超能力
「俺、超能力が欲しいんだよな」
昨日の夕食はジンギスカンだったという話から、何がどうなってかわからないけれど、総代は突拍子もないことをまた言い出す。
そもそもジンギスカンを夕食で食べたという話もまだ、詳しく顛末を聞いていないにも関わらず、もっと疑問に溢れる話題に変わってしまった。
「白樺だったら、どんな超能力が欲しい?」
「べつに僕、超能力とか欲しくないんだけど」
「そう言わずに、ほら。おひとつどうぞ。今なら好きなやつ早いもの勝ちで選べるぞ」
雨上がりの独特とした空気感。
学校の中庭で、濡れているベンチに座ることもできず、なんとなく柱際に立つ私は、そもそも超能力にどんな種類があるか考えてみる。
透視とか、サイコキネシスとか、浮遊能力とか、テレポートとか、だいたいパッと思いつくのはそんなところ。
だけどべつに、惹かれるものなんてない。
私は超能力なんて欲しくなかった。
「うーん、そうだな。太らない能力とか?」
「しょっぽ。なんだそりゃ。それ、もはや超能力とも呼べるか怪しいくらいじゃんか。つか、白樺って元々太らんだろ」
「そんなことないよ。どっちかっていうと太りやすいタイプだと思う。今は若いからいいけど、もう三十代とかにいったらあっという間にメタボだよ」
「まあだとしても、そんなの筋トレでもしとけよ。ほらほら、もっと他のにしようぜ」
「なら疲れない能力とか」
「だからしょぼいって。さっきからなんなん? そのホニャホニャらないシリーズ」
いざ私が欲しい超能力を口にすると、総代はブーブーと文句を垂れてくる。
もう、うるさいな。
自分で好きな超能力を選んでいいって言ったくせに。
「疲れない能力だって、あれば便利でしょ。僕、疲れやすいからさ」
「つか、それも筋トレすればいいだけじゃね?」
「脳筋かよ。なんでも筋トレで解決できると思うな」
「要するに体力づくりだろ? んなもん。筋トしかねぇよ」
総代は水泳部に所属しているということもあって、体格は良い方だ。
身長も高いし、筋肉質で運動神経も良いというところは素直に憧れる。
私は背も低いし痩せぎす体型で、昔から運動は苦手。
それにちょっと動いたらすぐに疲れてしまう。
不公平な世の中だ。
同じ人間が同じ街で育っても、こうも差が出てしまう。
「そういう総代はどうなんだよ。どんな超能力が欲しいの?」
「いやあ、迷うんだよなぁ、それが。最初は不老不死とかありだなと思ったんだけどさ」
「不老不死か。不老くらいならいいけど。不死はちょっと面倒くさそうだな」
「お、やっぱり? そう、俺もそこで迷うんだよな。不死って、想像したら怖いなと思って」
不死が怖いんじゃなくて、面倒だと言ったのに、まるで同じ意見かのように総代は語る。
それに不老に関しても、私はそこまで欲しいと思う能力じゃない。
もし、今のままで見た目が変わらず、そのままアラフォーとか還暦になると考えたら、中々に厳しいものがある。
なんというか、とても醜い気がした。
不老なんてものは、最初から美しい人じゃないとその効果を発揮しない。
「だってさ、もし俺が不老不死になったとするじゃん?」
「うん」
「で、白樺が死にますと」
「いきなり殺された」
「それから百年、千年、万年、何百億年、俺は白樺なしで過ごすわけだ」
「べつに僕なしで過ごすのは不老不死関係なくない? 僕と総代なんて、明日からもう二度と喋らない可能性だってあるわけだし」
「おい! 寂しいこと言うなよ!」
「……あくまで可能性の話。そういう場合だってあるでしょってこと」
明日も総代が私の隣にいるとは限らない。
そんなのは当たり前のことだ。
だって私たちは友人でもなんでもない。
ただ、よく会話をするクラスメイトってだけ。
それ以上だとは、思っちゃいけない。
期待しすぎれば、その分だけ、いつか反動がくるから。
「まあたしかに、明日とは言わんが、俺が不老不死じゃなくとも、いつか白樺が先に死ぬ時はくる」
「僕が先に死ぬのは決まってるんだ」
「そりゃそうだろ。俺は筋トレしてるからな」
「筋トレ信者こわすぎ」
「でも、まあ、どんなに白樺が早く死ぬとしても、白樺が死んでから、俺が死ぬまで百年もかからないだろ?」
「まあ、よっぽどコールドスリープでもしない限りね」
「百年くらいなら問題ない。俺は白樺のこと覚えていられる」
「そうなんだ」
「だけど、千年、万年、何百億年とか経ったら、ちと自信がない。俺はそんなに頭が良い方じゃないからな。それが、怖いなと思ってさ。白樺のことを忘れるのが、俺は怖いんだ」
私のことを忘れるのが、怖い。
それがどうしてなのか、今の私にはいまいちピンとこない。
「だから不老不死は、やっぱやめておこうかなって思ってる。俺は全部、覚えていたい」
でも最後に紡いだその台詞で、私はやっと僅かに腑に落ちる。
長生きすればするほど、きっと思い出も増えていく。
楽しい思い出も、悲しい思い出も、自分の意思とは関係なく、際限なく増えていくだろう。
その中で、いつか、頭の中から溢れ出してしまうものも出てくる。
それが嫌なんだと、きっと総代は言っているんだ。
彼は優しい人だから、私をたとえに出してくれているけれど、たぶん私が特別なわけじゃない。
全部、と彼は言った。
これまで経験してきた人、会った人、そしてこの先経験すること、新しく出会う人々、その全部を溢さないようにしたいと総代平太は願っている。
たしかに、不老不死には向いていないかもしれない。
全部を覚えていられるうちに、死にたいと思ってしまっているのなら。
「じゃあ、結局、どんな超能力が欲しいの?」
「そうだなあ」
ふいに、やけに熱っぽい光が差し込む。
曇天の切れ目から、顔を覗かせる太陽に、私は眼を細める。
何か照らされることに、私は慣れていない。
「腕が、あと二本欲しいな」
「なにそれ」
「なんだか、もっと早く泳げそうだろ?」
「……なんかそれも、あんまり超能力っぽくないと思うけどね」
「ははっ! たしかに!」
もっと早く泳ぎたい、と総代は笑う。
まともに泳ぐことすらできない私は、やっぱり彼を羨ましいと思う。
いいよな、総代は。
まあでも、腕は二本で十分だけど。
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