第6話 やっぱり私は―――
―――外で、いろんな音が聞こえる。
「戦闘が激しいな・・・」
おじさんが、そう言った。『せんとう』・・・戦い・・・
私は、毛布を握りしめた。
おじさんがそれに気付いて、笑ってくれる。
「大丈夫、ここの人たちが君を守るからね」
守る。不思議な言葉。
その言葉を聞くと、どうしても、胸が痛くなる。
「けほっ・・・」
また、声が出た。
「まだ咳が出るんだね。待ってなさい。すぐに咳止めを用意するよ」
おじさんが、立って何かを探し始める。
まだ、外からいろんな音がする。
どれも、怖い音。
人が叫ぶ音、人が怒る音、人が、消える音。
どれも、怖くて、聞きたくない声。
「ほら、これを飲みなさい」
おじさんが、お薬と、お水をくれた。
「あ、ありがと・・・」
ズドォォンッ!
「ひうっ!」
私は大きな音に驚いてしまった。
「戦闘が激しいな・・・」
おじさんは、怖い顔で上を見ていた。だけど、すぐに笑顔になった。
「大丈夫さ、きっとみんなが君をまもってくれる。さあ、まずはこれを飲みなさい」
私は、おじさんがくれたお薬とお水をもらった。
だけど、私は、お薬を飲めなかった。
怖い、から。
「・・・君はあの人のお嫁さんになるんだね」
「え」
おじさんが、私にそう言った。
「彼はこの国でとても強い人だ。一番ってわけじゃないけど、それでもとても強くて、真っ直ぐな人だ。真っ直ぐで自分を曲げない。自分心に正直に従って、自分がやりたい事をする。そして思いやりのある人でもある。周りは、それは彼が強いからだって言うけど、それでも自分を曲げずにいられる人なんてそうはいないよ。そんな人のお嫁さんになるんだ。君はきっと幸せになれる」
「・・・・」
しあわせ。不幸とは、逆の言葉。
だけど、その幸せはきっと、
(わたしが、すいあげたもの・・・わたしが、うばってしまったから、おじいさんは、ふこうに・・・)
あの日のことが、私の頭の中に思い浮かんだ。
真っ赤な血の上で、真っ赤になったおじいさんの姿。
その上で、真っ白なお洋服を着た、女の人の笑い声。
そして、気が付いた時には全部がなくなっていた小屋の中で、私は独りぼっちで。
「やっ・・・」
私は、怖くなった。
おじいさんみたいに、あのひとが、いなくなってしまうことを。
初めて、私の名前を呼んでくれた、あのひとが、いなくなってしまう。
私の、せいで。
「大丈夫さ」
おじさんは、こわくてうごけない私に、まだ何かを言った。
「彼なら君を守ってくれるよ」
「まも・・・る・・・?」
守る。
それは、どうして―――
「そんなわけないじゃない」
知らない誰かの声が聞こえた。
「男が女の子を守る?そんな絵空事を言うなんて、やはり男って愚かね」
その人は、くもみたいな人だった。
おじさんは、その人を見つけると、すぐに何かを取り出して、それをその人に向けようとした。
だけど、おじさんの手は、なくなってた。
「ぐあぁぁああ・・・!!」
赤い血が、たくさん、手がなくなった手から出ていた。
何が起きてるのか、分からない。
「そこで眠ってなさい」
「あっ・・・!」
その女の人の指が、伸びた。
伸びた指が、おじさんを刺した。五本、全部、刺さった。
おじさんは、倒れた。
「お、おじさん!」
私は、叫んでた。
おじさんが、おじさんが、おじさんが、おじさんが、さされて、血が、血、出て、たおれて、血が、ひろがって、いなく、なる。また、わたしのせいで、きえる。血、どうしよう。わたしは、わたし
わたしの、せいで――――
「・・・・な、さい・・・」
おじさんの声がした。
「にげ・・・なさい・・・はやく・・・!」
逃げる。逃げる。逃げる・・・?
『逃げろ!早く!』
また、おなじように・・・?
