第3話 ズタボロの少女
アルガンディーナ帝国とは、
一般的には軍事国家と言っているが、それは軍事力に力を入れているだけであって、国の統治は専ら皇帝である『モルジアナ・レイ・アルガンディーナ』が行っている。
とは言え、その女帝モルジアナが軍隊を使って革命を行い、その後も軍事に深く関わっているため、実質軍事政権が成り立ってしまっている。
しかしそのお陰で軍備は大幅に拡張され、圧倒的な数の優位をもっている帝国と互角以上に戦えていた。
それも全ては『ドクター
アルガンディーナ帝国において、要人輸送車は全て軍用車両に限定される。
その理由は、いかなる理由においてテロが起こる可能性があるアルガンディーナ帝国内部において、確実に要人を守るための措置である。
よって、灰鉄部隊隊長『天城篝』は、『ラーズグリーズ』と共に軍用車両で、『嫁』なる少女を迎えに行っていた。
「『灰鉄部隊、単独で敵基地を制圧。合衆国への攻勢の布石を積む』・・・プロパガンダとは言え、こうして褒められると悪い気はしませんね、篝さん」
今朝がた勝った新聞を手に、ラーズグリーズは隣の篝にそう言う。
「どちらにしろ国民を味方につけないと軍に回される分の食料が足りなくなる」
「この国が小麦の名産地で良かったですね」
実際、戦争が始まって数ヵ月。食糧問題が未だ浮き彫りになってきていないのは、この国自体の食料の生産性が著しいこともある。
旧文明で問題になっていたようだが、今は大陸の状況が変わり、気候も変わった。
帝国は、食物が育ちやすい環境になっているのだ。
「ご都合主義ですね」
「言うな」
「痛いです」
ラーズグリーズの額を小突く。
「しかし驚きました。まさか篝中尉に婚約者が出来るだなんて」
そこで、この車両に一緒に乗ってきた護衛の一人『カール・ノレーモ』がそう言い出す。
「そうか?」
「だって、灰鉄部隊の中じゃ、篝中尉だけ女っ気がなかったじゃないですか」
「私は論外ですか」
「だってラーズさんは妹枠でしょう」
「小さいからって舐めないでください。いつかは立派な大人のレディになってみせます」
「数万年幼児体形が何言ってやがる」
殴り合いを始める。
「やめてくださいこんな狭い車の中で!」
「「ふんっ!」」
そっぽを向く。
「はあ・・・」
「・・・そういや、ここは雪降らないんだな」
「え?ああ、はい。何しろここはとても乾燥していて、雨が降ることはほとんどないそうです。その為、水道や地下水を汲み上げて水を調達しているそうです。ですが、昼でも水が凍る程の冷気はあるそうです。あ、でもここのエリアから少し離れると一気に降り出すんだそうです。不思議ですよね」
「そんな環境でこの格好か・・・・」
篝は、ファイルに挟まっていたいくつかの写真を一枚取り出す。
そこには、白いワンピース一着のみを着た少女の姿があった。
「それ撮る暇があるならすぐにでも助けろって思いますよね」
「これを取ったのはアカレイらしい。あいつは基本的に金で動く奴だ。積まれた金以上のことはしない」
「薄情っすねぇ・・・」
「まあ金さえあれば義理のある奴だ。そこは評価しておけ」
「にしても、どうして彼女を虐げるのでしょうか。その町の住人たちは」
「目下調査中とのことですが、成果は期待できなさそうです。なんでも、村の住人が軍人を警戒してしまっているようで・・・」
「面倒だな・・・」
未だに現女帝の政策に反対する村や町は多い。それでも国が戦争をしていられるのは、革命によって国が確実に豊かになってしまったからだろう。
軍用車両の開発だけでなく、冬季でも食物が栽培できるようにした技術班の賜物だろう。
しかし、
「アリス・フルフォードの住まう場所は辺境にある小さな村です。まだ軍が配備されていないとはいえ、結構物静かな場所らしいですよ」
「物静かねえ・・・」
正直、一人の少女を虐待しているという時点で物静かとは程遠い。
むしろ、村中が彼女を攻撃している原因の方に興味があるほどだ。
「もうすぐだな」
「え?」
『目的の町が見えました』
篝が呟いたことと、おおよそ同じことを言う運転手の言葉。
「ラーズ、戻ってろ」
「分かりました」
篝の言葉にラーズグリーズは応じると、瞬く間にその姿が光へと変わり、その光は篝の中へと入っていった。
「おお・・・・」
「なんだ?ノレーモ伍長」
「いやぁ、これが噂の複心同体ってやつなんだなぁ、と」
「まあ、そうだが・・・もう着くぞ」
篝がそういえば、すぐさま車は停車した。
『つきました』
無造作に扉を開ける。冬の冷たい空気が、コートで覆われていない肌を突き刺すように冷気が通り抜ける。
目の前には、辺境にあるにしては立派な屋敷があった。
「こんな所に住んでるんですねえ・・・」
「・・・」
その屋敷を見上げた後、篝は扉の方を向いた。
そして、扉から一人の男が出てきた。
「お待ちしておりました」
その男はにこにこと張り付けたような笑顔で篝の元へやってくる。
「ここに住んでいるアリス・フルフォードの引き取りに来た」
「いやぁありがとうございます。いやほんと、あんな疫病神を買い取っていただけるだなんて」
(あの女の子を嫌っている事を隠そうともしない・・・!?)
