第8話 天城篝とアリス・フルフォード

 昨晩の襲撃から夜が明けて、サトランタ基地は復興するべく壊れた壁や建物などの修復作業を行っていた。

 最も、ダメージを負ってもリンカーを解除すれば傷一つ残っていない生身に戻れる戦姫と違い、兵士たちは怪我を負ったものが大勢だ。

 戦姫の攻撃をまともに受けて重傷となって者も多い。


 篝はそんな彼らを『ミスト・アサシン』の能力を借りて外科治療を行っていた。


「はえー、すっごいなぁ・・・」

 長い銀髪をおろし、エーテル製であるが故に無菌状態のメスで患者の体を切り、そしてダメージを負った部分を丁寧に、素早く縫合していく。

 一時間の間にもう数十人は切っている。

「やっぱ戦姫ってすげぇなぁ・・・」

「いや、あれはあの子がすごいだけだから」

「カイロスリンカーって、記憶した人の経験と技術も使えるんだよね」

「あのミスト・アサシンって、元はどこかの街の殺人鬼だったんでしょ?」

「それを医療に役立てちまうんだから、すごいよなぁ・・・」

 などと口々に言っているのを、篝は無視して治療にいそしむ。

「・・・気にするな。俺は知ってる」

 時々、変に独り言を口にするが。

 こういう時は、衛生長が現場を指揮するのだが、今は副官である戦姫が現場を取り仕切っている。

「中尉、その方が終わったら、衛生長の様子を見に行ってくれないかしら」

「分かった。あとは薬品治療だけで十分だろう」

「ええ・・・そのリンカー、薬学の知識もあるの?」

「いや、俺の独学だ」

 篝はミスト・アサシンを解除する。

「ついでにアリスの様子を見る。薬は飲んでるか?」

「ええ。昨日のように薬を拒むなんてことはしないし、聞き分けの良い子よ」

「そうか。分かった、ありがとう」

 篝はそう言って立ち去っていく。

「・・・ほんと、まだ若いのに苦労するねぇ・・・」





「いやぁ、悪いね天城中尉。兵士の治療を手伝ってもらっちゃって」

「別にこれぐらい安い御用だ」

 包帯を取り替えながら、篝はそう返す。

 ドルトンの容態は思ったより悪くなかったらしい。

 というのも、篝の迅速な手術のお陰で、その上、その後の処置も十分だった為に、後遺症はそれほど残らないそうだ。

 傷はしっかり残ったが。

「傷に関しては、完治させる技術は俺たちにはない。その点については謝る」

「気にしないでいいよ。お陰でまだまだ現役でいられそうだ」

 そんな中で、篝の視線はドルトンの寝るベッドの隣にあるベッドだ。

 その上で、アリスが小さく寝息を立てて寝ていた。

「・・・容態はどうだ?」

「薬もちゃんと飲んでくれてるし、思った以上に回復が早い。この分なら数日中に肺炎も完治するだろうね」

「そうか・・・」

 篝はほっと息を吐く。

「しかし、君に婚約者か・・・」

「その話はどこで聞いた」

「何、竜殺しの刃本部の知人からね。僕もとしては祝福した気分なんだよ」

「余計なお世話だ・・・」

 篝はため息を吐く。

「それで、中尉はこれからどうするんだい?」

「当初の予定通り、アリスは拠点である西部に連れていく。しばらくは俺の家で面倒を見ることになる。来いって言ったんだ。投げ出すことはしないさ」

「それは良かった」

「何が良いものかよ。俺は結局コイツに辛い道を押し付けてるだけだ」

 篝は自虐するようにそう吐き捨てた。

「それでも彼女は救われる。こういった年頃の少女は、まだ誰かに縋りたいんだよ」

「それは、まあ・・・否定しないが・・・」

 とりあえずため息を吐く。

「出発はいつ頃になるかな?」

「アリスの体調が回復し次第、って所か。護衛部隊の負傷者はここに置いて、さっさと移動しようと思う。ここにアリスが留まることでまた襲撃されたら元も子もないし、ここじゃあ守り切れる自信がない」

