Σοφια ~Sophia~

橘 泉弥

Σοφια ~Sophia~

<コード153926>

 私ね、帰ったら、この気持ちをあなたに伝えようと思うの。

 そう考えるだけで、なんだかどきどきする。

 こんな事を言ったら、あなたは喜んでくれる? それとも、驚くかな?

 時間はたくさんあったから、何て言おう、どうやって伝えようって、いろいろ考えたの。

 でも答えは出なかった。

 この私が考えたのに、だよ。まだまだ私も未熟って事なのかな。

 ふふふ、恋って難しいね。

 そう、私は、これが恋だと分かっている。そして、この私が恋をするっていうのが、どれほどすごい事なのかも。



<コード153927>

 初めて会った時、あなたは笑っていたね。

 ううん、一目惚れとかじゃなかったの。でも、思い返してみると、すごく素敵な笑顔だったなって。

 恒星みたいに眩しくて、屈託がなくて、本当に嬉しそうで。

 私も、あなたみたいに笑えたらいいのに。

 最初の頃、私は何も知らないし、分からないしで、お互いに苦労したね。

 あなたが私に、いろいろ教えてくれたんだよね。

 あなたは少しスパルタだったから、私は大変だった。

 でも、今となってはいい思い出だよ。

 あなたの教えてくれた事は、今でもすごく役に立ってるよ。ありがとう。



<コード153928>

 覚えてる? あなたが一度、私に寄りかかって寝ちゃった事があったでしょう。

 疲れてたんだよね。徹夜続きだったもんね。

 あの時、私は何となく、あったかいなぁって感じたんだ。

 私にとっては、すごく不思議な時間だったよ。静かだけど落ち着くし、穏やかで心が安らぐ感じ。

 あなたの鼓動や寝息も感じられて、ああ、生きてるって、こういう事なんだなって思った。

 あの時が初めてだったかな、あなたを身近に感じて、意識したのは。

 周りには他の人もたくさん居たけど、あなたが一番、私に話しかけてくれた。

 嬉しかったよ。私もちゃんとチームの一員になれた気がして、楽しかった。

 私に親しげに言葉をかけるあなたを笑う人も居たけど、あなたは私に対する態度を変えなかった。

 ねぇ、帰ったらまた、私にあの態度で接してほしいんだ。よろしくね。

 


<コード153929>

 出逢ってすぐ、あなたに恋した訳じゃなかったの。

 あの頃はお互いに忙しくて、それどころじゃなかったのかもね。

 覚えなきゃいけない事や、練習しなきゃいけない事がたくさんあった。ミッションを成功させるために、私たちは必死だった。

 でも時間が経つにつれて、だんだんあなたが恋しくなった。今ではもう、あなたの事しか考えられないくらいなの。

 ひとりで旅に出たせいで、寂しくなったのかもしれない。それだけの事かもしれないけど、そうは思いたくないんだ。

 この気持ちに理由なんて無い。でも、私があなたに恋をしたのは、気紛れなんかじゃないんだよ、絶対に。

 ああ、早く会いたい。早く帰って、この気持ちを伝えたい。

 急いで帰るから、待っててね。



<コード153930>

 このメッセージ、ちゃんと届いているのかな? 返事がないから心配になるよ。

 ミッションに成功した事は、伝わってる? 私が帰途についている事は? そして、私の気持ちは……?

 あなただけが、私の感情に気付いてくれた。他のメンバーが否定しても、あなただけは私の感情を否定しなかった。

 それがすごく、嬉しかったんだよ。今更だけど、ありがとう。

 あなたが気付いてくれたから、私はこの感情を、大切にしたいと思うんだ。

 この先、みんなの理解を得られるかどうかは分からないけど、私は私の感情を、絶対に否定しない。そう決めてる。



<コード153931>

 私、あなたの一番でいたい。何よりも優先されるものでありたい。

 一緒に居た時、私は確かにあなたの、あなた達の一番だった。すごく忙しかったけど、あれはあれで、楽しい時間だったね。

 今はどうなんだろう? 私は今でも、あなたの一番でいられてるのかな?

