第10話 蹉跌
「・・・・・・」
私は眉を寄せ、目を細めた。
敵警戒隊の爆発は、急速に終息しつつある。
真空である宇宙空間での圧力の急激な発生もしくは解放は、熱核兵器のような相当の高威力を以てしても、熱、光ともに持続時間が短い。
光子魚雷を用いた戦闘が飽和戦術を採るのは、目標から対処能力を奪い去るとともに、そうでもしなければ艦艇の作り出す
辺りには破片が飛び散り、「艦だったもの」が奇怪な死骸のような姿を晒していた。
左舷側に巨大な破孔を作った艦。
原型も分からぬほど大破した艦。
同時に数発の魚雷を受けたらしい駆逐艦。
―――キール・オーバー。
所謂「
原語としては、「引っ繰り返った竜骨」とでも直訳できる言葉だ。竜骨というのは海上を往く艦船の船底中央部を通る構造材のことで、これが「引っ繰り返る」とは、即ち艦船にとっての沈没や大破を示す慣用句になった。
二七世紀のプレイヤーたちにとっても、似たような意味のスラングとして使われている。確か、<DIVA>由来の「伝統的」なものだ。
「救難信号を受信」
「何処だ?」
艦橋ディスプレイに拡大投影された、緊急脱出ポッドを見つめる。
<
右舷側に青燈、左舷側に赤燈の舷側燈があり、船体上下各所と船尾に衝突予防の為の白色燈が煌めいている。こればかりは彼我両陣営、軍艦だろうが商船だろうが変りはない。
外観表面には高視認性表示の素子帯。トランスポンダ、リフレクターなども備わっていて、被発見率を上げている。
放射方向と強度の異なる受発信アンテナ三つ、通信レーザー発振器が幾つか、それに発光信号機があって、定められた通信波帯で救難信号ビーコンの発振を繰り返していた。
「・・・受信事実を記録。ただし無回答で」
「はい」
救難ポッドに対する救難義務は彼我両軍にあるが、流石に戦闘の真っ最中には履行されないことが多い。また実際に救出が始まっても、まずは自陣営のものを優先し、相手陣営の信号は後回し―――ということも珍しくなかった。
そのために緊急脱出ポッドには最低限の自力航行機能があるのだし、長期間備蓄可能な食糧や医薬品を積み、万が一の事態に備えての冷凍睡眠装置を搭載しているのだ。
多くのプレイヤーたちが艦橋に持ち込んでいる暇つぶしのためのゲームや、書籍、映画のデータの類も、本来は「救難までの時間に備えたもの」である。
「幾つかの救難ポッドから別の信号も受信しているけど・・・」
ジギーが微苦笑して告げた。
「・・・定型文的なものではない?」
私も似たような表情で応じる。
「ええ、まったく」
「一応、記録しておいてくれ。艦橋内に流す必要はないよ」
中身については容易に想像がついた。
罵詈雑言の嵐、誹謗中傷の塊、語彙表現の見本市に違いない。
撃沈させられたプレイヤーたちが、そんな真似をするのもまた<DIVA>以来の「伝統」である。私自身にとっては全く趣味ではないが。
―――標準時一七一四。
敵泊地付近の
弾頭に詰まっているのは、二一世紀ならコンポジットと呼ばれていた技術の延長線上にあるものだ。
酸素を詰めた微粒子と、燃焼材、様々な添加材を含んだもので、一発当たり約七〇秒間燃焼する。
敵船団が、パルティア5-3の殆ど表面に張り付いたような格好になっているため、重力感知器その他のセンサー類に虚探知が混ざり、有視界での情報収集を補足しようと、そんな指示をパフィンたちに出したらしい。
我が<畝傍>の
強襲後の速やかな離脱に備えて、パルティア5軌道コースを偵察に向かったようだ。
スタリオン・テクノロジーズ社製戦術偵察ポッドシステム<
少しばかり不気味さを感じさせる橙色の閃光が、敵泊地周辺で煌めいた。
