灰鉄 ~銃剣の巨人《アイリス》
綾波幻在
雪原の邂逅
第1話 アイリス
――――新生文明歴993年――――
ユニオン合衆国領南部基地――――
太陽が沈み、月が雲に隠れた夜闇の中、木陰に隠れた白髪の少女が、インカムからの声を受け取る。
『―――陽動は成功したぞ』
「分かった」
鈴の鳴るような声を発して、少女は立ち上がる。
遠くで、いくつもの光と銃声、そして爆発音が聞こえてくる。
「始めるぞ」
だらりとおろした手を広げれば、そこから二対のナイフが現れる。
それらを逆手に取り、銀髪の少女は―――『アイリス』は駆け出す。
その足音は全くの無音。
その移動は素早く、気づかれる前に防壁にたどり着く。
そして、壁に足をつくと同時に、『鋼糸』を引っ張り、壁を駆け上がる。
「ん?」
基地の壁の上にいた女兵士がそれに気付く。だが、すぐそばにいた女兵士もろとも、その首を跳ね飛ばす。
その切れた首から溢れ出るのは―――光の粒子。
アイリスは壁を駆け上がった勢いのまま壁を乗り越え、そのまま基地内に侵入してみせる。
そして落下しながら下にいた女兵士を二人、ナイフを投げて片付け、
「なにっ!?」
すかさず着地と同時に両サイドにいた女兵士すらもさらにナイフを投げて倒す。
これで六人。
(残り―――)
走り出し、アイリスは敵地をかける。
見かけた敵を全て無音で処理していく。
たどり着くべきは、作戦指令室―――
『基地内に侵入者あり!繰り返す、基地内に侵入者あり!総員警戒せよ!』
(気付かれたか)
死体を放置しておけばいずれ見つかるのも時間の問題だった。
だが、今は止まるわけにはいかない。
無血開城など、端から求めてなどいない。
「ここからは力技で行くぞ」
ナイフを投げ、アイリスは前方に右手を伸ばした。
「コネクトチェンジ―――ゲイルナイト」
すると、その手の先から銀色の長剣が現れる。それを掴んだ瞬間、その白髪の少女の姿が瞬く間に変わる。
銀髪は金髪に、長髪はまとめられて頭の後ろで結われ、そして幼そうなその顔立ちが瞬く間に凛々しい女性の顔に変わる。
それどころか、体形ごと代わり、その姿も重厚な騎士を思わせる装備となっていた。
「ハッァァアッ!!!」
気合一発、声帯すら変わった声を発して騎士へと変身したアイリスは剣を振り抜く。
その瞬間、突風が吹き荒れ、集まろうとしていた女たちを薙ぎ払い、本部の壁に穴をあける。
「中に入った!」
「追え追えー!!」
後ろから甲高い声が聞こえてくる。
だが、止まらない。
『アイリス』は、止まらない。
『―――場所が悪い。僕に切り替えて』
「ああ」
剣を手放す。剣は光の粒子となって消え、また、その姿が変わる。
「コネクトチェンジ―――ジャッジアクティブ」
騎士の姿から緑を基調としたSFチックな衣装へ変わる。外側が藍色、内側が黄緑色のジャケットをなびかせ、アイリスは、真正面に現れた敵を見た。
「ここから先には行かせない!」
正義感が強い女のようだ。
だが、そんなことはアイリスにとっては関係ない。
むしろその正義感には反吐が出る。
「ヴォーパルバレット!」
敵の女が光の光弾を生み出す。
だが、その光弾が直撃することは無かった。
「視線で分かるぞ」
「あっ!?」
放たれた光弾はあっさりとよけられ、アイリスはそのまま回転。そして、肘で鳩尾を突き、顎と頭頂部を持って、背後に回ると同時に捻る。
ごきんっ、という音と共に首の骨が折れ、それ以降、彼女は沈黙する。
そのまま、アイリスは走り続ける。
「何をしている!?」
司令官の女は、苛立った様子でオペレーターたちに怒鳴り散らす。
「相手はたった三人だぞ!?何故すぐ片付けられない!?」
正門から正面突破を仕掛けてきたのはたった三人。
斬撃、爆撃、狙撃。
それぞれがその要素を担当し、防衛部隊を相手取る。
あまりにもこちらの損害が大きく、兵士を回してしまっていた。
その為、陽動だと気付けても、内部に侵入してきたたった一人に回す兵力が全くないのだ。
このままでは、司令部に侵入を許してしまう。しかも一人だから移動が凄まじく速い。
逃げる余裕さえもない。
(よりにもよって、なんであの、
苛立ちが募る。
(いやよ。あんな奴らに殺されたりなんてしたら、それだけで永遠に笑いものにされ―――)
ズガァァァアンッ!!!
