クールな年上彼女の暴言に耐えきれなくなって家出した話

ハイブリッジ

第1話

<自宅>


「ただいま」


 同棲中の彼女の穂住雪乃ほずみゆきのさんが仕事を終えて帰宅してきた。


「おかえりなさい」


「……なにこれ? 何も出来てないじゃない」


「ご、ごめんなさい。ちょっと今日身体が――」


「言い訳は聞きたくない。どうせサボっていただけでしょ」


「……ごめんなさい」


「はあ……。仕事もできない、家にいても掃除や料理がまともにできるわけでもない。こんなに何もできない人だとは思わなかったわ」


 2年前、僕は職場での人間関係のストレスで体調を崩して会社を辞めた。


 会社を辞めてからは雪乃さんの迷惑にならないように家の事を頑張ろうとしたのだが、体調が良くない日もあって上手くいかない日が多くなってしまっている。


 今日も夕食を作ることと掃除ができないまま雪乃さんが帰宅してしまった。


「なんであなたと付き合ってしまったのかしら」


「壮真くんと付き合った方が良かったかもしれないわね」


「えっ……」


「だってそうでしょ。彼は〇〇大学卒業のエリートで仕事も出来る」


 雪乃さんは美人で仕事もできる完璧な人だ。大学時代も色々な雑務を任せられては完璧にこなしていた。そんな雪乃さんと付き合っていることは僕にとって奇跡みたいなことだ。


「今のあなたは足手まといよ。何もしないでご飯だけ食べて寝るだけの存在」


「…………」


「正直、ゴミのような人ね。生きている価値もないと思うわ」


 ここ一年、雪乃さんからの暴言がとても増えた。大きな企画の仕事を任されていて、そのプレッシャーと僕の存在がストレスになっているのだと思う。酷い時は暴言に平手打ちも加わる日もある。


「今日はもうご飯もいらない。食べてきたから」


 そう言って雪乃さんはシャワーを浴びに浴室へ向かって行った。



『大丈夫よ。私はあなたがどんなことになっても大好きだから。何もしなくていい、ずっと側にいてくれるだけでいいの』



 前に雪乃さんがかけてくれた言葉が頭に浮かぶ。


 僕は雪乃さんに迷惑をかけるだけの存在になってしまったんだ……。


「ゴホゴホッ」


 ……これ以上一緒にいてもお互いが幸せになることはないと思う。



 ■



<翌朝>


「話があります雪乃さん」


「何かしら朝の忙しいときに? もう出てかないといけないのだけど」


「こに家を離れようと思って」


「どういうこと?」


「雪乃さんの迷惑になりたくないから」


「でもあなた一人で生活できるの? できないでしょ? 働いていないのに」


「でも決めたんです」


「そう。あっそうだ。今日も食べてくるからご飯はいらないわ。あと洗剤の替えを買ってきてちょうだい」


 口を動かしながらもテキパキと会社に行く準備を進めている雪乃さん。


「もうこんな時間。あなたが変なこと言うから」


 コーヒーを一口飲むと足早に雪乃さんは家を出て行った。


「……」


 雪乃さん、一回も僕の方を見てくれなかったや……。


 今の僕なんてその程度の存在なんだろう。


「さようなら……雪乃さん」



 □■□



「ただいま」


 帰宅するが彼からの返事はなく、部屋も電気は付いておらず真っ暗だ。


 彼はまだ帰ってきていないのか。全くいい身分なものだ。仕事も家事もしないでどこかに遊びに行っているなんて……。


 あっ……そういえば朝にここを出て行くって面倒くさいことを言ってたわね。


「はあ……」



『いつ帰ってくるの? こんな遅い時間まで帰ってこないなんてどういうことかしら?』



 彼が帰ってきたら問いたださないと。今日も疲れた。シャワーを浴びて早く寝ないと。



 ────



<家を出て一週間>


『返信がないのはどうなのかしら? あなたも一度は社会人になったことあるだからその辺りの常識は持ってると信じてるわ』



『いつまで怒っているの? 子どもじゃないのだから返信くらいしなさい。私も暇じゃないの』



 どれだけ私の足を引っ張るのだろうか。仕事も企画の準備で忙しいのに……。


「穂住さん大丈夫? すごい険しい顔してるよ?」


「ごめんなさい。何もないから」


「本当に?」


「ええ。早く取引先に向かいましょう」


 まあ彼の事だ。そろそろ泣いて帰ってくることだろう。帰ってきたら二度とこんなことをしないように釘を刺しておかないと。



 ────



<家を出て二週間>


『私もあなたに少しだけ言い過ぎてしまったと反省しているわ。だからいい加減に返信の無視を続けるは止めて』



『無視を続けられると寂しいわ。一度しっかりと話し合いましょう? あなたが好きな料理を準備して私たちの家で待ってるから』



『最近、私が仕事ばかりで一緒の時間も作れてなかったわね。今回の企画が終わったら旅行でもどうかしら? 前にあなたが行きたがってた温泉に行きましょう? もちろん私が全部お金も出すし、手配もするわ』



