偏り
どこかで雷がなっている。
普段見ることのない夕方のワイドショーはそんなリアルタイムの悪天候なんか気にすることなく、最近都内で流行りつつあるらしいシュリンプサンドなるものを紹介していた。
小柄でなんとなく男爵芋に似ているお笑い芸人が、軽くローストされたブレッドサンドから溢れる山盛りのエビの剥き身を見ながら、エグいて、エグいて、と同じ言葉を連呼している。
そのすぐ隣りでは、清楚な雰囲気で可愛らしい笑窪が特徴的な少女が、両手を胸元に当てて笑っている。
「美月くんは、アイドルとか好き?」
「……まあ、好きですよ。ライブとか行くほどじゃないですけど、動画みたりはします」
「そうなの!? 意外! じゃあ踊っちゃったりもしちゃったり?」
「はい。よく踊ります。こう見えて、SNSの中じゃ結構有名人ですよ」
「まじ!?」
「嘘です」
「……一瞬本気で信じたのに」
「嘘が得意なんじゃないんですか?」
「得意なのは駆け引きだけだよ」
ソファの上で体育座りをして、クッションを抱き締めるアンティさんは、ジトっとした目で私の方を見つめる。
まだ制服から着替えていない私は、そういえばこの人は着替えとかどうするつもりなんだろうと疑問に思った。
「どこまでが嘘なの?」
「なにがですか?」
「踊ること? アイドルが好きなことも?」
「あー、そうですね。踊るところからが嘘ですかね。アイドルが好きなのは本当です」
「どういうところが好きなの?」
「なんか、いいじゃないですか。こう、きらきらしてるっていうか、そもそも可愛いし」
「付き合いたい?」
「んー、まあ、付き合えるなら、そうですかね」
「健全だねぇ」
「いやな言い方ですね」
「私、偶像崇拝苦手だから」
不機嫌そうにアンティさんは口を曲げる。
アイドルのことを偶像崇拝と呼ぶ人を、私は初めて見た。
「見た目だけで人のことを好きだと思うのって、失礼だと思わない?」
「べつに見た目だけじゃないと思いますけど」
「でもアイドルの魅力に感じている部分のほとんどは外見でしょ?」
「まあ、全否定はしませんが」
「なんか、他の個性に比べて、外見が重要視されすぎてると思うのよね、私は。顔が良いのも、足が速いとか、頭が良いとか、身長が高いとか、野球が上手いとか、そういう個性の一つだと思うの」
「足が速いから好きって子、小学校に沢山いましたよ」
「でも、顔がいいから好きって子は、小学校から今でも沢山いるでしょ? それが納得いかないのよね。顔で決めるのも悪いとは言わないけど、割合が偏りすぎてる。つまんない」
「つまんない?」
「そそ、つまんないよ、そんなの」
退屈だと、その人は言う。
じゃあ、割合が偏っていなかったら、面白いのだろうか。
料理が上手だからといって、アイドルにはなれない。
あくまで最低限の容姿に、料理上手という個性が上乗せされるだけ。
その順番が反対になることに、意味はあるのか。
平凡な容姿で、料理もそこまで得意でない私がそんなことを考えるのは、ひどく滑稽に思えて仕方なかった。
「ただいまー」
がた、と風が吹き込みドアが揺れる音のすぐ後に、玄関の方から聞き慣れた声がした。
その男らしい低音の声は、間違いなく父のものだ。
どうやら、父が帰ってきたらしい。
「今の、お父さん?」
「そうですね。帰ってきたみたいです」
さすがのアンティさんも緊張しているのか、さっきまでの砕けた雰囲気を消して、真面目な表情をしている。
冷静に考えて、彼女はどちらかといえば不審者サイドの人間だ。
怯えるのも仕方がないことだ。
「上手いこと、紹介してよ?」
「え、僕が説明するんですか?」
「そりゃそうでしょ」
「うわ。面倒くさ」
「あ、はっきり面倒くさって言った!」
てっきり得意のお喋りでアンティさんが適当になんとかするのかと思っていた私は、すっかり油断していた。
まさかこのよくわからない現状説明をするのが、私の役目だとは思っていなかった。
「美月、悪いけど、今日は麻婆春雨じゃなくて青椒肉絲にしようと思う。なんかさ、急にピーマンのあの苦味が恋しくなって––––」
ドアを開けて、リビングに入ってくる父の言葉が、ぴたりと途切れる。
最初は私の顔を見て、次にその横にいるアンティさんを見る、そしてもう一度、私の方をじっと見つめる。
「え? あれ。美月くんって、お姉さん、いたの? いや、待て。でも、さっき聞こえてきた声明らかに男の人だった気がするけど……」
アンティさんはアンティさんで、突如現れた綺麗な女性、のように見える人の登場に困惑しているようだった。
ややこしい。
あまりにややこしすぎる。
「……美月、彼女できたのか?」
「ひゃっ!? 声めっちゃイケボ! どういうこと!? なになに!? 謎の美女がイケボで喋ってるんだけど!」
これはひどい。
個性の上乗せが多すぎても、困りもの。
これもある意味、偏りってやつなのかもしれない。
うわ。面倒くさ。
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