「確かに、本部であればあの程度の戦姫をあしらえるほどの戦力があるね。分かった。道中に必要な薬を用意させよう」

「頼む」

 そんな中でふと、篝はいまだに眠り続けるアリスを見た。

「天城中尉」

「ん?」

 ドルトンが篝を呼ぶ。

「・・・これから大変になるね」

「・・・それは余計だ」








 一日と経たないうちに、アリスは目を覚まし、移動の準備が整う。

 アリスは今、この基地にある最小サイズの予備の軍用コートを着て、さらには手袋、長靴を履いている。

 これであれば、そう簡単に凍傷になったりはしないだろう。

 軍用車両に乗る直前、アリスはふと、サトランタ基地を振り返った。

 未だに復興作業をしている事に、アリスは胸のあたりに拳を当てた。

「悔しいと思うなら強くなれ」

 そんなアリスに、篝が声をかける。

「悔しいことが二度と起こらないように」

「・・・はい」

 アリスは返事と共に、車両に乗った。






 その道中で。

「さて、これから俺の家に向かう訳だが、その前にやっておかなければならない事がある」

「やっておかなければならない事ってなんですか中尉」

 カールが問うと、篝は自分の懐から四つの道具を出す。

 黒の標準的な拳銃、メス、消しゴムサイズの剣、そして青い結晶だ。

「これ、リンカーですよね?」

 エンリが、その正体に気付く。

 形はそれぞれ別だが、確かに全て、記録をしたことで形が変化した『リンカー』だ。

「これが、どうかしたんですか?」

「どうかしたも何も」

『ボクらには意識があるからね。ちゃんと自己紹介しないと』

 突然、知らない声が車両内に響いた。

「うわぁぁああぁぁああ!?」

『む、その驚き方は失礼だな。幽霊みたいじゃないか』

「いや実際そうだろ浮遊霊」

『ひ、酷い!ボクはそんなにふわふわしてないぞ!』

『お、落ち着いてください。あ、アリスちゃんが見てます・・・』

『アネット、落ち着け』

 アリス、カール、エンリは全員目が点になっていた。

「・・・え、なんですか、これ、心霊現象?」

『だーかーらー、ボクらは幽霊なんて非科学的なものじゃないんだって!』

「もしかして、これがカイロスリンカーの特性の一つですか!?」

「まあ、本人の技量にもよるが、こんな風にリンカーと会話することは可能だな。おい、アネット、いつまで騒いでるつもりだ」

『ボクが幽霊じゃないって証明するまでだ!』

「じゃあお前はいなかったことにして紹介を進めてもいいな」

『どういうこと!?あ、ごめんなさい許してくださいボクだけ除け者はやめてください!』

 と、銃型のリンカーがそう騒ぎ立てていた。

 一旦落ち着いたところで、篝の中からラーズグリーズが出てくる。

「アリス、お前は戦姫についてどれくらい知ってる?」

「なにもしりません・・・」

「まあそうだろうな」

「今時戦姫すらも知らない子供なんて初めて知った・・・」

「まあ、後で本格的に話すとして、まずはこういった道具があって、俺はこいつらを使って戦ってるんだ。それで、俺と一緒に生活する以上、こいつらのことは知っていてもらいたい」

「これ、私たちも知っていていいのでしょうか・・・」

「いやお前らも『竜殺しの刃』の一員だろ今更何言ってんだ」

 呆れ果てる篝。

「それで、こっからが本題なんだが、まあ単純な自己紹介だ」

 篝は、銃型のリンカーを指さす。

「まずはアネットから」

『人を指さすのはマナー違反だぞ』

 抗議するような声が上がったが、すぐにわざとらしい咳払いするような声が聞こえてきた。

 そして、


『こんにちは!どんな事件もささっと解決!迷宮入りもお蔵入りさせない希代の天才名探偵!『ジャッジアクティブ』こと『アネット・アルチモア』とはボクのことだよ!よろしくね!』


「「「・・・・・」」」

 とびきり明るい声で、最後にきゃぴきゃぴしていそうなポーズをとっているだろう銃型のリンカーに、アリスたちは固まる。

「と、いうわけだ。こいつはアネット・アルチモア。生前はかなり頭のキレる名探偵だったらしい」

『らしい、じゃなくて、だっただよ。全く、君は一体どれだけボクに助けられたのか覚えていないのかい?』

「その節は感謝してるよ。さあ、さっさと次に行こう」

『ぴえん』

(((ぴえん・・・?)))

