が小破、レーザーパルス弾で懸命の迎撃に努めていたパフィンのうち六機が撃墜されたのみ―――

「・・・これは」

 巡洋艦<スタロスヴィツカ>艦長のタティアナ・シェフチェンコは、己のPAIレーシャへと振り向く。

 彼女たちは付き合いが長く、供に歩んできた戦闘経験も深かったので、改めて問いを発するまでもなくレーシャは頷いた。

 まるで宝石のような緑色の瞳を煌めかせつつ、ペルシャ猫の如く表情をくるくると変えるレーシャは、同時に魚雷迎撃の処理を事も無げにしてのけていたから、なるほど主のプレイスタイルに育てられた「戦闘狂」である。

「どうやら敵艦隊は、まともな戦闘準備を出来ていなかったようですね」

「ただ船団護衛を終えればよいというような?」

「ええ。ただ終えればよいというような」

 タティアナは唇の端を吊り上げた。

 戦闘任務に際して弾庫を空にしておくというのは、冒涜に等しい行為だと思っている。

 だがお蔭で絶好の機会が巡ってきた。

 ルイが―――というより、可愛らしい見かけをしていながら判断力に優れたルイのところのPAIマルトが、この好機を見逃すとは思えない。

「TURMSより受信。各個、魚雷迎撃から敵艦隊の砲撃へ切り替え。尚、後退は続行」

「そう。そうこなくちゃ。レーシャ?」

「はい。敵艦隊上方。巡洋艦の一隻。目標番号三-〇-四を撃つのがよろしいかと」

「よろしい」

 艦隊戦闘を主眼に置いて設計された<スタロスヴィツカ>は、流石というべきか、FB艦隊で最初に砲撃戦による反撃に転じた艦になった。

 戦艦<デヴァスタシオン>や<キアサージ>よりも早かったのだ。

 伊達に、あの事前会合におけるPAIたちの演算の結果、満場一致で艦隊次席指揮官を委ねられたわけでもなければ、ニックネームの「サーベルシャシュカ」を奉じられているわけではない。

 所謂「脳筋」であるタティアナの艦は、最新鋭の<レオン・ガンベッタ>級大型巡洋艦だ。同時に兵装メーカーからリリースされた三〇・五センチ荷電粒子砲を一二門積んでいて、これはあの<畝傍>が主砲にしているラインホター社製二八センチ砲にも勝る。

 ちょっとした旧式戦艦相手なら、充分に殴り合いが可能なほどの艦だ。

 PAIのレーシャがこの巨砲を以て狙ったのは、敵艦隊陣形の左舷側端にいた巡洋艦である。

 これは奇妙にも思える。

 しかしながら、三次元に広がる破城筒陣形バドリング・ラムの形成が一般的になっている二七世紀における宇宙戦闘では、ごくあり触れた選択だった。

 両陣営とも、円錐形の頂点に当たる先頭艦には艦隊内で最も防禦力場の生成能力に優れた艦を置くことが当然の行為になっていたから、よほど陣形が崩れた場合でもない限り、いきなり敵艦隊中央部を叩くことは無謀な行為に等しい。

 ならば陣形外周の、力場の「端」になっている艦から狙い、一隻一隻を削ぐように撃沈を狙う―――

 そんな戦法が、一種のセオリーになっているのだ。

 そしてこれは、FB艦隊の陣形端にいた<サーベラス>が最初の被弾艦になり、その後方に位置した<ロック・ハンプトン>が喪失艦第一号になったのは、偶然の結果などではないという意味でもある。

