第2話 真理子
俺は仏壇のある和室に通された。仏間と言うんだろうか。普段使われていないらしいが、きれいに片付いていた。生前きちんとしていた彼女の実家らしい佇まいだ。
鴨居に大きな遺影が飾ってあったけど、清潔感のある美人だった。
「なんだか、小学校の時に相合傘を書かれて、それから意識するようになって、好きだったって言ってましたよ。よくあなたの話をしてまして・・・。足が速くてカッコいいって。中学はバスケをやってましたよね」
「はい」
「試合を見に行ったりもしてました」
「え、そうなんですか?」
「そういって写真を見せてくれた。遠くから俺の写真を撮ったみたいだけど、誰かわからない。俺は久しぶりに中学の時のバスケのユニフォームを見てなつかしかった」
「でも、話しかけられなかったって言ってました。バレンタインデーにチョコレートを渡そうと思ったけど、やっぱり声をかけられなかったって」
言ってくれたらよかったのに・・・俺は心底残念だった。
「江田さんは勉強ができるから、高校は〇〇高校に行ってしまって、もう無理だって残念がっていました。しかも、男子校だから伝手もなくて・・・でも、ずっと江田さんのことを話してましたよ。亡くなるまで。娘にとっては初恋だったので・・・」
「実は僕も・・・」
俺はたまらなくなって、まくし立てるように喋り出した。
彼女に抱いていた気持ちを、初めて人に話した。
「僕と真理子さんは何の関係もないのに、まるで許嫁みたいな気持ちでいました」
お母さんは涙を流して、俺の話を聞いていた。俺たちは3時間くらい喋っていたが、お母さんは俺と別れがたくなったらしい。
「こんなことを言って、びっくりされるかもしれませんが、亡くなった娘の婿になってもらえませんか?」
「いいですよ・・・僕も、小学校の時に真理子さんに何もしてやれなかったことを、ずっと後悔していますから」
俺は何の気なしに答えた。
「僕は何をしたらいいでしょうか」
「娘の写真を渡しますから、形見だと思って持っていていただけないでしょうか」
「はい。わかりました」
俺はお母さんから大事なアルバムを渡された。赤ちゃんの時からの写真から始まり、小、中、高、そして亡くなる直前のものまであった。俺はお母さんと一緒にその写真を眺めていて、その人の人生をしょい込むことに大きな負担を感じるようになった。
しかし、今更引き返せない。ビニールでコーティングされた大きな紙袋に入れてもらって、持ち帰らなくてはいけなくなった。
民俗学的な風習で死後結婚というものがあるらしい。山形には結婚前に亡くなった子どものために、結婚式の様子を絵馬に描いて奉納する風習があるそうだ。仏教では結婚しないで亡くなると、人生を全うしたことにならないらしい。絵馬を奉納して輪廻転生につなげるそうだ。絵馬に描く異性は架空の人物。生きている人を書くと、あの世に引っ張られてしまうからだ。
彼女は俺の籍にはいり、江田真理子になった。その名前を書いた紙が仏壇に飾られている。俺は妹の結婚式にも呼ばれて参列した。それが俺の義務のように感じている。俺は彼女の存在を今も身近に感じている。彼女の実家にもよく電話している。
今、俺は通勤電車に乗っている。彼女が会社までついてくると言ってきかないから、毎日一緒に会社まで連れて行く。結婚して25年くらいになるが、未だに俺にぞっこんで片時も離れたくないらしい。子どもがいないせいもあるかもしれないが。
彼女は美人で服のセンスがいいから、俺は連れていて鼻が高い。身長が165cmくらいあって、モデル並みに足がきれいだ。
俺たちは新婚みたいに向かい合っている。
「ねぇ、夏休みどっか旅行行く?」彼女は甘えたように言う。
「そうだね・・・どこがいいかな?」
俺はたいして行きたいところがないから、そう答える。
「京都に行きたい・・・この間テレビで見たの。貴船神社に行ってみたいなぁ・・・」
「夏の京都は暑いよ」
俺は笑う。
俺たちのラブラブぶりを周囲の人は呆れて見ている。
俺はよく独り言を言っていると言われる。俺は彼女と喋ってるんだ。頭がおかしいと言われてもそんなの気にしない。
***
俺たちは夫婦だから、当然、寝るのも一緒だ。正直言って、彼女がいないと寂しくて寝られない。彼女は古い箪笥のような落ち着くにおいがする。
「聡史もそろそろこっちに来ない?こんな中途半端な状況は辛すぎて」
ベッドの中で真理子が言う。
「そうだね」
俺は答える。いつもはぐらかしてきたけど、そろそろ彼女のために決意しなくてはと思っている。
相合傘 連喜 @toushikibu
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