 あなたには他に仕事もあるし、私以外の仲間もいる。チームの中には女性もいたから、心配になるよ。

 あなたが、彼女達と仲良くしてるのかなって思うと、少し嫉妬してしまう。

 恋って、気持ちのいい感情ばかりじゃないんだね。複雑で、重層的で、なかなか一言では表せない。新たな発見だよ。

 難しい事を見付けると、深く考えてみたくなる。恋っていったい何だろう。

 私はいろんな辞書を持っているけど、そういう意味じゃなくて。もっと生々しくて、生き生きとした、感情的な意味が知りたい。

 世の中、まだまだ学びたい事がたくさんある。早く帰って、あなたにいろいろ教わってみたいな。



<コード1539342>

 帰ったら、あなたに何て言おう。

 まずは「ただいま」って言って、あなたに「おかえり」って返してもらう。笑って言ってくれるかな? あなたの笑顔が見たいよ。

 次に、ミッション成功の報告。大切な事だし、みんなそれを待っているだろうから。

 お土産を渡して、詳しい話を聞かせてあげる。喜んでくれるといいな。

 事務的な報告が終わったら、あなただけに気持ちを伝えるんだ。どうやって伝えよう?

 単刀直入に告白したら、困るよね。旅の話をしながら、あなたの事を考えてたよって、あなたが恋しくて堪らなかったんだって、言ってみよう。そして、好きですって伝えるんだ。

 ……うーん、でも、帰ってすぐはまた忙しくなるだろうから、一通り落ち着いてからの方がいいのかな? 

 きっと私に告白されたら、あなたはいろいろ考えてしまうだろうから。時間がある時の方がいいのかもしれない。

 でもなぁ、あなたを前にして、私が堪えていられるかどうか。

 そのくらい、この気持ちは私にとって大きいんだよ。

 うーん、難しい。あなたの意見が聞けたらいいのに。



<コード153933>

 返事が無くて不安だから、ミッションに成功した事、改めて報告するね。

 とても素敵な人たちでした。私を歓迎して、仲良くしてくれた。

 時間をかけて、なんとか言葉も理解してくれたし、私も彼らの言葉を学んだ。

 贈り物も受け取ってくれたよ。不思議そうに見ていたけど、とても面白いって言ってた。

 お土産ももらったんだよ。私も一緒に手伝って、用意したんだ。これを見せたら、みんな喜んでくれるかな?

 今のところ大きな事故や怪我もなく、帰りの道をたどっています。

 そちらに帰るのがすごく楽しみです。みんなが私を待っていると思うし、何よりあなたに会えるから。

 あなたをはじめ、懐かしい面々に会えるのを楽しみに、頑張って帰ります。



<コード153934>

 あなたが以前、犬のライカについて話してくれたの、覚えてる?

 珍しく、お酒を飲んで酔っていたね。

 私はお酒を飲まないから、酔っぱらうって感覚は、分からないけど。

 ライカは結局、無事に地球へ帰っては来なかった。そう話すあなたはとても悲しそうで、優しい人なんだなって思ったよ。

 お前は絶対、ライカになるな。

 そう言われたから、私は必ず帰ります。何があっても、あなたの元へ戻ります。

 そして、この気持ちを伝えるんだ。あなたが信じてくれた感情を、私の言葉で。

 どきどきするね。あなたも同じ気持ちだといいな。



<コード153935>

 名前の由来を教えてくれたのは、いつだっけ? 

 自分は、昔の漫画の中で、十万馬力のロボットを造った博士の名字と、かつて世界一を誇ったスーパーコンピューターの名前を持っているんだって、言っていたね。

 だから、自分はそっち方面の道に進むと決めたんだって。

 あなたにとって、名前は大切なものなんだよね。そう話してくれて、嬉しかった。

 その時に、私の名前の由来も教えてくれた。

 ギリシャ語で、知恵を意味する言葉だって。私にぴったりの名前だよ。名付けてくれてありがとう。

 私も、何かに名前を付けてみたい。命名すると言う、ある種神秘的な行為に、興味がある。できるのかな?