撃てシュート!」

 レーシャが叫び、タティアナは固唾を飲んで自艦から放たれた光の束を見つめた。

「用意、弾着!」

 己のPAIが見事に敵艦の防禦力場を叩いた瞬間には、いますぐ押し倒してやりたいほどの愛おしさと誇らしさを覚えた。

 だが―――

 青白い光輝は四散し、歪み、あさっての方向にむかって捻じ曲げられてしまう。

「第一弾、弾かれました」

「ちぃ」

 タティアナ自身にもとっくに分かっていることだったが、艦隊砲撃戦は一撃で撃沈できるほど甘い行為ではなかった。

 敵艦隊の防禦力場が乱れ、目標艦の力場もまた発砲や迎撃といった理由に依って途切れた瞬間でもない限り、「撃沈」は難しい。

「レーシャ、そのまま続けて!」

「はい!」

 革張りの艦長席で腕組みし、敵艦隊を見据えるタティアナの頬を、自艦のものとは違った青白い閃光が撫でる。

 光源は彼女から見て、足元の方角―――

 戦艦<デヴァスタシオン>と<キアサージ>の発砲だ。

 このうち<デヴァスタシオン>のものが、敵艦隊上縁にいた三隻の敵巡洋艦のうち一隻―――あのやたらと派手に対水雷迎撃を行っていた「新型艦」の一隻を捉えた。

 これは敵防禦力場の一角を食い破り、ただの一撃で、

「敵艦大破!」

 確かに、がっくりと項垂れたように相手艦が小爆発を繰り返し、落伍していく。

 どうやらあの小賢しい仕組みの詰まった艦首部が吹き飛んだようだ。

「流石は、ルイ」

 あるいは、<連邦>側戦艦としては最新鋭の<アイアン・デューク>級を褒め称えるべきか。

 ―――あれは一種の化物。

 紛れもない巨砲を、一六門も積んでいる。

 こんな戦果も、当然のことと言えた。

 だがタティアナを本当に驚かせたのは、その直後に起こった出来事だ。

 敵艦隊右側にいた巡洋艦の一隻が、本当に言葉通りの意味で吹き飛び、爆発―――轟沈する光景を目撃したのである。

 <デヴァスタシオン>の砲撃でもなければ、<キアサージ>のものでもなかった。

「・・・・・・」

 手元の情報表示をさっと確認したタティアナは、困惑した。

 <畝傍>の砲撃であった。

 -――冗談でしょう?

 一撃で?

 確かにカタログスペック上は可能ではある。

 だが、二七世紀の各艦独立射撃では相当に難しい真似であることは、先刻弾かれたばかりの自艦の砲撃を見ても分かる。

 文字通りの、僥倖を必要とした。

 正確無比な照準。荷電粒子砲の威力と、迅速な加速器使用。そして敵艦隊及び個艦の防禦力場の狭間を突くこと。

 そんな何もかもが重ねって、初めてやれる真似だ。

 ―――偶然なのだろうか。

 タティアナの<スタロスヴィツカ>が四度目の斉射でようやく敵艦の防禦力場を食い破ったとき、更に信じられないことが起きた。

「<畝傍>、目標番号三-〇-九敵駆逐艦を撃破!」

 レーシャが報告を上げ、タティアナの困惑は深くなった。

 <畝傍>の砲撃は決して迅速とは言えない。

 緩慢とさえ評せた。

 だが、試射と修正射を含むたったの三斉射で二隻の艦を撃沈していた。

 ―――馬鹿な。

 有り得ない。一体どうやって。

 そういえば、あの艦。先の会戦でも「二隻喰った」と耳にした。

 一つの会戦で、立て続けに数隻の戦果を挙げることなど、火事場泥棒でもやっていなければ難しい。

 ―――どうして?

 これは偶然などではない。

 だがどう考えても、例えどのようなモジュール構成をしていたのだとしても、旧式の<アヴェローフ>級と、ラインホターの二八センチ砲の組み合わせでやれることではない。

 ―――どうして!



よくやったウェルダン、ジギー!」

 宇宙広しといえども、こんな芸当が出来るのは我が<畝傍>だけに違いない。

 FB艦隊は、どうにか敵艦隊を振り切れるかもしれない。

 私はそんな安堵を抱くようになっていた。

 敵艦隊の陣形が乱れ、どうやら追撃速度も緩み始めているようだ。思わぬ損害にたじろいでいる―――そんなところだろうか。

 敵は、あまり深くこちらを追えない。

 どうやらまるで準備不足だったらしい状態で己が根拠地から離れることになるし、TB艦隊もいるからだ。

 もっとも、こちらも褒められた状態にはない。

 いまやFB艦隊の陣形も乱れかかっていた。後退しながら渇いた雑巾を更に絞るようにして魚雷戦をやり、各個迎撃射撃をやって、そこから砲撃戦に移行したので、「脳筋」の連中から罵られても文句も言えない有り様だ。

 正直なところ、何が何やら。

 突入時点で機動調整時間MATもバラバラだった艦隊がこんな無茶をやったのだから、無理もない。

 どう例えればいいか。

 ええと、そうだな。「体力余裕も実力も揃っていないランナー各艦が、ペースメーカー旗艦と、互いの励ましTURMSだけを頼りに、無理矢理団子になっているようなもの」と言ったところか。