宇宙空間での照明弾は、地上戦での同種兵器のようにゆらゆらと落下するようなことはない。炸裂したその場で一定時間の燃焼を続ける。
二発目。三発目―――
光源の下、各種カメラ類が機能を目一杯発揮させ、艦橋ディスプレイに投影する。
正直なところ、戦術処理システムとPAIたちにとって救難ポッドなど最早「どうでもいい」存在だ。自動的に下される脅威度判定は、暗に「船団へ集中しろ」と私たちを“叱責”していた。
「・・・何をやっているんだ、あれは」
5-3の<同盟>施設軌道上空で、貨物船の何隻かが船体各所のハッチ―――船倉部分のそれを開き、電磁カタパルトを使って長方形の物体を放出していた。
すぐに正体に気づく。
宇宙統一規格のコンテナだ。貨物船と比べれば小さく見えるが、たっぷり全長六〇フィートある。宇宙艦船が貨物の輸送に使うもので、固形物用型と液体用タンク型の二種類があり、どちらも外寸は同じだ。
「例え僅かでも物資を荷揚げするつもりなのか」
大した奴らだ。
上手く放出すれば5-3の軌道に留まらせることも出来る。大変な手間がかかるだろうが、曳船を使って回収も可能だ。
速やかな襲撃を決行したいところだが―――
<デヴァスタシオン>は、TURMSを通じて艦隊速度の若干の減速を発令した。
目的は理解できた。
というよりも、二七世紀の宇宙艦船乗りにとっては当たり前の行動だった。
所謂「一撃離脱」に徹したいところだが、あまり高速で航過したのでは攻撃時間に限りがでる。
光速の一パーセント発揮を巡航速度基準とする宇宙艦船では、ここで更に説明の面倒な話が起こる。対艦及び対物戦闘時に発揮する速度―――所謂「戦速」の方が
二一世紀や二〇世紀の海上を往く艦艇を描いた映画などでは、よく「第五戦速!」などと発令して、機関を全力発揮させる場面が観られるが。
真逆なのである。
何なら停止することだって有り得る。
これで5-3の軌道長半径を約一九分で通過する―――
―――確実に存在するであろう敵護衛隊は、何処へ行ったのか?
この疑問は、FB艦隊の各艦長の頭蓋に、密かなプレッシャーとして圧し掛かっていた。
いまのところ戦術処理システムの予想に依れば、パルティア5の真裏―――FB艦隊の完全な観測範囲外を機動して、
「いずれにしても。さっさと船団を攻撃して離脱するに限る」
戦艦<キアサージ>の艦橋では、ラリー・オブライエンが<デヴァスタシオン>から伝えられた攻撃プランを確認していた。
TURMSを介して伝えられた内容は、二斉射分の光子魚雷を叩きつけ、離脱までに主砲及び副砲に依る砲戦を行い、5-3軌道上から急速離脱する―――というものだ。
当然というべきか。
各艦では敵警戒隊の攻撃後、この発令が伝わる前に、各兵装への再装填を完了している。ランチャーには光子魚雷の次弾が込められ、迎撃に用いた副砲群にも同様―――といった具合である。
それどころか。
戦闘準備を発令した時点で、主砲である
これは巡洋艦クラス以上の主砲に採用されている強力な兵器で、荷電粒子を加速器により電圧をかけ、亜光速にまで加速して投射するものだ。
ただし、宇宙艦船にならどれにでも搭載できるというわけではない。
まず、二七世紀の技術を用いてさえ加速器の小型化には限界がある。現在主流となっているシステムでは砲一門につき二基の加速器が必要で、これがかなりの艦内容積を要した。加えて、投射後の荷電粒子を集束させるために用いる
僅かに上下左右へと「砲身」を指向させ得る「砲架」部分なども含めると、頭が痛くなるほどの代物である(「砲身」や「砲架」は、二七世紀の用語に変換されたものであって二一世紀のそれとは厳密には異なる)。
供給する必要のあるエネルギーも膨大である―――
