第4話 夫婦(予定)
件の少女のいた街から軍用車で約五時間の所にあるサトランタ基地。
少女はすぐに基地の医務室に担ぎ込まれ、篝たちはそれを見送る形となった。
そんなわけで案内された休憩室にて、篝たちは温かい飲み物を片手に休息をとる。
「それにしても、どうしてあの男はあんな小さな子への不満を隠そうとしなかったんでしょうか」
カールの言葉に、篝も頷く。
「ああ。他所に出すつもりなら、それなりに綺麗な恰好をさせるものだ。体裁とか、そういうものを普通は考慮するはずだ」
「だけど彼はそれをせず、あまつさえ虐待の事実をさも同然のように言いふらしていた・・・」
篝の傍らでココアを飲むラーズグリーズが、そう同意した。
「違和感を感じる・・・」
「違和感、ですか・・・?」
エンリが訪ねる。
「ああ、あんな少女に、あそこまでの敵意・・・旧帝国の思想であるならばまだしも、彼女はあの年でリンカーを持たされていない戦姫ですらない存在だ。それに、もし旧帝国の思想が残っているのなら、女を基本的には守ろうとするはずだ。実際に、あいつのいた家の女は全員戦姫。家主の娘二人もそうだ。それを咎められていないとすると」
「家そのものが彼女をいじめてるってことですか?」
「いや、というより町そのものが彼女を虐待していた可能性が高い。奴にとってそれは常識レベルに近い行為だったのかもしれない」
「それ、何か陰謀でも絡んでません」
「ああ」
肯定されてぎょっとなるカール。
「何かしらの意思が介入しているのは間違いない。おそらく催眠術の類だろう」
「確か催眠術系のスキルって結構希少なんでしたっけ」
「人の感覚を誤魔化す幻覚系はそれほど珍しくもないけど、精神に作用するタイプの催眠術、
そこでカールとエンリは顔を見合わせた。
「「・・・・まさか」」
「そのまさかかもしれない。まだ推測の域を出ないがな」
そう言って、カップを置いて篝は休憩室を出ようとする。
「中尉、どちらへ・・・」
「医務室。もう大丈夫な筈だ」
「ではまた後ほど」
そう言って、ラーズグリーズを伴って篝は出ていく。
その様子を見送り、カールは強張っていた体をやっとほぐした。
「ひぃー。すごいよなあいつ、あの年でもう階級が俺たちよりも上だなんて」
「戦姫適性をもった男だけで構成された部隊『灰鉄部隊』の隊長・・・そして、十六歳の若さで革命を成した『革命の英雄』・・・勝てば官軍負ければ賊軍とは言うけれど、あの子ってその年でとんでもない偉業を成し遂げているのよね・・・」
現在十七歳。他の隊員も彼に近い年齢の少年の多い部隊だ。
「あれ?あんたも一応戦姫なんだろ?最終決戦とかに参加とかしなかったのかよ?」
「私は見ての通り衛生兵。人の命を救う事ことが仕事よ?それに、私の街は無血開城しちゃったから、彼の戦闘を見る機会はなかったわね」
「もしかして、マグノリアか?確か、海軍大将『ディーナ・シグルディング』を味方につけたとかで、すぐに侵攻されたっていう」
「その時、倒したとかなんとか、噂が飛び交ってたからね。うちの基地の司令官もそれを鵜呑みにしちゃってあっさり寝返ったってわけ」
「聞けば聞くほど、すごい人ですねぇあの人」
カールは、篝が去っていった扉を見て、そういった。
少女が運び込まれた医務室に
基地に入るときに登録したIDカードを使って中に入れば、専門的な医療道具と消毒の匂い、そして、ベッドの上で丸くなっている毛布を見つけた。
「おや、中尉、どうされたので?」
声がして、視線を向ければ、そこには一人の中年の男がいた。
この基地の軍医である『ドルトン・エマイニン』である。
「彼女の容態は?」
「応急処置諸々は済んでいます。ただ、食事をしようとしなくて、むしろ拒否するばかりで困ってるんです。あのぐらいの年頃となると、何か食べて体力をつけなければならないし、肺炎でもありますから、治療の際に体力が続かない可能性があります」
「そうか・・・わかった」
「今は点滴でどうにか繋いでる所です。しかしこのままではいずれ危険な状態になることをお忘れなく」
「諒解」
篝は頷き、そしてアリスの方へと向く。
「少し話をさせてくれ」
「分かりました。では私は少し席を外しますので」
「分かった」
そう言ってドルトンは部屋を出ていく。
そして篝はベッドの中でうずくまる少女の方を見た。
「おい、起きてるだろ」
びくっ、と毛布が動いた。
篝はベッドの脇にある椅子に腰をかけ、ラーズグリーズはベッドの端に腰かける。
「体を起こしてこっちを見ろ」
「篝さん、そんな言い方では怖がらせてしまいますよ」
「ぐっ」
ラーズグリーズの物言いに篝は口を紡ぐ。
代わりにラーズグリーズが、毛布の下にいる少女の体をとんとんと叩く。
「起きてください。大丈夫、私たちは貴方を傷つけたりしません」
ラーズグリーズは、少女の体を毛布越しに撫でる。
だが、それに余計に縮こまってしまう。
「む?何かいけなかったでしょうか・・・?」
ラーズグリーズは首を傾げた。
「・・・」
そんな彼女に、篝を爪を噛みながら考える。
(余程他人を信じられないのか・・・)
それが篝にとっての一番打倒な考えだ。
だが、だとすれば何故彼女は食事を拒否するのだろうか。
毒の知識は彼女の生い立ちからは知っているとは考えられない。
さらに、栄養不足などによる飢餓状態である筈だ。
それなのに食べない。
だとすれば、知識ではなく精神的な要因で食事を拒否している可能性がある。
(今は考えても仕方ないか)
