5版 整理部、舐めんなよ
「富国マートはですね、コンビニ業界で万年三位と苦戦しております。富国通商の完全子会社となることで、経営資源を集中し、競争力を高める狙いがあります。以上です」
柱のデジタル時計は今、午前零時四十六分二十一秒。およそ一分間。企業部デスクの柿沼は熱弁していたことになる。まるで拍手でも聞こえたかのように、柿沼は晴々しい表情だ。
──だけど、これで終わり?
桃果の片眉がピクリと上がる。内容のない駄作の映画を見せられた気分だった。
・TOB(株式公開買い付け)の金額は?
・写真やイラスト、表の有無は?
・何時に原稿は来るの?
・原稿は何行?
整理部に重要不可欠な情報がごっそり抜け落ちている。その時だった。
「柿沼! そんで、TOBの額は、なんぼじゃけぇ?」
ドスの利いた広島弁が柿沼を強襲する。
「TOBの……額ですか?」
柿沼はパチクリと目を瞬かせる。
その瞬間、河田の左頬の傷が光る。凶器と化した声が飛ぶ。
「そうじゃ! それなりの金額じゃなかぁ、一面トップにならんじゃろうが! 金額次第では、採用せん。ええか、ネタの扱いを決めるのは出稿部やない。ワシら整理部じゃ!」
任侠映画のワンシーンでも見ているような凄みがあった。そして、明らかに堂本に向けて言っていた。実際、全員の視線も堂本に注がれている。
無数の視線を跳ね返すように堂本の目がカッと開く。それから睨むように目を細め、河田に照準を合わせる。対する河田は表情ひとつ変えない。両者の視線の火花が見えるようだった。
「五千億だ。そうだな柿沼?」
堂本の口調は「プレゼン」が不備だらけだった部下への怒りが滲んでいた。
「はい……」
恐縮しきった表情で柿沼が弱々しく返す。
河田は何度か頷く。どうやら一面トップとして扱うには「合格」のようだ。
「柿沼、出稿は何分じゃ?何行じゃ?」
鋭利な眼光で河田は問う。
「えっと……多分、一時十五分までには出せますかね。行数はおそらく五十行かと……」
壁のデジタル時計を見ながら、柿沼は自信なさげに返す。
「『多分』や『おそらく』じゃ、ワシら整理部は困るんじゃ!そもそも一時十分までに出稿してもらわな間に合わんじゃけぇ。おう、おどれ、さっきから整理、舐めとんのか⁉︎」
ヤクザさながらの恐喝口調に、柿沼がたじろぐ。
「河田、分かった! 柿沼、一時十分までに出稿で行数は五十行。できるな⁉︎」
助け舟。凍りつつあった空気を氷解させたのは堂本だった。有無を言わさぬ口調で、河田とは違う圧を付与していた。
「はい!」
柿沼が快活に返す。
「よっしゃ。桃果ァ、そうと分かれば、一面、
河田は大柄な体躯に似合わぬ機敏な動きでくるりと旋回。整理部第一グループの島に戻っていく。遠ざかる背中を慌てて追いかける。
道中、柱のデジタル時計をチラリと見る。午前零時五十分十一秒。降版まであと四十分。
「大丈夫。余裕で間に合う」
その言葉は自信ではない。自分自身を鼓舞するために放った言葉だった。
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