闇鍋町の簡易案内

 闇鍋町やみなべちょう

 僕が移住してきたこの町は、そう呼ばれている。

 数十年前までは正式名称である『ぼんぼり町』で知られていたけれど、今ではすっかり闇鍋町が定着してしまったようだ。


 周りを田園に囲まれた田舎町ではあるものの、その中心地は程良ほどよく栄えており、生活に必要な施設はあらかた揃っている。自然物と人工物が適度な割合で混ざり合い、ちょうど良いバランスが成り立っているのだ。


 たとえば、数キロ歩かないとコンビニが見えてこない――なんてことはない。

 たとえば、騒音がヒドくて夜に熟睡できない――なんてことはない。

 たとえば、まぶたの裏で光が弾けるほど町の電飾が眩しい――なんてことはない。


 公害と無縁、とまではいかないが、他の町より少ないことは確かだろう。夏は暑苦しく、冬は凍えそうになるのが難点だが、比較的住みやすい町だと言える。

 だが、この町は一筋縄ではいかない。

 『面白い町ランキング』で上位に食い込む町でありながら、同時に『住みづらい町ランキング』の常連になってしまうのが、この町――闇鍋町だ。


 だって、闇鍋町。

 闇鍋町、である。


 その名は伊達ではなく、町の中は様々な文化と生活様式がグチャグチャに混ざり合い、カオスな状態になっている。闇鍋、という表現は比喩ではない――町そのものが、一つの大きな闇鍋になっているのだ。


 重厚な日本家屋が並んでいるかと思いきや、いきなり無機質なビルが天を突くようにそびえ立っている。

 体にマイクロチップを埋め込んでいる人もいれば、侍のような和装で外を出歩く人もいる。

 農作物を手作業で育てているお婆さんが、人工知能を組み込んだロボット犬を可愛がっている。


 と、まぁ、こんなのは序の口で、明らかに食べ物ではない何かを提供する食事どころがあったり、『怪物』としか言いようがない生き物が闊歩していたり、千歳を超える仙人が住んでいたり……例を挙げればキリがない。

 無個性無機質の石ころから、SF世界の住人まで――ありとあらゆるものが混ざり合い、そして、何故か上手くいっている。

 それが、この闇鍋町なのだ。


 とはいえ一見では、この町の異常性は分からない。表面をなぞるだけでは、なかなか本質的な部分が見えてこないものだ。

「他の町と、そう変わらないんだね」

 それが、闇鍋町を訪れた者の第一声。

 実際、俺が都会から逃げてきたときも、同じ感想だった。「ふぅん。意外と普通だなぁ」と、少し面食らったほどだ。

 迂闊だったと、そう思う。

 心配せずとも、闇鍋町の歓迎はとっくに始まっていたというのに……。

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