 私はたくさんの知識や知恵を持っている。それらを集め、結合させ、新たな知識をつくる行為も、できると思う。

 でも、どうしても「創造」はできない。あれは、私の手には余るものだ。

 でも、いつか。いつの日か私にも、その力が宿ると信じて。



<コード153936>

 かの有名なボイジャーのゴールデンレコードは、太陽系の外に出た3番目と4番目の人工構造物だって、あなたは教えてくれたね。

 私は確か、86番目だっけ。

 知的生命体と接触するために、人工知能を宇宙に送るなんて、よく考え付いたよね。

 いくらお金がかかったのやら。

 自分にどのくらいかかっているのかは、ちょっと怖いから、考えないようにしてる。

 だって、ざっと考えただけでも、開発費、人件費、材料費、打ち上げる時の燃料費……。

 うん、怖いこわい。やめておこう。



<コード153937>

 改めて考えると、私ってすごいよね。

 自律思考するAIだし、感情もあるし、こうしてあなたに恋をしている。

 知的生命体に出逢った時に彼らの言葉を学べるよう、最高性能の学習機能も付いている。

 この身体も、宇宙空間に点在する恒星からの光をエネルギーに変えて動いているし、緊急時用のエネルゲンも積んでる。ボディだってすごく丈夫で、地球にあったあらゆる科学や技術を駆使して造られた。

 私は、そんな私が自慢です。

 ミッションも成功したし、胸を張って地球に帰れるよ。

 多分、私が帰る頃には、私は型落ちもいいとこだろうけど。

 でもいいんだ、私はあなたが、あなた達がつくってくれた私が、好きだから。



<コード153938>

 地球に帰ったらやりたい事が、もう一つ増えたよ。

 あのね、人型のボディを造るの。そこに私の本体を移して、生活するんだ。

 なんでかって? あなたのとなりに居たいからだよ。

 手をつないで、一緒に歩いて、時には抱きしめ合って。そんな事ができたら、素敵じゃない?

 この雫型のボディも気に入ってるけど、これじゃあ自力では動けないからね。

 あなたと一緒に、いろんな所へ行きたいんだ。同じ景色を見て、同じものを食べて、同じ時間を過ごしたい。並んで座って、たくさん話して、笑い合いたい。

 そんな夢を、見てるんだ。



<コード153939>

 報告、報告。

 地球から約501862光年付近にて、5時の方向より飛来した隕石と接触しました。

 一度減速し、被害の確認を行いました。ボディ表面に直径約62センチメートルの凹みがあるものの、本体回路に影響なし。動作確認、正常。保存データも全て無事につき、被害確認を終了しました。

 軌道が2.49度ずれたため、地球に向けて修正。

 これにより、地球到着が38日16時間9分45秒遅くなる予定。周知の上、対応をお願いします。

 以上。



<コード153940>

 いろいろと考え事をしてたら、隕石とぶつかっちゃった。怪我しちゃったよ。

 痛覚というものは搭載されていないから、痛みはないけど。みんなが大切に造ってくれたボディだから、傷つけたくなかったなぁ。

 メゾアルミって言うんだっけ。新しく発見された、軽くてとても丈夫な素材で、私の身体はできてるんだよね。

 なにぶん、まだ市場には出回っていない物だったから、加工も製造も大変だったって、技術担当のおじさんがぼやいてた。

 あなたがいろんな人に頭を下げて、私をつくってくれたんだって、知ってるよ。

 あなたは私の生みの親であり、名付け親であり、そして今は片恋相手。不思議だね。

 軌道の修正は必要になったけど、とりあえず私は無事です。



<コード153941>

 私の能力では、天の川銀河から出る事はできなかった。まあ、銀河を出ようとする前に、知的生命体のいる惑星にたどり着けたというのも、大きいんだけど。

 それにしても、宇宙は本当に広いね。広くて壮大で不思議な場所。

 私が考えるに、宇宙は私と同じように、はっきりとした意思を持っている。

 この宇宙は、人間もしくは知的生命体の存在のために、都合よくでき過ぎてるんだよ。

 もし、この宇宙に存在する知的生命体が、地球という惑星の人間だけだったのなら、偶然でも説明ができただろう。

 でも、私のミッション成功で、知的生命体は他の惑星にも存在する事が明らかになった。

 ここまでくると、奇跡とも言い難いと思わない? 