 私の<畝傍>は未だ無事だったが―――

 四機を艦載してきたパフィンは、もう一機も残っていなかった。

 艦内時計を眺め―――嘆息した。

 パルティア5―3への突入開始から、三四分。たったの三四分だ。

 右舷側には、嫌になるほど大きく、不気味で、複雑なマーブル模様をしたパルティア5がある。このガス状惑星を四分の一周して、また戻ってきたに過ぎない。

 左舷には、<デヴァスタシオン>。

 私は、自艦の機動調整時間を確認した。

 なんと、プラス値で八分。

 本当に見事なものだった。それだけ無茶な機動をやれる余裕を残して、ジギーは<畝傍>を操っていた。

 これがどれほど困難な行為か。挙げればキリがない。

 迫ってくる敵艦隊。艦首スラスターの推進剤投入。荷電粒子砲の投射を利用した逆推進。つまり、目まぐるしく相対位置は変化する。

 おまけにジギーときたら、敵艦の射撃間隔をモニターしてこの混戦の中でデータ化、そのタイミングで砲撃、個艦防禦力場の狭間を突くという真似までしてのけたのだ。

 素晴らしい。

 ジギーと、<畝傍>の組み合わせあっての賜物。

 モジュール構成まで全て彼女に委ねて、正解だった。

 まったく、ヒモのような暮らしだ。コーヒーを淹れるくらい、自分で済ませてしかるべきというもの―――

 左舷方向から、青白い閃光が迸った。

 <デヴァスタシオン>の、えーと・・・何斉射目だったか。

 ともかく発砲を続けている。

 既に射撃目標を切り替えていた。落伍させた敵艦に留めを刺すのではなく、あくまで敵艦隊の追撃を諦めさせることに専念しているということだ。

 <キアサージ>、<スタロスヴィツカ>、<サーベラス>―――

 各艦が続く。

「なんてこと」

 ジギーが驚きの声を漏らした。

 どこか面白がっているように聞こえる。

「どうした?」

「<オベロン>、発砲」

 私は目を丸くした。

 確か、判定中破はしているんじゃなかったか?

 まったくなんて連中だ。

 笑いの衝動がこみ上げてきた。

 あの明るいスタンリー艦長を思い浮かべる。

 これなら。これなら何とか―――

「・・・妙だな」

 ふと敵艦隊の発砲に、間が開いた。そうして再開されたかと思うと、

「・・・!」

 赤い光線の束は、<デヴァスタシオン>に集中した。

 一艦、また一艦。

 一斉に、というわけではない。故意に時間差をつけて、各個射撃の標的だけを絞ったような具合だ。

 ―――これは。

 セオリーをまるで無視している。

 これはいかん!

 奴らはきっと・・・

「ジギー、<デヴァスタシオン>に通信。砲撃を止めろと―――」

 だが遅かった。

 <デヴァスタシオン>が次の発砲をやった瞬間、敵艦隊のうちどれか―――おそらく巡洋艦クラスの荷電粒子砲が、盛大にルイの奴の誇る最新鋭艦の艦首部を貫いていた。

 なんてことだ。

 なんてことだ。

 あいつら、ジギーと砲撃法と同じ効果を、数を使ってやりやがった!



 ルイ・デュヴァルは、自艦の損傷を示すダメージリポートを前に面食らっていた。

 敵巡のものらしい砲撃が、荷電粒子砲の砲門数基から飛び込み、四つある加速器室のうち二つまでを完全に破壊してしまっていたのだ。

 <アイアン・デューク>級は元々攻撃力の高い艦だが、ルイは更に荷電粒子砲を積み増すモジュール構成―――所謂「論者積み」を選んでいて、これが裏目に出た格好である。

 主砲の幾つかが、加速器の動力供給システムを共有するという無茶をやっていたのだ。

 しかも弱ったことに、この破壊はエネルギー伝達路を経由して、艦首スラスター用の補助機関室に及んでいた。

 ―――<デヴァスタシオン>は後退できなくなったということだ。

「マルト、どうにもならんのか?」

「・・・一六基の主砲のうち、六門までは使用可能です。これで」

 何とか反動後退させたいというマルトの言葉をかき消すように、衝撃が生じた。

 どうにか張り直した防禦力場が敵光線を弾き返す、赤い閃光と警告用疑似衝撃だ。

 ルイは眉を寄せる。

 何て厄介な。

 主砲を撃たなければ、反動エネルギー利用の後進すらやれない。

 いまや慣性航行の理屈で動いているだけだ。

 だが砲撃をやる瞬間には防禦力場を切断せねばならず、そうなると敵砲撃が自艦を襲うだろう―――

 ルイは状況掲示を見やり、FB艦隊の後退速度を確認した。

 戦艦<デヴァスタシオン>を機動調整時間の基準点にして艦隊陣形を形成し、同艦の戦術処理電算機とTURMSで管制している以上、艦隊全体の後進が半ば停止しかかっていた。