ざしゅっ
「口を開くな豚」
「あ」
おじさんが、斬られた。
胸を、斬られた。いたそう。消える。消えちゃう。おじさんが消える。
「チッ、汚らしい」
おじさんを斬った人が、そう言って、いやそうなかおで手を振った。血が、かべに飛び散った。
女の人は反対側に回って、笑った。
「さっ、帰りましょう、あなたのいるべき場所に」
その笑顔は、怖かった。
あのおばさんが、あの人たちが向けてくれるものと同じの筈なのに、怖かった。
おじさん、おじさんはどこ。
おじさんを見ようとした。だけどできなかった。女の人が、それをさせてくれなかった。
「だめよ。あんな汚いものを見ちゃダメ」
きたない。汚い。酷い。いつも、この人たちは。そんな酷いことを言う。
『死体を酷いなんて言うな。死体はそいつが生きてたことの証であり、終わっちまったことを教えてくれてんだ。なにかの死を笑うやつはだいたい悪い奴だって思え』
おじいさんの言葉を思い出した。
この人は、悪い人。
あの時と同じ、おじいさんを、殺した人たち。
「大丈夫、私たちがあなたを守ってあげる。絶対によ」
気持ち悪い笑顔。
でも、私がいなければ、この人が、ここに来ることはなかった。
そのせいで、おじさんが、倒れちゃった。
私が、ここにいるせいで。
私の、せいで。
やっぱり、私は――――
「――――ァ」
その時、少女に異変が起きた。
「ァァ――――」
突如として、少女の体に青白いラインが迸り、それが全身にまで広がる。
「え、なにっ、まさか―――」
その異変に、爪の戦姫は距離を取り、目を見開く。
「ァァァ――――」
「『コードスキル』――――!?」
「アァァアアアアァアアァァアアアァアァァァアアァアアアアァアアアァアアアァァアアアァァアアァアアアァアアアアアァアアアア!!!!!!!」
絶叫が迸り、爪の戦姫の意識は闇に堕ちた。
その最後の記憶は、背後から発生した黒い球体に飲み込まれる自分の姿だった。
(クソッ、戦闘時に合わせて
アイリスは周囲を探す。
あるのは医務室の三分の一をごっそり削り取った跡と、血まみれで倒れるドルトンの姿。
「っ!エマイニン大尉!」
アイリスは、すぐさまその姿を変える。その切り替えと同時にラーズグリーズと
「コネクトチェンジ―――ミスト・アサシン」
暗殺・隠密行動に適した姿だ。
(ここじゃ体温を奪われる!)
アイリスは気絶したドルトンを、すぐに別の部屋に運び込む。
「刺傷六、切創五、切断一・・・!」
すぐにでも輸血を始めなければ死ぬ。
「中尉!」
そこへカールがエンリを連れてくる。
「エマイニン大尉が負傷!出血が激しい!血液型はOだ!すぐに輸血パックを持ってこい!」
「は、はい!」
エンリがすぐに駆け出す。
「中尉、俺は何を・・・」
「リスターナ曹長の手伝いをしてこい馬鹿野郎!」
「い、イエッサー!・・・ってか中尉、手術って」
「このリンカーならやれる!さっさと行け!」
「サー!」
だだだ、とあわただしく命令を出しつつ、アイリスはマスクを装着する。
「悪いが麻酔は無しだエマイニン大尉」
まずは止血から始め、目立つ部位の出血を止める。切り落とされた手首はすでに外の雪を利用して冷やしている。しばらくは持つはずだ。
「中尉!輸血パック持ってきました!」
「すぐに投与しろ!それと助手に回れ!」
「はい!」
止血を済ませたのち、腹を切って内蔵を見る。そこに外の切創と刺傷によって傷ついた内蔵がいくつもあった。幸い、心臓に傷はない。が、大動脈などにはきっちり傷がついて出血していた。
「これじゃあ、もう・・・」
「黙ってろ」
「っ!?」
暗殺者は人を殺す以上、人体構造に詳しい。
このミスト・アサシンはそう言った面を持ち、外科手術の技術も一級品と言わざるを得ない。
そして何より―――
(すごい、傷の位置を正確に見極めて、確実に順番に止血していってる・・・!)
そのスピードもさることながら、普段は見えないような位置の傷ですら見つけて処置してしまっている。
(大尉を襲った戦姫の能力は、突き刺した爪をさらに分裂させて死角にすら傷を作る能力であるのは間違いない。だけど、中尉はその死角にある傷すら見つけて塞いでいってる)
だが、そんなアイリスの切り方に、どこか違和感を覚えた。
(焦ってる・・・?)
