第2話

「眠り姫?」


「そうそう、目を覚まさないお姫様の童話の話し」

「その童話がどうしたんだ?」


「なんでも、ずっと意識不明の子がとある国立大学病院に入院してるらしいんだけど、意識不明で10年も生き続けてるって話題になってるんだよ。童話の眠り姫みたいって」

「その子の名前は!?」


「名前?いや、そこまでは、分からないけど」


俺はある日、学友の噂話しを聞いていた。

そしてその噂の女の子が、もしかしたら愛奈まなではないかと思うようになり、その大学病院を調べたのだ。


だが、その大学病院は東京にあり、俺の住んでいる地域からは数時間かかる。

簡単に行けるような場所ではなく、向かうにはそれなりの日程と旅費を用意する必要があった。


それでも心の直感に従った俺は、次の土曜日には列車を乗り継ぎ、その大学病院を目指す事になる。



◆◆◆



音羽 愛奈おとはまな】特別治療室

関係者以外立入禁止▪ICU専用病棟。


ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ

シュウッ、シュウッ、シュウッ、シュウッ




彼女は……完全に隔離された病室で、沢山の機器に繋がれて今も眠り続けていた。


どこまでも色白で髪が長く、綺麗な顔をしている彼女。

本当にお姫様みたいに綺麗な顔だ。



音羽 愛奈おとはまなちゃんの関係者の方?」

「あ、いえ、友達だった者です」


俺が彼女の病室で窓越しに彼女を見ていると、女医と思われる女性に声をかけられた。


「ああ、ここは関係者以外、入れないわ。勝手に入ってこられると困るねよ。出ていってくれる?面会謝絶なの」

「その、まな、音羽 愛奈おとはまなは、いつ治るのですか?」


「……それは、答えられない。彼女は特別なの。ずっとこの状態を維持してきた特異な例なのよ。普通だったら、数ヶ月が限界なのに、10年も、ほとんど代謝機能も衰えず、身体も成長して生き続けられるなんて、通常は有り得ないの。彼女は今、学会の研究対象なのよ。だけど…」


「だけど?」

「…このところ、その代謝機能が衰えてきているの。だから、ここに入れられたのよ」


「それは、何時いつからですか」

「3年前よ」


「3年前?!」

丁度【天の声】が聞こえるようになった頃!


「その、代謝機能が衰えると…どうなるんですか?」

「多分、生命を維持する事が困難になる。心臓を動かす事も難しくなるわ」


「!!、それは、あと、どのくらい……」

「そうね。このままの低下が継続するなら、あと、もって3ヶ月くらいかしら」


3ヶ月?!

あと、たった3ヶ月で、彼女とは永遠に会う事が出来なくなる!?


ドクンッ


ズザッ

「な?!君、大丈夫?」


急に胸が痛み、俺は女医の前で膝をついていた。

彼女が【天の声】に間違いない。

俺の直感がそう言っている。

何故、今まで思い出さなかったんだ!?


「俺はなんで……?」

床についた手のひらを見ながら、自身に問うように呟いた。





病棟を追い出された俺は、帰りの電車の中で、ずっと音羽 愛奈おとはまなの事を考えていた。


幼い頃虚弱体質で同年代より小さく、よく苛められていた俺。

そんな俺を彼女は、その持ち前の姉貴肌で何度も助けてくれたんだった。



▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩



「あたしのゆうとを、いじめるな!」


「ゆうと、ずっとあたしがまもってあげる、ずっと、おおきくなってもずっとね!」


「ゆうと、がゆうとをまもるから」



▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩



「…あの時からずっと、俺を守ってくれていたんだな。愛奈まな…」


あの記憶の封印が解かれてから色々な思いが甦るようになった今、【天の声】は愛奈まな、これは最早、直感ではなく確信だった。



ゴトンッゴトンッゴトンッゴトンッ


俺は車窓を流れる景色を見ながら、小さく項垂れた。

目に再び、熱いものが込み上げてきたからだ。


『…………』

愛奈まな?」


ふと、音羽 愛奈おとはまなの声が聞こえたような気がした。



◆◆◆



俺はあの後、大学病院の女医である佐藤先生の連絡先を貰って、特別に音羽愛奈おとはまなの容態を定期的に聞く事に了解を頂いた。

そして、それからの2週間は【天の声】も聞こえず、何事もなく日にちだけが過ぎていった。


そんな日常が過ぎたある日の事。


「お兄ちゃん!また、あいつを家の近くで見かけたの。怖い、怖いよ、お兄ちゃん!」


吉永よしながつむぎ、お兄ちゃんが周りを見てくる。お前は家にいて警察に連絡するんだ」

「わ、分かった。お兄ちゃん、気を付けて!」


ダッ

俺は、妹が家に入ったのを確認して奴の後を追った。


あの野郎!

