第11話 第三次パルティア5-3会戦(前編)

「悲惨なる真実よ、何と時宜を失して現れたものか」

 ―――エウリピデス「バッカイ」1287



 半月以上眠った気になったほどの仮眠をとったばかりだというのに、瞼と眼球に疲労の気配が漂ってきた。

 ちかちかと橙色の明滅を繰り返す大量爆発を二度も見つめたために、しかも瞬きを忘れて見入ってしまったために、そんな具合に陥ってしまったらしい。

 いまや輸送船団は最初の飽和攻撃を浴びて、一五隻以上が吹き飛んでいた。

 <同盟>艦船の多くは、まるで魚類や海洋哺乳類のようなシルエットをしているが、全長二キロメートル近い貨物船舶ともなると、もはやセミクジラ類を思わせる。彼女たちはその巨体をのたうちながら、脱出ポッドやコンテナを射出させる船もいれば、5-3に僅かに存在する重力に捕まって「落下」を始めている船までいた。

 おまけに大変珍しい光景まで出現している。

 飛び散った大量の破片か、5-3の周囲に小さな「環」を描き始めていたのだ。

 人工的なものとはいえ、今後5-3はリングの装飾を纏うことになるかもしれない。

「・・・蒸しタオル、用意する?」

 ジギーの声がした。

「ありがとう、大丈夫だよ」

 私は答えた。

 大したものだと舌を巻く。

 TURMSを介して艦隊と連携しながら、自艦の射撃指揮装置GFCSを使い、主砲の射撃準備をやり、第二弾の光子魚雷装填を同時並行し、そちらの諸元入力も行っているというのに。一体どうやって私の様子まで見逃さないのだろうと、毎度のことながら首を傾げたくなる。

 おまけにジギーには、これからもっと厄介な操作が待っている。

 防御力場を遮断、主砲を射撃するのだ。

撃てシュート!」

 艦長として「砲撃始オープン・ファイア・ガンズ」の命令はとっくに下してあったから、これはジギーの形よい唇から発せられた号令だ。

 艦首に一二門ある二八センチ荷電粒子砲から、青白い閃光が迸る。

 宇宙空間での砲戦における殆どの例から漏れず、全門を射撃する「斉射サルヴォー」だ。もちろん各砲で独立して撃つことも、砲の半分を撃つというような真似も可能だが、彼我の防禦力場との兼ね合いで、かなり面倒な行為である。

 おまけに―――

 艦橋内に響く警告鈴と疑似的な発射音が去ったあと、艦尾方向から微かな振動を感じた。

 ジギーは主砲射撃の瞬間、艦の主機に対し僅かに推進剤を投入して、反動を相殺させているのである。

 何故か。

 要するに、だ。

 荷電粒子砲のような高エネルギーの束を艦首方向に対して投射するとは、どういう意味を持つのか―――ということだ。

 推進力が、後進方向に対して働いてしまう。

 大口径のノズルが確保できない艦首スラスターなど、ほぼ似たような理屈の推進形式を採っていることからも、どれほど強力な推進力が働いてしまうかが分かる。

 そこで二七世紀の宇宙艦艇は、主砲射撃の瞬間に機関を「吹かせて」相殺するのだ。

 艦の前進速度の強弱、あるいは停船しているかどうか、艦隊を組んでいるかどうかに関わってくるから、推進剤の投入具合はケース・バイ・ケースである。

 よくもまあ、ジギーのようなPAIたちは、これほど複雑な一連の演算処理と実行を担えるものだ。むろん、艦の生体核酸塩基電算機DNAコンピュータあってのことではあるが。艦載電算機を操っているのは、彼女たちだ。

 ―――本当に、艦長プレイヤーなど必要ないのではないか?

