相合傘
連喜
第1話 相合傘
昔は相合傘なんていうのがあった。今もあるんだろうか。俺が子どもの頃は落書きといえば、相合傘だったけど、実は何なのかわからない。好きな人との名前を書くと恋がかなうんだろうか。
でも、一番多いのはいたずらだ。勝手に相合傘に名前を書かれて恥ずかしい思いをした人もいるだろう。
40年前は、小学生で彼氏・彼女がいるという人は皆無だった。中学生でもヤンキー以外ではまれ。高校で恋人がいる人がちらほらという感じだった。だから、相合傘なんかを外の壁なんかに書かれたら、今と比べ物にならないくらいの大ごとだった。いわゆる公開処刑。
俺は学校帰りに通学路を一人で歩いていた。雨がやんで蒸し暑い日だった。足元は長靴で、傘を持っていた。地面は土でぬかるんでいた。
俺は退屈で傘を振り回して歩いていた。近所に同学年の子がいなかったし、それだけでなく、俺は小学生時代からずっと一人だった気がする。ある民家の板塀に相合傘の落書きがあった。そういうのはついつい見てしまうもんだ。知ってる人の名前だったら面白いからだ。
見てみたら「さとし/まりこ」と書いてあった。俺は聡史だけど、別にそんなに珍しい名前でもない。まりこだって、ありふれていると思う。その時は、知ってる人じゃないから、がっかりして通り過ぎた。
それからしばらくして、そこを通り過ぎると、さとしの横に「えだ」と書き加えられていた。
げ!俺の名前だ・・・俺は真っ青になった。
そして、まりこの方にも「こばやし」という苗字が添えられていた。こばやしまりこというのは、同じクラスにいる、ちょっとぽっちゃりした子だ。俺は彼女の子となんか好きじゃなかった。というか、そんな冴えない子と相合傘を書かれて恥ずかしかった。俺の知っている奴が書いたんだろうけど、その辺に住んでいる同級生はいなかった気がする。
俺は考えた。消せない感じだったから、なんか書き足そう。「えだ」・・・を「まえだ」にすればいいんだ!俺はひらめいた。それで名字の上に「ま」を書き加えた。「こばやしまりこ」はどうでもよかった。多分、本人は気が付いていないだろうし、家はけっこう離れていたはずだ。
しばらくして、こばやしまりこさんが学校でからかわれていた。
「おまえ、相合傘書いてあったぞ!」
「まえださとしって誰だよ?」
「彼氏?」
「まえださとしとアッチッチ」
こばやしさんは、翌日学校に来なかった。理由はわからなかったけど、多分、相合傘のせいだと思った。本当は俺と相合傘だったんだけど、俺は責任を取らないで逃げてしまって、こばやしさんだけが取り残された格好になっていた。かわいそうだけど放って置いた。
俺はその日の帰りに、あの塀の前を通りかかった。すると、また「えださとし」に書き換えられていた。俺は焦って「ま」を書き加えた。そして、慌てて走り去った。
そのうち、相合傘に俺とこばやしさんの名前が書いてあるという噂が広まった。誰かが俺の書いた「ま」の字を消しているんだ。学校で他の男子からはやし立てられて、俺はむかついたから、そいつを殴ってしまった。俺は無口で背が高くて、何をしでかすかわからない危ないやつに見えたんだろう。みんな大人しくなった。
俺は件の落書きを消しに行った。家の人に頼んで、消させてもらえないかと言いに行ったんだ。
でも、俺が行った時、その落書きはもうなくなっていた。
その代わり、別の相合傘が書いてあった。
ともみ/けいすけ
同じクラスの男子と女子だった。
俺はちょっと面白かった。
俺は名字を付け加えた。
えんどうともみ/とだけいすけ
その後、2人がどうなったかは全然覚えていない。
俺は小林さんに対しては、あの時以降、許嫁のような親近感を抱いていた。
その気持ちはずっとあった。同じ中学に進学してからはクラスが違ったけど、常に意識の中にはあった。直接話したことはないけど、性格が良くて、優しい子だったと思う。色白で、きれいな感じになっていた。
中学を卒業すると、彼女は俺より2つくらいレベルが下の高校に進学した。
それっきり。
心の中では、どうしてるかな、話してみたいなという気持ちはあった。
卒業してから20代の時にあった同窓会で、彼女のその後を知った。
「小林真理子って亡くなったの知ってた?19歳で。癌だったんだって」
俺はショックだった。幼馴染を失ったみたいな気持ちになった。全然喋ったことないのに、俺にとってはすごく身近な人のように錯覚していたからだ。
俺は同窓会があった翌日、彼女の実家をいきなり訪ねて行った。道路に面していなくて、ちょっと奥まったところにあった。時が止まったみたいに、苔むした古い家だった。木造の一戸建て。水色の壁。青い屋根。じめじめした薄暗い空間だった。俺はたまらない気持ちになった。ひとまずインターホンを鳴らした。
出て来た人に、俺は何を言えばいいんだろうか?思いつかなかったけど、俺は突き動かされるように、その家に向かってしまった。中からおばさんが出て来た。60歳くらいだろうか。中肉中背のごく普通のおばさん。エプロンをかけていた。小林さんは確か妹がいた気がする。俺はそのことを何で知ってるんだろうか。そうだ、下の学年に妹がいたんだ。
「すみません。真理子さんの小学校時代の同級生で」俺はおどおどして言った。場違いなのがわかっていた。
「・・・」その人は驚いていた。男が尋ねて来たからだろう。
「同窓会で亡くなったって聞いたので・・・」
「あ、そうですか・・・わざわざありがとうございます」
小学校の同級生が尋ねてくることなんて、普通はないだろう。怪しまれている気がして、いたたまれなかった。
「お名前は?」
「江田です」
「えださとしさん?」
「はい」
俺は驚いた。
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