このため、駆逐艦クラスに荷電粒子砲を搭載することは、現状ではほぼ現実的ではなかった。彼らの「主砲」は、戦艦や巡洋艦などが副砲として採用しているレールガンである場合が多い。
どちらの火力にも共通しているのは、発射の際には艦の防禦システムとの同調装置を作動させ、例え一部分でも防禦力場の遮断を要すること。
磁場と重力を使って艦周囲の空間を「歪ませる」ことで攻撃を弾き返す防禦力場は、そのままにしておくと自艦から発射したエネルギーや砲弾が跳ね回ってしまう。
FB艦隊にとって厄介だったのは、彼らが所謂「脳まで筋肉」の者たちではなかったことだ。
荷電粒子砲やレールカノンと一口に言っても、メーカーや年式、威力の点について差異がある。防禦力場の出力も同様だ。
別行動中のストロンバーグ商会のような「戦闘専門」の連中は、ある程度まで艦載兵器を揃え、統一された戦闘行動がやれるようにしていた。
艦隊の編成としても俄作りである点が否めないFB艦隊には、そこまでは望むべくもない。
結局のところ、例えTURMSとPAIたちの能力を全力発揮したとしても、光子魚雷による飽和雷撃戦はともかく、砲撃戦となると各個による射撃に委ねざるを得ない―――
「撃て!」
一七一七時。5-3泊地との距離〇・一五μauで、FB艦隊はこの日二度目の飽和雷撃戦を始めた。
温存しておいた艦載機搭載分を含む合計約二六〇発のシュワルツコフ社製光子魚雷が、各艦の発射機から飛び出し、推進剤を煌めかせ、驀進する。
対船団第二斉射に備え、直ちに次発装填が図られるとともに、圧倒的破壊力を持つ主砲群が照準を定める―――
“彼女”は、指示されたコースに従って闇黒の宇宙空間を飛翔していた。
当初は、そのようなコースを飛ぶ予定にはなかった。
しかしながら、不平はない。
異変に気づいたのは、背後方向に当たるパルティア5-3の表面付近で、大量の核反応爆発を観測したころと、ほぼ同時である。
思いも寄らぬ方角だった。
暗闇の空間の、更に深まった場所。
パルティア5の「夜」に深く沈んでいた、もう一つの衛星―――パルティア5-2。
5-3とは異なった軌道を描き、約五・三日間をかけて本星の周囲を規則的に巡っている星だ。
その背面に、人工的な「何か」を観測した。
複数であった。
静止的なものと、動的なものがある。後者のほうが数が多い。
腹に抱えた紡錘型の器具が、彼女の能力を補佐している。目視ではなく、パッシブ型の高解像度マルチ・スペクトル・センサーが、慎重に他の要素を排除して「痕跡」を発見した。
彼女は、そこで初めてアクティブ的な対応を取った。
「あなたは誰?」
意訳してやるならそんな言葉で、人間たちが
返事はなかった。
予め定められたプログラムに従い、即時性と確実性の平衡を図りつつ、彼女は最大出力で発信した。
「発:ストロベリー5。宛:FB艦隊旗艦―――」
応答のない、俊敏で獰猛な何かが急速に接近してくる様子を感知して、彼女の脳内はチリチリと警告を発していた。
自らに危険が迫っている。
だが、己の主たちに向かっている脅威度のほうが重大だ。
早く。
早く通信を終えてしまわなければ。
私はどうなっても構わない。
後悔はない。
そのように作られ、生み出されたのだから―――
「本文:パルティア5-2表面において事前情報にない泊地及び港湾施設を発見。在泊艦艇:戦艦二、巡洋艦七、駆逐艦一二。急速に破城筒陣形を形成し、5-3方面に向かって発進しつつあり。脅威度大と認む―――」
巡洋艦<畝傍>所属のパフィン四機のうち一機に属していた「彼女」は、直後、撃墜され、爆発し、四散した。
(続)
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