2版 被弾
「一面トップ、差し替え!」
深夜の急襲。不死原桃果は、特ダネを被弾した。
机上のデジタル時計は午前零時四十分。東京駅から徒歩五分の好立地にある高層ビル、毎朝経済新聞東京本社。その二十階の編集局フロアの熱気は今、最高潮に達しようとしていた。
「ネタのモノは?」
「原稿は何行?」
「何時に来る?」
「表やグラフ、写真は?」
フロア中が特ダネに沸き、色めきだっていた。
それとは対照的な顔が喧騒の渦中にあった。整理部のきょうの一面担当の桃果である。桃果は大きく嘆息してから、ポツリ吐く。
「ついてないな、私……」
二年前、桃果は大誤報によって、在籍していた編集局企業部を「クビ」になった。その放出先が現在所属する編集局整理部だ。
整理部は、新聞の見出しやレイアウトを担当する新聞作成の要の部署である。
出稿部記者は取材先との駆け引きや忍耐力が求められる一方、整理記者は、ひらめきや美的センスといった芸術に近い技術が求められる。当然、整理部で輝きを放ち活躍している人材は多い。
にもかかわらず、社内での地位は低い。
桃果のような「前科持ち」の訳アリ記者の島流し先──
整理部記者という肩書きだが、内勤で原稿を書くこともない。
「整理部記者? ペンを奪われたあいつらは、もはや記者じゃない」
そんな侮蔑の言葉を出稿部記者は陰で囁く。例え言葉にしなくとも、ふとした瞬間の態度が整理部を見下している──。
そんな思いをすることが桃果自身、この二年間で何度もあった。
記事が書けなくなった自分。
──誤報という「前科」のせいで、出稿部に戻ることができるのはいつのことやら。
自暴自棄の末、桃果は決心する。
──一刻も早くこんな会社辞めよう。
年齢は現在二十五歳。昨年末、転職サイトに登録した。第二新卒というカードもまだ使える。
しかし、転職活動をいよいよ本格化させようとアクセルを踏み込んだ時、思わぬ逆風にさらされる。
今年二月、整理部内で桃果に対する大抜擢人事が発表されたのだ。
四月一日付で一面など主要面を担当する「第一グループ」に配属。整理部内の精鋭ばかりを集めたグループへの大抜擢人事である。
「良かったな」
「期待されている証拠だ」
整理部内の同僚からの数々の祝福に、笑顔で取り繕った桃果だったが、内面は違った。
──本当に余計なことをしてくれた。
部内栄転に怒りが芽生えていた。第一グループは、整理部の中でも特に忙しい。
──これじゃ転職活動もまともにできないじゃないか。
そして、今日、初の一面の面担デビューを迎えたのである。なのに──。
「桃果、早よ来んかい! おどれ、一面の面担じゃろ? どうやって紙面を組む気じゃ?」
ドスの利いた広島弁が桃果の思考を吹き飛ばす。慌てて一面の面担の席を立つ。
声の主の場所まで小走りで向かう。編集フロア中心の丸テーブル、通称「幹部席」を囲むように形成された壁の中に、その男はいた。
浅黒い顔。そして、深く刻まれた左頬の傷がトレードマーク。その筋の人間を彷彿とさせる人相で、ニヤリと笑みを浮かべて言った。
「桃果ァ! ネタは
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