「やむを得んか」

 長躯の伊達男は、素早く思考を巡らせ、自らを励ますように頷き、決断した。

「・・・次席指揮官のシャシュカに。指揮命令権を委ねる。後退を継続しろと」

 戦艦<デヴァスタシオン>を置いていかせるしかない―――

「馬鹿なことを」

 伝達が巡ると、<キアサージ>のラリー・オブライエンが返信を寄越してきて、重力曳索による曳航を提案してきた。

 半ば工作艦の機能を持ち合わせた<キアサージ>には強力な重力曳索投射機があり、更に曳航能力も高い重力クレーンも装備しているから、それがやれる、と。 

「どちらが馬鹿だ」

 ルイは友に答えてやった。

 敵砲撃下で曳航作業などやれば、どうなるか知れたものではない。

 それに<デヴァスタシオン>が落伍するなら、艦隊には防禦の要として<キアサージ>が必要だ。

「・・・・・・すまん」

「いいから、いいから。とっととシャシュカの指揮下に入れ」

 それにまあ、例え何があっても俺たちは死ぬわけじゃない―――そんなことをルイは言った。

 ずるずるとFB艦隊から残置されるかたちで浮遊した<デヴァスタシオン>は、そこから約四分間、継戦できた。

 意外なことのようだが、二七世紀の宇宙戦艦は極めてタフであり、最後の瞬間まで艦艇としての根幹機能は保たれていたと言っていい。

 防御力場の展張能力も無事なら、主機関も全力発揮可能だったのだ。

 だが敵砲火が集中した挙句、通信を使って降伏を勧告されるに至り、

「・・・申し訳ありません、ルイ」

 PAIのマルトは詫びた。

 ブルネットの髪に同じ色の瞳をした愛らしい顔立ちは、半ば泣き顔になっている。

 彼女と艦載電算機の演算に依れば、もうどうにもならなかった。

 彼我の相対距離は一万μauを切っており、このままでは拿捕される可能性が高い―――

 全ては二七世紀における宇宙戦闘特有の条件、機動選択の自由性を失った結果に依る。

「降伏勧告を、受諾なさいますか?」

「狼の言い分を聞いてやる謂れはないなあ・・・」

「では?」

「ああ。退艦する。脱出ポッド起動。データバックアップののち、艦の電算機は破壊。艦も爆破だ。景気よく、狼さんの鼻っ先に花火をくれてやれ」



 ―――戦艦<デヴァスタシオン>が自沈を選んだ。

 TURMSを介した通信と、自艦からの直接観測でその事実を知ったとき、私の沈思はそう長いものではなかっただろう。

 私と、ジギーと、<畝傍>にとっては重大な決断を含むものであったから、いま少し逡巡していたとしてもおかしくはなかった。

 だが不思議と、迷いは生じなかったのだ。

 ジギーはといえば、相談するまでもなく、私の顔を一目見るだけで再演算を始めていた。

 そうしてFB21―――つまり巡洋艦<スタロスヴィツカ>のタティアナ・シェフチェンコ艦長に連絡を取った。

「・・・正気?」

 私の提案を耳にしたシェフチェンコ艦長は、内容の是非に対して反対だというわけではなく、動機を知りたがった。どうしてそこまで、といった顔を浮かべていたのだ。

「プレイヤーとしての義務。私の艦が、最後にいちばん近くにいた艦だから、だよ」

「・・・・・・」

「<キアサージ>も条件としては同様だが、今あの艦を欠くわけにはいかない。<オベロン>は損傷しているし、<サーベラス>は長距離船団護衛向きだ。そして次席指揮官である貴方の艦も離れるわけにはいかないだろう?」

「・・・・・・」

「それにまあ、ルイの奴にはパルティア宇宙港で美味い店を教えてくれた恩がある―――そんなところかな」

「・・・わかったわ」

 出来得る限りの支援はする、彼女はそういって通信を終えた。

「さあ、ジギー。行こうか」

「ええ、雅人」

 私は頷き、この会戦で初めての、己が意志からの物らしいといえばらしい号令を下した。

「ただいまより艦列を離れる。低視認性表示より、高視認性表示に切り替え。適切前進速度、位置取り、作業座標。全てジギーに任せる---」

 我が愛しの<畝傍>は、漆黒の戦闘用衣装を脱ぎ捨て、純白の船体に赤いストリームラインを表示させた、本来の優美さを取り戻した。

 私は何ともいい気分で告げる。

「救助ミッションだ。報酬は無し。ルイの奴を助けに行くぞ!」



(続)

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