どちらにしろ、彼女を治療しなければならない。
軍の命令であっても、このぐらいの年頃の少女を死なせるのは後味が悪い。
「おい。今すぐ起きないとまたあの時みたいに無理矢理食わせるぞ」
また、毛布が跳ねる。
すると、ずるずると毛布が動き、少女が毛布をかぶったまま起き上がって顔を見せた。
その服装は病衣に着替えられている。
「ぅぅ・・・・」
「なんか納得いきません」
ラーズグリーズが不機嫌そうにつぶやく。
「ご、ごめんなさい・・・」
「ああ、いえ、貴方に言ったわけじゃないんですよ?」
少女は、同じ年ごろの見た目のラーズグリーズに謝り、ラーズグリーズは慌てた様子で手を振る。
「何やってんだ・・・」
「貴方は黙っていてください」
「ぅぅぅ・・・」
「ああ、泣かないでください」
ラーズグリーズは少女の頭を撫でようとする。だが少女はびくりと体を震わせて距離を取る。
その様子に、ラーズグリーズは一度自分の手を見た後ににっこりと笑って謝る。
「ごめんなさい。怖かったですよね」
「・・・・ごめんなさい」
「謝らないでください」
「そうだ」
ぐわし、といきなり篝が少女の頭を掴んだ。
「ひぃ」
「謝罪はすればするほど軽くなる。もう無駄なことで謝るな」
「ご、ごめんなさ・・・むぐっ!?」
容赦なく口をふさぐ。
「だから謝るなと言っている」
「・・・・」
少女は目を見開いたまま頷けば、口を押えていた手が離れる。
「さて、いろいろと話さなければならないことがある」
「・・・・?」
「覚えているか?どうして俺がお前を連れ出した理由を」
「えっと・・・・わたしを、『およめさん』にする・・・」
「そうだ、それで・・・・」
「ごめんなさい」
少女はいきなり頭を下げて謝った。
「・・・どういう意味だ?」
「わたしには、無理です・・・」
「それは、どうしてですか?」
ラーズグリーズに尋ねられ、少女は目を反らして口を紡ぐ。
「・・・だとしてもお前、これからどうするつもりだ?軍人どころか訓練生でもないお前が、この基地に残るわけにもいかない。その上、お前には身寄りがない。探すことは可能だが、そう簡単に見つかるとも限らない。そして何より―――」
篝は少女にずいっと顔を近づける。
「軍はお前を手放す気はないぞ」
「・・・・え?」
その言葉に、少女は唖然となる。
「篝さん」
「知らずに暴走するより、知っておいていざというときに使える方がいいだろ。いいか、アリス。手前が今までどんな人生を歩んできたかしらないが、俺たちはお前の存在を無視することは出来ない。まだ確証はないが、お前は何かしらの『力』をもってる」
「ち・・・から・・・」
「それはどうあがいてもお前に付き纏う、決して手放せないものだ。一つ間違えれば、多くの人間を死なせるかもしれない」
「しっ・・・!」
少女が、怯え出す。
「・・・だからどちらにしろ、手前は俺と一緒に行くしかないんだよ。ただ・・・」
「・・・だったら、ほんとうに、ごめんなさい・・・・」
「・・・・」
少女は、申し訳なさそうにうつむいて謝った。
「・・・・なんでだ?」
「わたしといっしょだと、ふこうになってしまうから・・・・」
少女は、そう言った。病衣の裾を握りしめながら。
「馬鹿か
だが、篝は拍子抜けしたようにそう即答した。
「手前のような子供如きに不幸にされてたまるか。自惚れるなアホ」
「そ、そんな、私は・・・」
「うるさい」
「いたい!?」
凄まじいデコピンが少女の額を打つ。
「うぅぅ・・・・」
「だいたい手前何様のつもりだ。不幸になってしまうとか、何の確信をもって言ってるんだ。そもそもお前まだ十歳程度だろ。その上戦姫でもない。そんな手前がどうやって他人を不幸に出来るんだ?この時代、手前のような非力な人間一人の力で他人の運勢をどうにか出来る訳がない。そのあたり考えてものを言え」
ぐだぐだと説教を垂れる。
その言葉が、少女の心に、黒い淀みを作る。
拳を、力一杯にに握りしめる。
「・・・なにも、しらないくせに・・・」
か細い声で、少女はそういった。
「何も知らねえよ」
だが、篝はすぐに言い返した。その言葉に、少女は驚いたように顔を上げた。
「だから教えろ」
続けて、そう言った。
「え・・・?」
「俺は手前のことを何も知らない。手前が自分のことを話さない限り、俺はいくらだって手前の心に土足で踏み入るぞ」
その時、少女は初めて、男の顔を見た。
「言葉ですら何もできない奴の言葉に何の価値もない」
篝は、そう言ってのけた。
「・・・・」
そんな言葉に少女は唖然とする。
そしてふと、篝が少女に向かって手を伸ばした。
(怒られる・・・!?)
覚悟して目をつぶる。だが、やってきたのは痛い殴打ではなく、不思議な頭を撫でるだった。
「まあ、初めて自分の意思で何か言えたことだけは褒めてやる」
「・・・・え?」
少女は、彼が何を言っているのか分からなかった。
「そうですね」
ラーズグリーズがしゃがんでアリスを見上げる。
「貴方は初めて、本当のことを言ってくれましたね」
「ほん、とう・・・?」
「はい」
ラーズグリーズは笑って答えた。
「・・・・」
茫然となる少女。
一体、何を言っているのか分からなかったからだ。
「・・・さて」
そこで篝が少女から手を離し、話を戻した。
「それで今後のことだが――――」
その時、基地の警報が、けたたましく鳴り響いた。
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