第4話

――。

「ワタシハネルワヨ?」

「アア、オヤスミ。……ジャア、オマエモオヤスミナ」


 せまい場所安息の地がぼんぼんと叩かれた。


 そして、外が暗くなって、大きな生きものにんげんがいなくなった。

 今しかない!


 もれないよう、慎重に歩く。

 風のにおいをたどり、土を探す。

 ……探す、けど…………土のにおいはするのに、どこも壁に閉ざされていた。


 どうしよう、どうしよう……。


 そのとき――ガララッ……近くで音がして、土のにおいが強くなった。

 見ると、壁がひとりでに動いていた。


 つちっ!


 

 ……。

 助かった……。


 前足で土をかける。

 ここがどんな場所かわからないから、念入りにかけて自分の痕跡をかくす。都合がいいことにすぐ横に花が咲いているから、これだけかければ良いだろうか。

 確かめるように鼻を動かすと――花と、夜と、雨の前触れのにおい。うん、大丈夫。


 さて、一雨来る前に寝床を探さな――


『――おいで』


 風上の方から声が聞こえた気がした。

 とっさに耳をまわして音を集める。風が移動する音、木が小さくゆれる音、川の水が流れる音、虫がなく音。

 ……気のせいだろうか。


『こちらへ、おいで』


 気のせいじゃない。風上から悲しそうな声に、優しく呼ばれた。


 ふん、誰が行くもんか。どんな危ないことが待っているかわからないのだから。

 それよりも寝床を――


「ヤッパリ、ゲンカンアイテンナ……オーイ、ネコー?」


 っ、あの者の声! 隠れないと! ああ隠れる場所がない!


「ア、イタ。ドウヤッテゲンカンアケタンダ?」


 見つかった! えっとえっと、どうすれば――うわあああ!

 ――私はどうしたらいいかわからなくなって、やみくもに走り出した。


『こちらへ、おいで』


――。

『そう、おいで』


 とっさに走った方向が風上で、声がどんどん大きくなってきて。

 そんなに長くは走ってないけど……ここはどこだろう。


 目の前には階段があって、変な色の木が階段の両脇に生えている。

 そして、気がついたら虫の音がなくなっていた。


『おいで、おいで』


 ひええ……。

 階段の上から声が聞こえた。それはさっきまでとは響きが少し変わっていて、なんだか背筋が冷やされるようで、しっぽが勝手にふくらむ。

 と、とりあえず声の方に行くのは良くないって体が言ってるし、離れよう。


 風を横切るように移動しようとすると、


『こちらへ、おいで』


 ――体が動かなくなった。首のうしろをつかまれたように。

 そしてふっと体が浮き、階段の上、声の方へ引っ張られる。


 お゛お゛ん! やめておくんなましっ!


 目の前いっぱいに石の階段が広がる。いくつもの段が迫り、すぎていき、またすぐに迫る。


 逃げようとしても体が動かない。

 ふと、まだ幼き頃、母さまに首根っこを咥えられ守られていたことを思い出す。


 するする、するすると、ななめ上に引かれていく。

 ――視野がひらけた。石でできた地面の先、同族のような大きな生きものにんげんが、青白い月明かりの下で浮かぶように照らされていた。


「おいで」


 風も木も水もどこかへいってしまったように音が消え。

 おいでと招く手に吸いよせられる。

 なんかよくわからないけどわからない! 逃げたほうが良いことはわかるけど動けない! わからないっ! お゛お゛ん!


「いい子ね」


 そして、抵抗むなしく目の前まで引きよせられてしまい、なでられる。

 その者が白すぎる手でたおやかになでるに合わせ、ささくれた心が静まっていく。


「あなたの名前を教えて?」


 ひええ……なんなのこれえ…………。

 

「そう……『ひええ』っていう名前なのね?」


 違います……。


「――残念だけど、今日はこのくらいで。またおいで――」

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