「…………」


 何度も連絡をしているのだが既読も付かず、返事も来ない。


 彼がいるのが当たり前だと思っていたから気付かなかったけど、いなくなってしまうとすごく寂しいものなのね。


 大きな仕事を終えて達成感に満たされるかと思ったが、今は彼の事で頭がいっぱいだ。早く彼に会って色々と話したい。抱き着きたい。……こんなにも彼の事を愛していたのだと自分でも驚いている。


「……はあ」


「穂住さん」


 同じ部署の壮真くんが声を掛けてきた。


「企画お疲れ様。上の人もみんな褒めてたよ」


「そう……ありがとう」


「……最近、元気ないけど大丈夫?」


「大丈夫よ。気にしないで」


「もしかして前に言っていた彼氏さん?」


「…………」


「もしよかったら今日の夜二人で飲まない? 相談乗るよ」


「ごめんなさい。彼の帰りを待たないといけないから早く帰りたいの」


「そ、そっか」


 もしかしたら今日帰ってくるかもしれないのに飲み会とかに行っていて会えないのは嫌だ。


 今日は彼の大好きなカレーを作ろうかしら。





 ────



<家を出て一ヶ月>



『もしかして体調を崩していますか? とても心配です。何でもいいので返信だけでもほしいです』



『今どこにいますか? 朝でも夜中でもいつでも良いので連絡ください。ずっと待ってます』




(只今留守にしております。ご用件をピーという音の後にお話しください)


「…………っ」


 もう一ヶ月も彼の声を聞いていないし、彼に会えていない。どこにいるの……。


 あの時の朝に彼の話をもっと真剣に聞いてあげていたらこんなことになっていなかったかもしれない。


 彼のことをないがしろにしていた自分自身に怒りがいてくる。


 彼に会いたい。早く会いたい。




 ────



<家を出て一ヶ月半>



『今まであなたにやったこと、とても酷いことだと反省しました。


 体調が優れないのに家事や色々な雑務を押し付けて、暴言を吐いてしまったこと心から謝ります』


 あなたがいない毎日は耐えられないです。あなたの姿が見たいです。あなたの声が聞きたいです。お願いします帰ってきてください。


 あなたに会えるのなら、私にできることは何でもします。


 お金ならたくさんあります。いくらでも使ってもらって構いません。私がしてきたように暴言を吐いてもらっても構いません。暴力も大丈夫です。あなたからの痛みならどれだけでも耐えられます。性の捌け口に使ってもらっても構いません。あなたが好むことがあれば喜んでやります。


 私はあなたがいてくれるだけで幸せです


 ずっとずっとずっとずっと待ってます。いつでも帰ってきてください』




 ────



<家を出て◯◯日。自宅>


「…………えっ」


 誰もいないはずの家に帰ると美味しそうな匂いがした。私が今日家を出て行ったときにはなかった匂いだ。


 靴を脱ぎ捨て、急いでリビングに向かう。


「あ……あっ」


 電気を点けると机に肉じゃがが置いてあるのを発見する。器を触ると少しだけ温かい。


 間違いない。彼だ。彼が帰ってきてくれたんだ。


 ど、どこ……どこにいるの? ごめんなさい。本当にごめんなさい。何回でも何十回でも謝らないと。


 部屋中探し回るが彼の姿は見当たらない。


 肉じゃがの側に手紙が置いてあるのに気づく。



『本当にすいませんでした。


  職場関係のストレスで僕の体調が悪くなって、仕事を辞めてからの約2年間、雪乃さんには負担ばかりかけていました。家事もろくにできない僕と長い間一緒にいてくれたこと、感謝してもし切れないです。


  雪乃さんと過ごしていた時間は僕の宝物でした。


 この約1年は雪乃さんが仕事のストレスを僕に当てるようになりました。でもそれもこれも働けなくなり、家事もまともにできなくなった僕が全て悪いことです。


  もう僕は雪乃さんの前には現れません。これからは僕のことは忘れて、前に話してくれた会社の方と幸せになってください。


  最後に雪乃さんが前に僕の料理の中で一番好きだと言ってくれていた肉じゃがを作りました。よかったら食べてください。


 今まで本当にありがとうございました。健康には気を付けてください』



「いや……」


 手紙を読み終えると、膝から崩れ落ちてしまった。


「…………ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 本当に辛かったのは彼のはずなのに。彼の事も考えずに私は……。


 何回謝ってももう彼は帰ってこない。


「…………………………………………やだ」


 私の知らないところで彼を支える誰かがいる。知らない誰かが彼からの愛情を注がれる。


 絶対に嫌だ。


 彼を支えるために全てを捧げられる人はいるのか。そんなの私しかいない。いいえ……私以外あり得ない。


「…………待ってて」


 絶対に探し出して、私の一生をかけてあなたに償っていくから……。






 終わり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クールな年上彼女の暴言に耐えきれなくなって家出した話 ハイブリッジ @highbridge

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