突如として女司令官の目の前の床が吹き飛ぶ。
「きゃぁぁあああ!?」
地面から現れたのは、上半身だけの機械の巨人だった。
「な、なに・・・!?」
巻き上がる粉塵。しかし、その機械の巨人はその二つの眼を光らせると、
「『ブローニャ』、攻撃開始」
幼い声が聞こえたかと思えば、途端にその機械の巨人がオペレーターたちの方へ向き、そして、その腕で虐殺を開始した。
人だけを狙って破壊するかのように、その巨大な腕と砲身を使って逃げ惑うオペレーターたちを潰していく。
その光景を、女司令官は見ている事しかできない。
「陽動部隊、どうやら迎撃部隊の撃退に成功したようです」
「ならば後方部隊に連絡を入れろ。残りは全員捕虜だ」
そこでふと、二人の人物の声が聞こえてきた。
一人は、先ほどあの機械の巨人に命令を下した少女の声。そしてもう一つは、
「よお、クソッタレ社会の申し子さん」
少女は、まるでどこかの高級レストランに行くかのような装いをしており、その耳には宝石の耳飾りがつけられていた。
その一方で男は分厚い黒の軍用コートに身を包み、黒と特徴的な軍帽を深々と被っている。その手には銃剣化されたマークスマンライフルを携えていた。
それぞれ、特徴的なツインロールテールの銀髪と、単発の黒髪だった。
そんな二人が、女司令官の前に立ち、その銃口を向けていた。
「抵抗すれば殺す。そうじゃなければ捕虜にする。どっちか好きな方を選べ」
銃口を突きつけられ、選択を迫られる。
「・・・・なんでよ」
そんな極限状態において、女司令官が出した言葉は問いかけだった。
「なんで、こんなことするのよ・・・私たちはずっと平和だった。お前たちの国だって、ずっと平和だったじゃない・・・なのに、どうして―――」
「そんなことも分からないんですか?」
「え」
少女が、女司令官の言葉を否定する。
「あの地獄が、本当に平和だったのですか?でしたら貴方の言葉は何も響いてこない」
「何を言って・・・」
「人を虐げ続けるこの世界の一体どこが『平和』ですか」
一切の表情を変えないその少女からの、怒りの感情がひしひしと伝わってくる。
だが、女司令官に、その理由は分からない。
その理由を、知っている筈なのに。
そして問答無用でぶん殴られて気絶した。
気絶した女司令官を見下ろして、少女は小さく呟く。
「貴方たちの理想で、お姉さまは・・・」
「ラーズ、すぐに生き残った奴ら全員縛るぞ。あとで後方の部隊が来る」
「了解しました」
少女は虚空に手を掲げる。するとそこから、何重にも巻かれたロープが構築されるように現れる。
そして男は穴の開いた天井を見上げ、その満点の夜空を見上げた。
白い息が、ふうっと吐かれる。
時は新生文明歴992年12月25日―――
かつて繁栄していた人類文明は、ある日を境にその全てが破壊し尽くされた。
地球の大陸の配置、その形すら変わるほどの大災害。
気候は荒れ果て、数多くの人類が、その災害によって命を落とした。
まるで増えすぎた人類を
その災害の後、どうにか生き残った人類は、生きる道を模索した。
その過程で発見されたのが、『エーテル』というエネルギーだった。
そして、その発見が『戦姫』の誕生を促した。
戦姫は、女性のみしかなることが出来ず、エーテルが結晶化した『リンカー』を使い、超人の如き力を得る。
その身をエーテルのみで構成された『ヴァリアブルスキン』へと変え、特異な力『スキル』を行使し、災害に苦しむ人々の希望となり、動いた。
そうした戦姫の活躍もあり、人類は次第に復興の道を辿った。
その過程で生まれた新たな国家、人種構成と分布、そして増えていく人口。
戦姫はやがて、新たに生まれた国家の軍事力として起用されていき、やがてその力が一般にまで出回った所で―――『男』は地獄を見た。
戦姫は戦姫でしか倒せない。
その理由は、ヴァリアブルスキンへのダメージは、エーテルによるものでなければ一切傷がつかず、そして男たちに戦姫の代名詞でもある『リンカー』を扱えなかった。
そのため、男女間でのパワーバランスが逆転。戦姫の数が増えていくにつれ、次第に女が男を淘汰する時代が訪れた。
これが『女性至上主義社会』の始まりだった。
そうして900年近く、その時代が続いた。
やがて世界にとってそれは当たり前となり、誰も疑問に思わなくなった。
だが、抑圧には必ず、反発が生まれる。
世界四大国と呼ばれる四つの国がある。
始祖リースロッテを崇め奉り、国民の絶対的結束力を持つ宗教国家『リースロッテ神聖国』。
莫大な生産力と、世界最大の領土を誇り、先端技術を多く持つ民主国家『ユニオン合衆国』。
神秘に溢れ、自然豊かな大地を有する群島国家『神龍皇国』。
世界最大の軍事力を誇り、最新鋭の兵器が並び跋扈する軍事国家『アルガンディーナ帝国』。
しかし、帝国に関して、この示し方は正しくはない。
正しくは、『革命によって』、が付く。
992年―――『アルガンディーナ帝国』で革命が起きた。
