後押し

@kakibito

後押し

嫌なことはいつもある。

嫌なことと嬉しいことの差が大きいとより嫌な気持ちになる。

だから、嬉しいことがなければ嫌なことなんてないのかもしれない。


彼女はそう言ってた。


今日も彼女にビルの屋上に呼び出された。


待ち合わせの時間から5分程遅れて到着する。


彼女はしかめ面でこちらを見ている。


「そろそろ時間通りに来てよ。」


「ごめんエレベーターが来なくて。」


「それを見越して来てって言ってるの。」


そんな風に怒られるのも何回目だろう。


「そろそろ大学にも慣れてきた?」

彼女が僕に問う。


「ぼちぼちかな。」

当たり障りのない返事。


元々、家庭環境が悪く親に学費など頼めず、奨学金を借りて大学に入った。


この春から一人暮らしを始めたので大学以外の時間はバイト漬けの日々だ。


「君とここで会うのも何度目だろうね。」


「小学生の頃からだがら数え切れないね。」


「そんな頃から私は君の相談聞いてあげてるのね。」


僕は小学校、中学校とずっといじめられていた。

思い返すのも嫌なくらい壮絶ないじめだ。


そんな僕と一緒にいてくれたのが近所に住んでいた1年上の彼女だ。


何も嫌な顔をせずにこの場所で僕を呼び出し、毎回話を聞いてくれた。


「私と同じ大学に入るって言った時は驚いたよ。」


「頭も悪かったしね」


「ううん。そういうのじゃなくて。

君は就職してここからは離れると思ってたから。」


「僕は姉さんといなきゃ生きられない。

救ってくれた姉さんがいなきゃ今も周りが怖いんだ。」


結局バイトでも失敗続き。色んな所を転々として、なんとか稼いでる。

学校も背伸びして入ったせいで、授業に追いつけず、ぼちぼちなんかでは無い。


家を出ても親から

〈今までお前に使った金を返せ〉

〈お前を産んだせいで貧乏になった〉

などの連絡が大量に届く。


それでも彼女がいるから生きていける。


「ねえ姉さん。」


「どうした?」


「姉さん昔、嫌なことは嬉しいことがあるから〜みたいなの言ってたじゃん。

やっぱりあれは間違ってると思う。」


「どうして?」


「嬉しいことが無くても嫌なものは嫌だよ。」


「珍しく弱音を吐くね。

だとしても生きたいなら我慢しなきゃいけないよ。理由を作り出してでもね。」


生きたい、、、?

生きたいのか、死にたくないのか。

死にたいのか、生きたくないのか。


自殺は何度も考えた。

だが出来なかった。死の先に何があるのか分からないから。

何も無いのも嫌だし、永遠に何かが続くのも嫌だ。

かと言って、記憶が無くなって輪廻転生、なんていうのも嫌だ。


「君はわがままだね。」


確かにそうかもしれない。


「ちょっとそこに立ってみなよ。」


あと一歩踏み出せば待ってるのは死。


「押してあげようか?」


唾を飲む。


「君は昔からそうだ。

自分の意思では何も行動出来ず、頼れるものに縋り付くばかり。」


ぎくり。


「後押しばかり求めるね。

何かを相談してきても、自分で決めた事は何もない。大学だって、一人暮らしだって、私に相談してきたよね。」


そうかもしれない。


「君の事がずっと嫌いだった。

何も決められず、依存するばかり。

かといって告白する勇気もなく、好きな気持ちをちらつかせるだけ。

私から言わないと何もできないんだ。

だから私は君が嫌い。愛情の裏返しとかじゃないよ。

純粋に嫌いなんだ。」


涙を流す。


「何か言えないの?」


僕はやっぱり死ぬべきなのかな。


「それでも後押しを求めるんだ。」


「いいよ。」


「今回も後押ししてあげる。」

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