よほど嫌いなのだろうか。彼は間違いなく、篝たちの求めている少女を『疫病神』と言い切った。
体裁など気にしていない様子。というより、相手が自分と同じ意見を持つのではという確信をもってそう言っている。
一体何をどうすればそんなことが出来るのだろうか。
「あの子が来てからというもの、牛が全部病死したり、穀物が不作だったりと迷惑してて困ってたんですよ」
「本当か?」
「確認は取れてません・・・」
「そうか。それで、その少女は屋敷裏の馬小屋だな」
「え?はい。そうですけど・・・」
「だったら失礼させてもらう」
篝はずかずかと人の屋敷の敷地に入っていく。
「あ、あの、場所とかは」
「いい」
篝は遠慮なしに庭に出る。
その後をカールと男がついていく。
(篝中尉。さっきから可笑しな程にこれから起こることを当ててくる・・・到着する直前に着いたって分かってたし・・・一体どういうことなんだ?)
カールの疑問は尽きない。
そうしている間に、篝は迷いなく、屋敷の裏の隅に建てられたおんぼろな小屋を見つけた。
「ひでぇ・・・」
「何が酷いものですか。むしろ酷いのはヤツの方ですよ」
これには流石にカールは物申そうとした。
「ちょっと貴方」
バキャ
「ばきゃ?」
いきなり響いた音にカールは篝の方を見た。
見れば篝が扉を蹴破っていた。
「なにしてんですか!?」
「閂がかかってたからつい・・・」
「ついで普通やります!?」
「そうだぞ!?修理にどれくらいかかると」
「お前は黙ってろ」
「ぬぐっ・・・」
篝は興味なさげに一喝すると中に入っていった。
そして、ある程度中まで入っていった所で、篝は腰を下ろして、口を開いた。
「アリス・フルフォードだな」
カールも中に入って、確認する。
そこには、写真で見た時より明らかに酷い状態で固いコンクリートの床で寝ている少女がいた。
「ひどい・・・」
篝の問いかけに、ズタボロな少女は目を見開いたまま、見上げていた。
「ここを出るぞ」
篝はそう言って、少女を持ち上げた。そのまま小屋を出ようとする。
だが、そこで男が立ち塞がった。
「ちょっと待て」
男は掌を上にして篝の前に出した。
「連れていくなら、コレ、だせ」
甲斐甲斐しく、『金』を要求してきた。
この行為に、カールの堪忍袋の緒が切れる。
「いい加減にしろよおま―――」
が、
めきゃっ
「ひえっ」
その前に篝の前蹴りが男の顔面に突き刺さった。鳴ってはいけない音も鳴って。
男はそのまま倒れて沈黙してしまう。
「こいつの治療費で
そう言って、篝はカールの方を見る。
「ノレーモ伍長、すぐに抗生物質の用意を」
「抗生物質ですか?」
「肺炎だ。まだ間に合う。近くの病院に連れていく」
篝の言葉を聞いて、カールは切り替える。
「それならこの近くにサトランタ基地があった筈です。そこでなら抗生物質もある筈です」
「そこに行こう」
篝は腕の中の少女を連れて歩き出す。
「あ・・・けほっ」
腕の中の少女が、何かを言いかけて咳き込む。
「伍長、急ぎで何か作れるか?」
「作れるって何を・・・」
「飲み物だ。温かいものがいい。喉を刺激しない類のものだ」
「分かりました。すぐにスープを作ります。移動しながらになりますが・・・」
「構わない。すぐに出る!目的地はサトランタ基地だ!急げ!」
外で待機していた兵士たちに命令し、篝たちは車に乗った。
サトランタ基地は他国から攻撃されることのない帝国北部にあり、合衆国との最前線である西部戦線と少女がいた街を結ぶ直線状に位置する。
しかし、町から基地まで、自動車で五時間はかかる距離にある。
だからそれまで、少女の看病をしなければならない。
常備している毛布にくるませ、点滴を打ち、様子を見る。
「けほっ、けほっ・・・」
「咳が止まりませんね・・・」
「そもそも栄養失調に近い症状が出てる。相当食べさせてもらっていなかったんだろう」
