第13話 幻と知った

「いいよ、翡翠って呼んでくれたら」


あはは、と軽く流すように笑うとにっこり笑みを浮かべて名前呼びを許してくれた彼女の表情を思い出しながら歩く。


そんな帰り道。


「……どうして」


いつもは開けているはずの、寮への近道であり帰路であるトンネルが塞がっていた。


まるで㐮衣を拒むかのように。


通せんぼをしてきているかのように。




どうしても思えてしまう──


「もし貴女がワタシのことを名前で呼んでくれるんだったら、ワタシも……」


先ほどから考えていた翡翠ちゃんとの会話がまるで映像と音のように、㐮衣の脳内で蘇ってくる。過去にループしたかのように──




全くもって、特に今は一番こんなことを考えているわけには行かないのに。


なぜかそう考えていても、頬が緩んでくるのを抑えることが難しかった。



「㐮衣ちゃんって呼ぶね」


あの時に翡翠ちゃんに㐮衣、いや私の名前を呼んでもらえたことへの喜びが忘れられないのかもしれなかった。


人間は何度も嬉しかったことを思い出すことが大好きである。


そうやって感傷に浸りつつ、ああこんなこともあったなと思い出を作った相手と語り合ったりして。


もしかしたら翡翠ちゃんと私はこれからも友達として一緒に時を過ごしていくのだろう。


本当にそうだと思いたい──





あれ、どうして疑問系なのだろうか。





「…ん……」


気を取り直し、塞がれた通せんぼされているトンネルの岩を持ち上げようと力む。


何故か翡翠ちゃんの声が脳内に響いてくる。


「これから、友達でいて欲しい。だけど……クラス違うしさ。ワタシとは駄目かな?」


㐮衣は翡翠ちゃんのことが好きになった。


だからこそそんなのは断るわけがなく、即座に了解と言葉を口にした気がする。


その時の笑顔がとても彼女に似合っていた。


「ヨイショーーッッッ!」


ようやく力を振り絞ったおかげか岩がまるで浮くかのように、地から這い出た。


「はあ……はあ……」


息切れしながらも休憩して呼吸を整えようとその場に座り込めば近くから人影が見えた。


「だ、誰?」


人影が㐮衣の前に立ち姿を見せている。相手はなんと──


㐮衣は思いがけない相手に目を見開いた。


「僕だよ?」


真顔ながらも首を傾げている。そう相手は同じ寮に住んでいる仲間の一人であるかのうだったのだ。


「……ん、知ってる。でもなんでキミがこんなところに居て」


「実は僕さ──」





私はその答えを聞いて呆然とした。



どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして──






ああ、どうして。







テレビで映らないチャンネルのように。砂嵐になって脳内がパンクして──





立ちくらみがする。何故ならその答えが想像を絶したからだ。



あの時。







彼は──


















鹿廼羽かのはね翡翠ひすいって言うんだ」





そう答えたのだから。

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