執拗に妹をストーカーしてくる。

結局警察に捕まってもたいした罪に問われる事なく、出所してまた妹をストーカーする。

その繰り返しだ。


くそ、家族を守れるのは家族だけだ!

俺は家の周辺を走り回り奴の姿を捜した。


いた!


丁度、狭い路地に差し掛かったところで、吉永を見つけた。

奴は俺に気づかず、路地を曲がっていく。

許さない。

いつまでも妹に纏わり付くクズが!

俺は憤りで熱くなり、後先考えずに奴を追った。


路地に入ったが、いない?


「あいつ、何処だ!?」

『危ない!』


「え?、愛奈まな!?」

久しぶりに愛奈まなの声が!


ガンッ、「が?!」

ぐ、後ろから頭を、何か固いもので殴られ、た!?


ああ、意識が遠退く……愛奈まな…まな………ま……………



『ゆうと!!』



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



シュウーッ、シュウーッ、シュウーッ


なんだ?


いったいなんの音だ?

俺は、あの時、路地に入って…………そうだ、吉永よしながを追っていたんだ。

それで、愛奈まなの声がしたら、後ろから激しい痛みが………?

なんだ?

手が、身体が動かない。

う、縛られている?!

くそ、ここは一体何処なんだ!?

真っ暗で何も分からない。


「気がついたか、くそ兄ちゃん?」


「その、声、吉永よしなが?!」


それで俺は全てを理解した。

俺は吉永よしながを追い払うつもりが、逆に気絶させられ捕まったという訳だ。

ちきしょう!


「ああ、叫んでも誰も来ないから。ここは放置された港湾にある廃工場さ。辺りに人が立ち入る事はないよ」


カチッ

「?!」


吉永よしながが部屋の電気を付ける。

なんだ、ここは?

まるで工場の倉庫跡みたいな!?

吉永よしなが、俺をどうするつもりだ!」


パアアンッ

その瞬間、俺は頬を奴に殴られていた。

「う、ぐっ」


様だろ?駄目じゃないか。目上には、きちんとした言葉使いをしなきゃ。この糞ガキが!」


バシッ「がっは!」

吉永よしながの蹴りが、俺の腹に入る。

うぐっ、ミゾおちに入れやがっ、ぐ…苦しい。


「君さぁ、何時も何時も、丁度いいタイミングで妹ちゃんのところに現れるよね?なんで?妹ちゃんをストーカーでもしてる訳?ほんっとに、何時も邪魔だったんだけど。なんでボクの恋路を邪魔するかなぁ、許せないんだけど」


「…恋路…だと。あんた、大人だろ。妹はまだ中学生だぞ。このロリコン野郎!」


ドカァアッ

「ぐはっ」

く、また、蹴りを!


「まったく、最近のガキはしつけがなってないよな。いいかい?最初に誘ってきたのは妹ちゃん達なんだよ。知らない街だから道を教えてってな。だから道を教えて、綺麗なカフェでお茶をおごってやったんだ。そしたら、有り難うってボクに色目使ってさぁ。だからボクも好みだったから、その気になるじゃない?でも妹ちゃん、恥ずかしがりやで、急に帰るって言うからさ。家まで送って行くって一緒に行ったんだよ。そしたら、馬鹿なお前らの親父が警察なんか呼ぶから、ボクは職場を解雇されて全てを失った訳。だから妹ちゃんには責任を取って貰いたくてさぁ。妹ちゃんに二人だけで会う機会を伺っていたんだけど、いつもいつも糞兄ちゃんが一緒でさ、手が出なかった訳。でも、それも今日で終わり。邪魔な糞お兄ちゃんは、この世から居なくなります~っ。これで妹ちゃんはボクの物さぁ、ふへへへ」


「ごほっ、ごほっ、そんな、の、逆恨み、だ。もう、止めてく、れ」


「ふふん、今度は泣き落としかい?浅ましいねぇ。ほんっと最近のガキは、さぁ!」

ドカッ


「あがっ!?」

再び吉永よしながの蹴りがミゾ落ちに入る。

痛い、痛い、痛い。

頭が朦朧もうろうとしてくる。


シュウーッ、シュウーッ、シュウーッ


まただ?

いったい、何の音だ?

「音が気になるようだね。教えてあげるよ。この音はガスが吹き出ているのさ」


「…ガ…ス?」


俺は気味の悪い笑顔で笑う吉永よしながに不気味な恐怖を感じた。


「知ってるかい?可燃性ガスが空気中に漂っていても、一定の濃度に達しなければ爆発しないんだ。基本的にはある程度の酸素と着火点、そして一定の濃度の可燃性ガス、この3つが揃わなければ爆発しない」


「な、何を言って……」


ああ、頭が、ボヤける。

考えが、まと、まらな、い。




「ふぇへへへ、分かんない?、盛大に花火を上げようって事さ。そうすりゃあ、糞お兄ちゃんでも、ちっとは綺麗に上がるんじゃない?ぶふふふ」

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