「それでよく今日まで生きてられましたねこの子」
衛生兵の『エンリ・リスターナ』が、苦しそうに咳をする少女の額を撫でる。
「どうして、こんな小さな子にこんなことを・・・」
少女の体には至るところに傷や打撲の痕があった。日常的に攻撃されていなければつかないような傷も多くある。
「リスターナ曹長、彼女の容態は?」
「今は落ち着いてます。怪我も見た目ほど酷くないです。ただ、骨にひびが入っている可能性はあります」
「そうか・・・・」
篝は爪を噛む。
「行儀が悪いですよ」
「ん?ああ、すまない。癖で・・・」
「それは矯正しておかないといけませんね・・・」
エンリはそう言って、アリスの頭を撫でる。
「中尉、スープ、出来ましたよ」
「こっちにもってきてくれ。起こせるか?」
「ちょっと待ってください」
エンリはアリスの肩をとんとんと叩く。
「アリスちゃん、起きれる?」
「けほっ・・・あ、あい・・・」
エンリに手助けされつつ、少女は体を起こした。
「ごめ・・・なさ・・・けほっ」
「お腹空いてるでしょ?スープを作ったから食べて」
少女は、カールの持つスープに目を向けた。
軍でも評判の良いオニオンスープだ。
「・・・いり・・・・ません・・・」
だが、少女は拒絶した。
「え?あ、もしかしてスープは嫌いとか・・・」
「いりま・・・せん」
「じゃ、じゃあ熱いのは苦手とか・・・」
「い・・・りません・・・」
「えっと、それじゃあ・・・」
「いりません・・・!」
断固拒否の構えを取られ、カールは押し黙ってしまう。
「どうしましょう・・・」
「この子、相当お腹が空いているはずです。何か食べさせてあげないと・・・」
「はあ・・・おい、それよこせ」
篝がカールにそう言う。
「へ?いいですけど・・・」
カールからスープの入った器をもらうと、それを一口分飲んだ。
「「え」」
そして、少女の顎に手を当て、無理矢理持ち上げると、
「んぐっ!?」
無理矢理、唇を重ねてスープを流し込んだ。
「んんんんっ!?」
「「・・・」」
もがく少女。口を開けてぽかんと間抜け面を晒すカールとエンリ。
篝は、少女の口をこじ開けてスープを流し込み、顔を上げさせて無理矢理食堂を開ける。
少女は、息苦しさから否応なしにスープを飲まされた。
それを確認すると、篝はやっと口を離した。
「一口分だけ入れとけ。あとは捨てていい」
そう言って口元を拭う篝を、少女は唖然とした様子で見上げる。
そうしてしばらくしていると・・・・
ぽろぽろと涙があふれてきた。
「「ああ!?」」
「ん?・・・ぐべあ!?」
「年頃の少女に無理矢理キスする人がいますか」
どこからともなくラーズグリーズが現れ、篝の後頭部を殴る。
「いったぁ・・・いや、しょうがないだろ何か食わせないといけないんだから」
「だからって貴方はいつも強引過ぎます。少しは節度をもって行動してください。そんなんだから女っ気がないんですよ」
「それ今関係あるか・・・?とにかく」
篝は姿勢を正す。
「こいつには死なれては困る。そういうことだったろ」
「ちょっ、そういうのこういう子の前で言う事じゃないでしょう」
「けほっごほっ」
そこで少女が激しく咳き込む。
「あ、大丈夫?」
それを見てエンリが少女を寝かせる。
「やはり相当弱っているようですね・・・」
「けほっ・・・・ど・・・して・・・」
そんな中で、毛布をかぶせられた少女が、何かを訪ねる。
「どう・・・して・・・わた・・・しを・・・」
「そういえば言ってなかったな」
篝は少女の前に腰を落とし、言う。
「お前は今日から俺の嫁になる。その為にお前を連れ出した」
なんの捻りもない、本当のことを言うだけの最低のプロポーズだった。
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