第5話

愛奈まな愛奈まな愛奈まな、俺だ、優人ゆうとだ。やっと、やっと直接話せる。愛奈まな!」


ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ


部屋は心拍数測定器の音と、その波を表すモニター画面。

そして、多種の点滴チューブが彼女に付いている。

そして、彼女は目を覚まさない。

俺は、静かに彼女のベッドに近づいて行った。


ドンッ、ドンッ、ドンッ

『ああ、鍵が掛かってる、こらぁ!君ぃ、開けたまえ。これは、犯罪だぞ!くそっ、至急、合鍵を持ってこい!』

ドタドタドタドタドタドタッ…………



「…………………」

ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ


音羽 愛奈おとはまな、来たよ。君に助けられた 優人ゆうとだ」


俺は彼女に語りかけるように、彼女の耳元で囁く。


愛奈まな、どうか目を覚ましてくれ。今度は俺に、君を守らせてくれ。愛奈まな!」


俺は、彼女の顔に近づいていく。

彼女はやはり色白で、髪やまつ毛は伸びっぱなしなのか、かなり長い。

しかし、彼女の反応はなかった。

心音計のグラフは、素人でも判るくらい、弱くなっている。


このままでは、彼女の命が危ない。

肉体に、異常なところは無いと聞いている。

身体が衰弱していっているだけなのだ。

あとは彼女が目覚める、其だけなのだが、目覚めない理由は一体なんだ?!


俺は、彼女の持ち物である、橫に置かれた彼女の私物に目をやる。

彼女は、幼稚園の時からの昏睡状態であり、その持ち物も当然、その頃の物だ。

俺は、持ち物を見ながら、ふと、あの頃の彼女を脳裏に思い出していた。



▩▩▩



『まなちゃん、そこにはなにがかいてあるの?』

『これはひみつ。ひみつなものなの。そして、とってもだいじなものなの。だから、ゆうと』


『ん?』

『だから、ゆうと。わすれないで。いつか、ゆうとがこれをみつけてね。わたし、ずっとゆうとをまっているから』




『まっている、どこで???』


『ずっと、ずーと、



▩▩▩



ドンッ、ドンッ、ドンッ

『くそ、鍵が開いてる筈なのに、なんで開かないんだ。どうなっている?!』

『何か、つっかえ棒がしてあるんだ。おい、君!いい加減にしないか。開けたまえ!聞いているのか?君!!』



「は!?」


そうだ。


何で、今まで忘れていた?!


あの時、彼女は何と言っていた?

「そうだ!あれは、スケッチブック!」


俺は、辺りを見回し、彼女の私物を乱雑にひっくり返しす。

くそ、無い!?

一体何処に!


ガサッ

「?!」

俺は、彼女のベッドの小物入れの引き出しの奥から、ビニール袋に入ったA4サイズの物を探り当てた。


「これ!?」

俺は慎重にビニール袋から、それを出していく。

それは間違いなく、あの時のままの、彼女のスケッチブックだった。


震える手で、ゆっくりとページをめくっていく。

スケッチブックには、沢山の彼女の思い出が描かれていた。

幼稚園の先生や、友達を描いた絵。

幼稚園の運動会の絵。

チューリップや動物の絵。

遠足に行った時の絵。

そして、そのどの場面にも、と描かれた子供の絵があった。


「やっぱり、あの頃から、ずっと俺を見守っていてくれたんだな。愛奈まな……」


俺は、いつの間にか、目から熱いものが流れていた。

俺はそれを、腕のシャツで拭うと、続けてスケッチブックのページを捲る。


そして俺は、最期のページをめくった時、全身に衝撃が走った。


「こ、これは!???」


ま、まさか、そんな事って!?



ドカァッ

その時、病室の扉に付けていた、つっかえ棒が外れて、病院の男性看護師達が雪崩れ込んで来た。

「?!」


「捕まえろ!」、「貴様、大人しくしろ!」

「うぐっ!?」

俺は、たちまち男性看護師達に床に押さえ付けられた?!

パサッ

ぐ、スケッチブックが俺の手を離れる!?

駄目だ、それだけは!!


カッ、俺の目の前にハイヒールの人影!?

誰だ?

「優人君、貴方には失望したわ。貴方がこんな暴挙に出るなんて…私も責任を免れないでしょうね。とんだ事をしてくれたわ」


それは、女医の佐藤先生だった。

く、俺はまだ、何も試していない。

あの事を実行してみなければならないのに!


「ま、待ってくれ。彼女を、愛奈まなを起こせるかも知れないんだ!どうか、試させてくれ。お願いだ!」

音羽 愛奈おとはまなを起こせる?本気で言ってるの!?」


「貴様、勝手に喋るな!」

「うぐっ」

看護師の押さえ付けが強くなる。

くそ、先生だけが頼りだ!


「待って、話しをさせて」

「し、しかし」


「どっちにしても、貴方達が押さえ付けてるんだから、何も出来ないわよ。優人君、いいわ。話してみて」

先生は近くの椅子に座ると、足を組んで俺を見下ろした。


「先生、その足元に落ちている彼女のスケッチブックを見てくれ!」

「スケッチブック?あ、これ?」


先生は、足元のスケッチブックを拾うと、それを俺に示した。

「それの最期のページだ。彼女の希望が書いてある…!」

「彼女の希望?」


ペラペラペラッ

俺の話しを聞いた佐藤先生が、スケッチブックの最期のページを開いていく。

そして最期のページを開いた時、佐藤先生の目が見開き手が震えた。


「ま、まさか、あり得ない。こんな事って

?!」



「そうだ、それが彼女の求める事だ!」

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