どこか、気持ちが逸っている気がする。
エンリは、思わずアイリスの顔を見上げた。
視線はずっとドルトンの体内を見ている。
だが、やはりその表情は険しかった。
そして、目がすごく泳いでいた。
(そういえば、あの子は―――)
それで、気づく。
「中尉、アリスちゃんは!?」
「・・・・現在、雪原を一人で逃げている」
アイリスは険しい顔で応じた。
「そんなっ」
「今は人命が優先だ。アリスはそのあとに―――」
そこで言葉が途切れる。
「っ」
そして歯を食いしばって、震える手をどうにか落ち着かせようとする。
「・・・分かってるっ」
「・・・・」
エンリは悟る。
(この人は、どっちも見捨てられないんだ・・・)
手術を再開したアイリスを見て、エンリはそう思った。
なまじ、人を救える力が持っているからこそ、同時に二つのことが出来ないのだ。
あのラーズグリーズという少女を出せば解決しそうなものだが、おそらくそれでは大尉は助からない。
目の前で救える命があるのに、彼は見捨てることが出来ない。
そして急がなければ、この極寒の大地で、一人の少女が命を落とすかもしれない。
そんな板挟みの状況に彼は陥っているのだ。
であるならば、衛生兵として自分が出来ることを、エンリは考えた。
「中尉」
「なんだ」
「ある程度の傷の縫合が終わったら、中尉は今すぐアリスちゃんの捜索に向かってください」
「なんだと?」
「腹を縫うことぐらいは出来ます。それが、私が中尉に出来る、精一杯のやれることです」
エンリは、常に自分にやれることを意識して行動する。
やれない事は、やれる人に任せる。自分でやれることは自分でやる。
そうして、彼女は彼女なりのやり方で戦ってきた。
他の人が、自分の得意な分野で戦えるように。
「お願いです中尉。行ってあげてください。きっと彼女は、この寒い大地の中で寂しい思いをしています。ここは私たちに任せて、中尉は彼女を追ってください」
「俺も手伝います!中尉は中尉にしかできないことをお願いします」
「・・・・」
その言葉に、アイリスは三秒考えた。
「分かった。リスターナ曹長の視界の死角にある傷は全て縫合した。残りの傷は任せる。見落とすなよ」
「了解しました。ご武運を」
「ああ」
アイリスは、再びラーズグリーズへとリンカーを切り替える。
「行きましょう!」
「ああ」
「汝に栄光あれ!」
カールの激励を背に、アイリスはラーズグリーズと共に雪原へと身を乗り出した。
―――やっぱり、わたしは―――
ずっと、真っ白な所を、ずっと真っ直ぐ歩いてる。
初めは、とても寒くて、冷たくて、痛くて。
帰りたい、と思っても、帰る場所がどこにあるのか、もう分からない。
もう、何も感じない。
世界は、白くて、暗くて、怖くて。
でも、誰にも関わらないのなら、それもいいかな、と思ってしまって。
(ねむいな・・・)
寒かった筈だった。だけど、もう寒くない。むしろ、温かい。
どうしちゃったのかな。
『寒くて眠いって思ったら、そりゃ死ぬ直前だな』
おじいさんは、そう言って私を怖がらせてたっけ。
でも、それでも、私、死んじゃうんだ。
そう思うと、私は、そこにしゃがみこんでしまった。
しんじゃう。いなくなる。わたしは、皆の前から消える―――。
それもいい、と思ってしまった。
私は、みんなを不幸にする。不幸にしてしまう。
あんな風に、消えて行っちゃう。
「ぅ・・・ぅぅ・・・」
寂しい。辛い。怖い。でも、みんなが不幸になるくらいなら、それも、もう大丈夫。
「ぁ・・・ぅ・・・」
このまま、寝てしまおう。
寝たら、もう、起きることもない。
誰も、不幸にならずに、済むんだ。
(ああ、でも・・・)
あの人がむりやり飲ませてくれたスープ、温かかったな。
「大丈夫よ。貴方は生きてもいいの」
―――胸が、どくんといった。
「ぇ・・・・」
寒い、雪がたくさん飛んでくる中で、私は、白い綺麗な服を来た女の人を見た。
金色の髪を風に揺らして、その女の人は、笑顔で私を見ていた。
―――知っている。
「ぁ・・・ぁぁ・・・・!」
この人を、知っている。
「怖がらないで。私は貴方の味方よ」
知っている。私は、この人を知っている。
この人は、おじいさんを殺した人だ。
「ぃ・・・ぃゃ・・・!」
この人に、捕まってはいけない。私は、そう思って、逃げようとする。だけど、体が上手く動かない。
というより、上手く立って居られているのかも分からない。
「大丈夫、大丈夫よ。貴方は私が守ってあげる。何も怖がることはないわ」
「こなぃで・・・!」
「私に身をゆだねなさい。そうすれば貴方は全ての苦しみから解放されるわ」
「ゃぁ・・・!」
「もう貴方を傷つける人はどこにもいない。私が守ってあげる」
逃げないと。逃げないと、にげないと!
この人は、いけないんだ。
この人だけは、だめなんだ。
いやだいやだいやだ。
「さあ、私たちの所に来なさい」
もう、動けない。逃げられない。怖い。怖い、怖い。
誰か―――!!
「アリス!!」
まだ、白くて暗い景色の中で、あの人の声を聞いた。
また、名前を呼んでくれた。
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