 何とも言えない皮肉な気分に陥っている間に、敵船団は壊滅状態に向けてまっしぐらだった。

 各艦の砲撃は、殆ど静止目標に近い船団に、次々と命中していた。

 光子魚雷飽和攻撃が「爆発の連続」なら、砲撃戦は「閃光の乱舞」である。

 ただし、荷電粒子砲の射撃は本来なら可視できない。

 安定的な粒子を使っている限り、粒子そのものは光を発しない。おまけに現在主流になっている方式では、集束にはレーザーではなく磁気を使っている。

 つまり、真空中での視認は困難だ。

 我が<畝傍>で艦橋の壁面ディスプレイに表示されているのは、疑似的に青白く映像処理したものだ。

 駆逐艦たちが放っているレールガンにも、便利なので同様の処理設定が施してある。

 つまり、その。

 何ならピンクの水玉模様に表示しても構わないし、合成音で艦橋内に響かせてある発射音も「えびふりゃー」でも良いわけだ。そんなことを望む奴がいたとして。それで気が抜けなければ、だが。

 艦隊の砲戦は丹念だった。

 各艦の射撃指揮に委ねられた以上、むしろPAIたちは楽しんでいると言ってもいい。

 艦隊戦術処理システムから、おおまかにどの艦はどの辺りの敵を狙えという指示はあったので、それに従っているとはいえ、防御力場の管制、標的の測的から射撃指揮装置の処理、装填、射撃、前後推進エネルギーの相殺と、端から見ていると随分忙しそうだ。

 しかしながら彼女たちは、求められる項目が多ければ多いほど「主の役に立てている」と、高揚さえ覚える。

 ジギーに言わせるなら、TURMSを介した統一射撃の場合と、個別の砲戦指揮を委ねられた場合はまるで違っているといい、

「貴方の時代に例えてみるなら、AT車とMT車のようなもの」

 だそうだ。

 まるで職人芸である。

 髪を結んだジギーは、静かに高揚し、グレーの瞳を煌めかせ、形よい唇の端を吊り上げていた。

 こんなときの彼女は、まるで冷静狡猾なハンターのようだ。

 対防禦力場戦術として考案された、敵集団の端にいる標的から狙うというセオリーを守り、一隻一隻確実に討ち取っていく。

 彼女にとって、一心同体と化した<畝傍>は「このようなときには最高」のモジュール構成がしてある。巡洋艦としては口径の大きなラインホター社製二八センチ荷電粒子砲と優れた観測機器を積んでいるから、投射力としても貫通力としても、また照準の正確性としても申し分が無いそうだ。

 似たような「狩り」を楽しんでいる艦は他にもいて、巡洋艦<スタロスヴィツカ>がそうだった。

 あちらは標準的な口径のものをたくさん積むという選択をしていて、「戦争は数だよ兄貴ぃぃ」を地でいっている。

 駆逐艦たちの中では、<マラシュティ>と<パトナム>が素晴らしい働きをしていた。いわゆる「戦闘向き」のモジュール構成をしているらしい。駆逐艦にしては火力が高い。

 かといって、少ない門数で懸命の砲撃をやっている<ロック・ハンプトン>などが「艦」として私たちに劣るというわけではない。

 彼らはその分、例えば魚雷の搭載数が標準的なものより多かったり、船団護衛向きに航続距離が長かったり、通信妨害手段に優れていたりするからだ。

 それにしても―――

 映像処理システムの設定値を超えた閃光が左舷方向からあり、私は目を細めた。

 戦艦<デヴァスタシオン>の砲撃だ。

 おお、おお。

 流石は、最新鋭の<アイアン・デューク>級。

 一六門もある大口径荷電粒子砲を、奔流のように叩きつけている。大型商船でさえ一撃で吹き飛ばしていた。

 二七世紀の戦艦は凄いぞ。怪物ジャガーノートみたいなものだ。

 短いが激しい砲撃が続き、いよいよ泊地の船団を殲滅すべく対船団二度目の飽和雷撃戦を準備していたとき―――

 同じ直衛隊に属する巡洋艦<サーベラス>から報せが入った。

「我、二機の艦載機と交戦中」

 巡洋艦<サーベラス>とは正反対の方向にいたので、直接視認は出来ない。手元のホロビューに表示していた戦術処理システムの映像で確認する。

 敵の主力艦載機である、スペース・エアクラフト・インダストリー社製JF-10スパンカーだ。

 同名の、海上を往く船で使用されていた縦帆を寝かせたようなシルエットをしている。つまり、鋭く、シャープで、まるで刃物のような印象がある。

 <同盟あちら>側の正式分類だと、確か魚雷艇という呼称になる。

 ―――何処から飛んできたのか?

 泊地だろうか。

 在泊船団だろうか。

 それならもっと早く見つけられていなければおかしい。

 推進剤の噴射跡、通称「航跡ウェーキ」の解析データを眺めると、艦隊からみて右舷方向、パルティア5-2の方角から伸びてきていた。

 ―――5-2?