 訳が分からないまま説明が進んでいく。

 次はメス型のリンカーだった。

『わ、わたしのなまえは、じゃ、ジャックといいます。こ、殺し屋をやっていました。よ、よろしく、おねがいします・・・!』

 幼い子供のような声だった。そして気弱な印象のある。とてもあの目つきの鋭い大人の女性が発している声と同じとは思えない。

 少なくとも声の重さが違う。

「よ、よろしくお願いします・・・?」

『ひぅ・・・』

 アリスが挨拶を返せばすぐに意気消沈したように黙ってしまう。

「元は手練れの暗殺者なんだが、仕事以外じゃ全くダメなポンコツだ」

「「は、はあ・・・」」

 なんというかクセが強い。

「次」

『うむ、私は『サラ・エクストラ』。聖剣『マグヌムヴェントス』の担い手にして『ゲイルナイト』の名を授けられた騎士だ』

 下手すれば中二病全開な自己紹介だ。だが、おそらくこの中では最もな常識人だろう。

『よろしく頼む、我が主の姫君よ』

「ひ、ひめ・・・?」

「あまりそう言うな。たぶん慣れてない」

『それもそうか。うむ、ではアリス殿と呼ぶとしよう』

 やはりまともだ。言い回しは変だが、やはり、一番普通だ。

「そして最後に」

「ラーズグリーズです。そして、これが『ブローニャ』です」

 ラーズグリーズの頭上に、何かの頭部みたいなものが現れる。

「な、なんで頭だけ・・・」

「次元潜伏というステルス機能をもっているんです。何にも干渉出来ない代わりに、こうして誰にも気づかれることなく近くに隠れさせることが出来ます」

 これで四体。

 篝は、一人で四つのリンカーを所有しているのだ。

「男なのに、そんなに持てるんですね・・・いや、男だから、でしょうか」

「俺が異常なだけだろ」

「あの、それは一体どういう・・・」

「ああ、本来、これを使って戦えるのは女の子だけだったのよ」

「その当たりのことは、俺の家についてから、じっくり教えてやる。ただその前に」

 篝はアリスを見る。

「お前には、いくつもの道がある。俺と同じ軍人になる道、一つの街でひっそりと暮らす道、もしくは力を使って多くの人を陰ながら救う道、あるいは人を傷つけようとする奴らを殺しまわる道・・・みんなそれぞれだ。それを一般の子供は『学校』っていう所に入って決める」

「がっこう・・・?」

「ああ、お前とは全く違う、だけど生まれた日が近い子供が集まって、道の数とこれからの社会に必要な知識を叩き込まれる場所だ。お前には来年、そこに通ってもらう」

 アリスは、まだ理解出来ていないかのように首をひねる。

「まあ、どちらにしろお前にはそこに行ってもらうことになる。それまでにお前に必要なことを俺が教えられる限り教える」

 アリスはごくりと唾を飲み込んだ。

「言っておくがスパルタだ」

「やります・・・!」

 アリスは即答する。

「わたし、なにもしりませんから。だから、いっぱいしりたいです。このせかいを、かえることを」

 そしてアリスの手には、光のラインがいくつも走っていた。

のこのちからのつかいかたを、しりたいから」

 アリスは、自らの決断を彼に伝えた。

 自分の意思を、まだ幼いなりに、何も知らないなりに。

「分かった。じゃあ早速だけど・・・」

 篝が指を鳴らしてラーズグリーズが何かを作る。

「まずは文字の読み書きから。時間があるからみっちり教えていくぞー」

「いや流石にそれはわかるでしょ・・・」

「その・・・ひつようなかったから、おしえられてないです・・・」

「マジか・・・」

『まああんな劣悪な家に一人住んでたんだ。そうなってもおかしくはないね』

『今からでも粛清するべきじゃないか?』

『こ、殺しなら、ま、任せてください!』

「嬉々として名乗り出るな」

「文字に関しては私が教えます。肉体面に関しては篝さんから教えてもらってください。早速始めますよ」

「わ、分かりました!」

「まずはペンの持ち方から始めていきましょう」

 変わらない表情のラーズグリーズに、アリスは口答えすることなく従う。

 その様子をはらはらした様子で見守るカールとエンリ。

 後はヤジを飛ばしたりしてる三つのリンカーだ。

 その様子を眺めつつ、篝はふと目を閉じて、ある日のことを思い出す。



 自分が一度死んで、『彼女』が身代わりになった日のことを。



(レギンレイヴ・・・俺は、上手くやっていけてるかな・・・)





『私は死ぬわけじゃない。ただ、貴方の中で眠るだけよ。でも、忘れないで。貴方たちは、決して一人じゃないから』




 彼の右手に、青い光が迸る。






 そして、一年の時が流れた。

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