第5話 それは、優しい手だったから

見ず知らずの私を──心配してくれていたあの子のことを。


知りたくないはずがない──


「ねえ、貴女の名前は?」


真っ直ぐ視線を向けて直視する。


しばらくしーんと静まり返った空気の中だった。その中一人だけ沈黙を破った者が──


「俺たちが教えるのじゃダメなのかよ」


それははあ、とため息をつくと呆れた表情を浮かべながら首を傾げている糸蘭だった。


「ダァメ!」


しっかりと否定する様に横に首を振る。


「りいりはこの子に直接聞きたいんだから邪魔しないでよね」


私は決して意志を曲げたりしようとは思わなかったし、これまでもそうしようとすることはなかった。


そう、今回だって。


あの子の名前を直接聞く為にできることは精一杯するつもりなのだ。


「勝手にやれば」


ふん、と不てくされた様子で答えるも糸蘭は今度はため息を何故かつかなかった。


だが──


誰が私を運んでくれたのか?


もしかしたら──という疑問の中に彼の存在もあった。あまり喧嘩腰になろうとするのも悪いかもしれない。




敢えてそこで会話を終わらせると私は改めて彼女に向き直った。


「……ソルミィロ・アステリラブーケ」


「!」


初めて聞いた彼女の声に驚きながらも嬉しさでいっぱいになった。


感動で声が出ない。



折角の機会、きちんと耳を傾けておかなければ。


「…ソルミィのことは“ソルミィ”って呼んでる。…けど、皆はソルミィのこと”ルミ“って呼ぶの」


嬉しそうながらもそう喋る彼女を見て私は途端に混乱してしまった。


どちらで呼べば良いのかと。


しかし、そのもやもやとした悩みはすぐに彼女が解決してくれた。


「だからね、ルミって呼んで良いよ。…ソルミィからって言ったら、りいりにお願いできる?」


「もっちろん!に決まってんでしょ♪」


「…えへへ」


すると幸せそうに改めて手を差し出してくる改め”ルミ“の手をぎゅっと掴んで、そして握ってみた。


とても温もりが伝わってくる手だった──


「じゃあよろしくねりいり」


「ねえ、それより思ったのですけれど……あたくし達のことお忘れでないかしら?」


私はその言葉ではっと我に帰る。


そうだった──ルミの他にも糸蘭たち4人の存在があったということを。


「す…すまなかったですよ」


暫くして、もう一度私は気付く。


あまりにも素直になれないまま言葉を発してしまっていたことを。


しかし時は既に遅し──


何故ならばこの部屋に居る5人に伝わってしまっていたのだから。


「㐮衣たちのこと忘れてたって酷いよー!」


涙目の㐮衣の表情にうっと心が痛んだ。


それでも何も言い訳が思いつかない。


気まぐれと言っても馬鹿にされてしまうのだろう、それは目に見えている結果だ。


もしかしたらこれからは素直じゃないキャラを演じ続けるべきなのかもしれない──


今、決めた。


私の役割はツンデレキャラ──


「しゃ、しゃあない…アンタたちには別に嫌いとか言ってるわけじゃないから。ただ、つい我を失ってただけで」


緊張して震えながらもそう答えると、糸蘭たちは首を傾げて話を聞いていた。


だが半信半疑ながらも納得した様子だ。


私は安心して胸を撫で下ろした。


そう言い訳してもなお、ルミの手も温もりに包まれているかのように優しげな手をそのまま握り返してくれていた。

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