次期女帝候補であった、第七帝女『モルジアナ・レイ・アルガンディーナ』が、当代女帝に対し、反逆の意志を示した。
それだけであればまだ良かった。
当時の世界にとって見過ごせなかったのは、『男』が『戦姫』を
秘密裏に開発されたエーテルを生成し続ける永久機関『WSドライヴ』の誕生により、既存の武器にエーテルを纏わせる『エーテルコーティング技術』、WSドライヴを搭載し、戦姫と同等の戦力を得る機械兵器『ストライカー』が開発され、モルジアナはそれを使って革命を始めた。
その革命の成功が今ある平和を脅かす要因となりえると考えた各国は帝国政府側に戦姫を派遣、革命の鎮圧を測ろうとした。
だが、エーテルコーティング技術によってそれまで廃れていく一方であった銃器が成果を上げ、ストライカーとモルジアナ側の戦姫による連携戦術によって派遣部隊は壊滅、そのままの勢いのまま、革命は成功し、かつて『王国』であったアルガンディーナは『帝国』として新生した。
しかし、世界はそれを認めず兵を出してそれを阻止しようとし、帝国はそれに反発。
―――そうして、新生文明歴で初めての『世界大戦』が起こった。
「各位、報告せよ」
『こちら『アリアドネ』。逃げようとしてたやつの足全員撃ち抜いた』
『『カレニーナ』だ。とりあえず車とか全部爆破しておいたぞ。オレは寝る』
『こちら『ルシア』。アリアドネがやった奴全員とっつ構えて運んでる所だ。そっちも終わったんだろ。だったらこっちを手伝ってくれ』
「あと後方部隊の出迎えがあるから無理だ。切るぞ」
通信機の通話を切り、アイリスは息を吐く。
「―――合衆国軍基地の制圧、ご苦労様です」
そこで、ふと静謐な声が聞こえた。
それに、アイリスも、気絶したり負傷した者たちを捉えていた少女もそちらを向いた。
「いたのか、ジル」
メイドのような装いをした少女―――『ジル・オーソラル』は微笑を浮かべて答える。
「はい。つい先ほど」
「来るなら手伝ってくれても良かったと思うが」
「申し訳ありません。急ぎの用でしたので、直接ジェット機を使ってこちらに来ました」
「だったら連絡すればいいだろ・・・」
「いえ、貴方にはこれからすぐにある場所へと向かってもらいます」
「は?」
アイリスは思わず首を傾げる。
「軍上層部からの命令です」
それを聞いて、アイリスはすっと雰囲気を切り替えた。
「内容は?」
「
「待て。ちょっと待て」
「何か問題が?」
「ツッコミどころしかないわ」
一旦深呼吸をして。
「なんだ?婚約って・・・」
「結婚をするお約束みたいなものです」
「そうじゃあなくてだなぁ!?」
「どのような方と結婚するのですか?」
少女が極めて冷静に訪ねる。
「『星の巫女』」
「「星の巫女?」」
アイリスと少女が小首をかしげて同じ言葉を返す。
「例の組織がずっと探し回っている正体不明の謎の存在です。我が国が集めた情報によりますと、ある人物がそれに該当することが分かりました」
「ある人物?そいつは一体・・・」
ジルがアイリスに向かって歩み寄り、一つのホログラムを見せる。
そこに、一人の少女の写真が写っていた。
「彼女が、その『星の巫女』と思われる人物・・・アリス・フルフォードです」
「フルフォード・・・聞いたことがないな」
「はい。彼女の親は既に他界されているらしく、今は親戚の過程で暮らしているそうです」
「それで、どうして俺と彼女の婚約話に繋がる?写真を見る限りまだ未成年だろ?」
※)この世界では十五歳から大人と認められます。
「はい。ですので貴方には、彼女を
その言葉に、アイリスは首を傾げる。
「
「今現在、アリス・フルフォードの状況は非常に悪いと言っていいでしょう。何故なら彼女は引き取られた家庭より虐待を受けているからです」
「それは何故だ?」
「詳しい事情は分かりません。ですが、虐待を受けているという事実は既に確認済みです。貴方にはそんな彼女を買い取る体を装い、そのままの勢いで彼女を嫁として迎え入れてください」
「どうしてそんな面倒くさいことを・・・」
「『アクトレス』は彼女を血眼になって探しています」
「奴らが?」
その言葉に、アイリスは食いつく。
そして、しばらく目を泳がせた所で、最後にため息を吐いた。
「分かった。引き受ける」
「ありがとうございます」
ジルはにっこりと笑った。
「いいのですか?」
「奴らがそんなに必死になっているならすぐにでも手を打たないとまずいだろ」
「そうではなくて・・・」
「分かってる」
アイリスは、少女の頭に手を置いた。
「出来る限りは努力する。が、あまり期待はするなよ」
「貴方なら出来ると信じています」
アイリス―――
時代は、女が男を支配することを強いられた世界。
戦姫と言う名の支配者が存在する時間。
悪逆非道が許される場所。
たった一国のみが世界と対峙し、その在り方を変えようとする物語。
これは『破壊』によって『変わる』物語。
彼の名は『天城篝』―――これは彼の物語だ。
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