第2話 金色の灰被り


ばしゃり


なんて音と共に、金髪の髪が汚水で濡れる。

「おーっとごめんなぁ。汚れてたから綺麗にしようかと思ってたんだが、余計に汚れちまったなぁ」

さっきまで、自分が雑巾を洗うために使っていたバケツを、ある男の子が持っていた。

「疫病神疫病神~、お前はその姿が一番だ~」


疫病神―――それが今の私の呼び名。


誰も、私の本当の名前を呼んでくれない。誰も知らない。知るはずもない、私の名前。


男の子たちは、逃げていく。きっと、私が戦姫になれないのを知っているからだ。

女の子ならみんななれる戦姫。だけど私は戦姫になれない。


この家の人たちが、私を戦姫にさせてくれないからだ。


「けほっ」






「何をしてるのよ!」


ぶちまけてしまった汚れた水が、石の床に広がったを見て、おばさんが私を棒で叩く。

「ごめんなさい・・・」

「本っ当に役に立たない子ね。本当になんでアンタみたいな『疫病神』をウチに置いとかなきゃいけないの!」

とてもみせすぎてる?ドレスを着ていて、それでいて怖い人。

怒らせちゃダメだって分かってるけど、どうやっても怒らせてしまう。

「さっさと体を洗いなさい。そんな汚い姿で家をうろつかれたくないわ」

白かったたった一個だけのワンピースは汚れてくすんでしまっている。そこに水をかぶってしまってさらに汚れてしまっている。

冷たい水が、私を冷やす。

「さっさと野垂れ死んでしまえばいいのに・・・」

おばさんの言葉が、私の心を痛くする。



「けほっけほっ」



目の前に、何故か出来ている泥の水たまりがあった。

落ちたら、さらに汚れてしまう。

もちろん、私はよける。だけど、


突然、突風が吹き荒れた。


「あ」

そのまま、私は泥水の上に落ちる。

泥の味が、口いっぱいに広がる。

「アハハ。見てお姉さま。泥まみれの疫病神よ」

「そうね。疫病神は疫病神らしい恰好をしないとね」

たった一個のワンピースが泥で汚れてしまった。

「あっ」

そして、あっという間に乾いていく。

泥が固まり、動けなくなる。

「ほら、疫病神さんはそこにいて。とっても良い絵になるわ」

「あ、あの・・・」

「今晩はそこで過ごしなさいよ。大丈夫、貴方の分はちゃんと私たちが食べてあげるから」

「そんな・・・」

「ってか、何勝手にしゃべってんのよ」

背中が、痛かった。

「ぁ・・・ぅぅ・・・・」

痛い。痛い。痛いしか考えられない。

「調子に乗んなよヤクビョーガミ」

「うちに止めてもらってるだけありがたいと思いなさい」

「あぅっ!?」

肩を蹴られた。痛い。だけど、できない。

あの人たちは、この家のおばさんの子供。

親のいる子たち。私には、いない。


この家は、私の家じゃない。


この家は、彼女たちの家。

私は、知らない人の子。知らない誰かの、知らない子。


私にあるのは、このワンピースと、『名前』だけ。


「けほっ・・・・けほっ、ごほっ」





泥を剥がして、私は裏庭の水場に向かう。

持っていたバケツで、蛇口の水を汲み、それを頭からかぶる。それだけで、泥と汚れがたくさん取れていく。

「ふぅ・・・さむい・・・」

冷たい水が、痛い。心が、寒い。

もう、何も感じなたくないと思っても、私は、外からの何かを求めてる。

いつまで、続くのだろう。

「何をしてる」

そこでふと、男の人の声が聞こえた。

そこには、おじさんがいた。

「掃除はどうした」

「えっと、まだで・・・」

そこで、もう遅いと気付いた。

気付けばおじさんは私のすぐ近くに来ていて、私のお腹を蹴った。


苦しい。


「なんでっ、お前はいつもいつも、人様に迷惑をかければ気が済むんだ!」

「あっ・・・ぅ・・・」

「お前が来てからいつもそうだ!お前のような疫病神をなんで俺たちが養わなきゃいけないんだ!そもそもなんなんだお前は!勝手に現れて俺たちの生活に侵入してきて!この疫病神がっ!」

何度も何度も、踏みつけてくる。

痛い。痛い。

「ごめんなさい、ごめんなさい・・・」

「それで済む話かァ!」

謝っても、謝っても、許してくれない。

みんな、わたしをきらってる。


私は、疫病神だから。


「けほっ・・・ごほっ、ごほっ・・・」











「今日でお前ともおさらばだ。それまで大人しくしておけ」

痛い。

固い所に落ちた。冷たい。

体が痛い。あちこちが痛い。

寒い。寒くて、体が縮こまる。

体を抱きしめて、温かくなとうとした。

だけど、どれだけ体を縮こまらせても、私の体はちっとも温かくならない。


冷たい。寒い。


痛い。辛い。


もう何年もこんな生活をしてるのに、私はまだ、そんなことを思っていた。

「けほっ・・・ごほっ・・・」

こんな声が喉から出る度に、私は胸の奥が痛くなるのを感じた。

その声はとても苦しい。

「かはっ・・・」

口から、血が出る。赤い色の水。私の、命の欠片。


死んじゃうのかな・・・


それを思うと、私は、泣きたくなった。


私を初めに育ててくれたのは、あるおじいさんだった。

私にいろんなことを教えてくれたおじいさん。だけど、そのおじいさんは死んでしまった。


その後私はこの家に来た。

初めは、みんな、興味がないようだった。

だけど、ある日、突然、おばさんが私を殴るようになった。


お前のせいだ。お前が早く『力』に目覚めていれば、革命なんて成功しなかったのに。



かくめいがなんなのか分からない。だけど、その日からおばさんの暴力が私を襲った。

理由を聞いても、それしか返ってこなかった。

私に与えられたのは、このワンピースと、いつも邪魔される外の掃除と、『痛い』だけ。

でも、それも今日で終わる。


私はある人に買われることになっている。


おばさんも、おじさんも、あの人たちもみんな喜んでた。


やっと私を手放せるって。

それが、酷く寂しいと感じてしまった。


私は、何を求めてたんだっけ?


それすら分からなくなった。

あの日から、分からなくなった。


私の名前を呼んでほしい。


ただ、それすらも願えない。

私の言葉は、誰にも届かない。

「げほっ、ごほっ・・・!」

『声』が、もっと痛くなる。

血が、もっと出てくる。

私の死は、喜ばれるもの?それなら、あの人たちはもう私を死なせてるはず。

それをしないのは、死ぬことすらあの人たちには、嫌なことなんだろう。

死ぬことですら、私は誰かを幸せにすることは出来ないのだろう。

本当に、私はただの疫病神なんだろう。

でも、それでも、


「誰か、私を愛して・・・」


口に出すだけなら簡単な言葉。それだけでも、私は願いたかった。



その時、私のいた小屋の扉が開いた。




「――――アリス・フルフォードだな」




初めて、私の名前を呼んでくれた人。

その人は、私を真っ直ぐに見つめてくれていた。


「ここを出るぞ」


そう言って、その人は私に手を差し伸べてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る