 どうしてあんな方向から・・・

 <サーベラス>と駆逐艦<パトナム>、<咸陽>、四機のパフィンが迎撃を始め、あっさりとスパンカーは吹き飛んだ。

 パフィンストロベリー5からの緊急通信を受信したのは、そのときだ。

「・・・なんてこった! 魚雷、撃ち方待てチェック撃ち方待てチェック撃ち方待てチェック!」

 私は叫び、射撃停止を命じた。

 艦隊は既に二度の斉射をやり、敵船団の防禦力場を食い破って更に六隻の輸送船を撃沈したあとだった。

 しかも―――

 僅かに命令が遅かった。

 盛大な振動。

 片舷各六基の発射基から、合計一六発の光子魚雷が飛び出し、発射軌道から目標追跡に入って一直線に飛翔していく光景を、私は茫然と見守るしかなかった。

 TURMSを介した戦術指揮システムの統一命令を受けて、艦隊全艦がこの日三度目の飽和魚雷戦をやり遂げてしまったのだ。

 ―――なんてこった・・・ 発射管の全弾撃っちオール・トーピーズ・まったゴーン

 残存敵船団の大半は吹き飛ばせるだろう。

 だが。

 だが、これでは。

「・・・拙いな」

「ええ―――」

 ジギーは、急激な状況変化を伝えるTURMSに困惑しているらしい。PAI特有の論理的思考と人間的感情の狭間で不本意な往復をしている―――そんな声をしていた。

 彼女は、正確な報告を私に告げることで、前者を選んだ。

「・・・再計算結果、勝率二四パーセント。私たちはともかく、駆逐艦たちの魚雷残弾はもう殆ど無い。そんな状態で、遭遇戦をやることになる」



「・・・迎撃するか?」

 ルイ・デュバルは、手元のホロビューに浮かび上がった親友ラリー・オブライエンの精悍な容貌を見つめ返した。

「離脱の一手だ―――」

 ルイは目頭を揉む。

「もう駆逐艦たちには魚雷が無い。相手のほうが数も上だ」

「では、当初予定通りパルティア5の軌道コースか?」

 確かに戦術処理システムは、そちらの方が艦隊機動上の混乱は少ないと告げている。

 だが、

「いかん。後ろを取られてしまう」

「・・・同意する。すると残された選択肢は一つだな」

 <デヴァスタシオン>の電算機とPAIのマルトは、もう一つの戦術行動を提示していた。

 ただちに敵船団への攻撃を中止し、新たに出現した敵艦隊へと正面軸を転換する。

 そうして残された魚雷の全てを叩きつけ、敵艦の例え一隻でも二隻でも漸減し、主砲による砲戦を実施。

 そして射撃の際、あの面倒な推進剤投入による相殺運動を行わない・・・・

 この運動と、艦首スラスターによる後進を組み合わせ、往路のコースへと後退する―――

 つまり、敵に正面を向けつつ、牽制攻撃を加えて接近を阻止し、破城筒陣形による防禦力を維持しながら、「後ずさり」をやるわけだ。

 救いを見出せる部分があるとすれば―――

 敵艦隊はおそらく、計画的に待ち伏せていたわけではあるまい、ということだ。

 それなら船団の殲滅前に出てきたはずだったからだ。

 慌てふためいて出港準備を整え、陣形を組み上げ、無茶な機動をやって駆け付けて来たのだろうといったところ。

 そしてこちらの艦隊の残弾は確かに限られてはいるが、前哨戦で傷を負ったものはおらず、防禦力や機動力は何一つ損なわれていない。

「すると、殿しんがりは必然的に俺たちというわけか」

「ああ。巡洋艦たちクルーザーズはともかく、駆逐艦たちデストロイヤーズのために防禦力場を展開しなきゃならん」

 やれやれ。お前さんは責任感が強すぎるんだ―――ホロビューの中のラリーは、そんなことを言った。

 だが彼は、ニヤリと笑った。

 まったく有難いことだ、持つべきものは察しが良く理解のある友人だ、とルイは感謝する。

 やはり素気ない通信文などより、例え短かなものとはいえ顔を突き合わせてやりとりする事でしか得られないものがある。

 このような困難なときにこそ。

「よかろう、ルイ。その貧乏籤、一緒に引き受けてやる」



(続)

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