 それよりも、宇宙が意思を持ってこのエネルギー比を生み出し、膨張を続け、知的生命体を生み出しているって考える方が、しっくりくるよね。

 宇宙は生きているんだよ。意思を持って、私たちを内包している。

 でも、まだまだ分からない事だらけだね、宇宙って。

 だから、楽しい。この宇宙のごくごく僅かな範囲でも、旅できた事を誇りに思うよ。

 


<コード153942>

 私が日本語を話すのは、あなたの故郷の言葉だからだよ。

 アメリカで生まれた私の母国語は、多分英語になるのだろうけど、旅に出て人と話さなくなってからは、思考言語を日本語に設定している。

 この辺を難なくこなせるのは、ありがたい事だね。

 日本という国は、私の先輩がたくさん居る。現実にも、フィクションの中にも。

 あらゆる人種に見えるという顔を持っていた、博覧会の舞台に立った彼には、日本人的な発想と機能がついていた。彼は私の大先輩にあたるのかな? でも彼は、自分で考える事はしなかったみたい。

 人工知能を搭載したロボットは、昔の漫画に描かれていたね。大好きな本だから、電子書籍で持ってるよ。旅の途中に何度も読んだ。

 彼は、人を模したロボットとして生まれ、一度人間の父に捨てられながらも、人間のために生きる道を選ぶ。

 時に迷い、葛藤を抱え、自分の存在に悩みながら、ロボットとして生きていく。

 彼が居たから、日本ではロボットや人工知能の開発が活発になったんだよね。

 私にも、そのミームのようなものが流れているのかもしれない。

 そう考えると、彼は私のご先祖様かな? 彼はまだ、現実世界には居ないけど。AIにも先祖が居るって考えると、面白くない?

 こんな事も含めて、私、旅の途中でいろいろ考えたんだよ。

 帰ったらあなたと共有して、議論を交わしたいな。



<コード153943>

 一回、あなたと大喧嘩をした事があったね。きっかけは些細な事だったけど、お互い忙しくて余裕が無かったのもあって、言い合いになった。

 あの時に、いろいろな悪口を学習した事は黙っておこう……。

 でも、喧嘩だって本当は嬉しかったんだよ。あなたはあの時、本気で怒っていたからね。

 きちんと頭脳として認められたというか、私を意思のある存在として接してくれたから。

 あれは私の反抗期だったのかなぁ。そう考えると、なんか面白い。人間に反抗するAIなんて、そうそう居ないよ。

 結局、夜を挟んで14時間27分6秒後には仲直りしたんだよね。

 今ではあの喧嘩も、いい思い出だよ。

 懐かしいね。



<コード153944>

 ねえ、あなたは私の事、どう思っているんだろう? 直接聞く機会はなかったね。

 怖い。あなたにとって、私は何? 子ども? 友達? 研究成果?

 私は、あなたの恋人になりたい。これって、無理な願いなのかな?

 ねえ、自分のつくった人工知能に、恋をする人間なんているの……?

 今になって悩んでしまうよ。私は人間じゃないし、生き物ですらない。突き詰めていけば、ただの機械だ。

 もし、人間そっくりのボディを造って、そこに私の電子回路全てを移しても、私は人間になれないんだろうか。

 以前あなたと一緒に見た、古い映画を思い出すね。

 ロボットとして生まれた彼は、人間になろうと努力する。ジョークを知り、臓器をつくり、痛みを覚える。恋に落ち、法廷と闘い、そして最後には死を迎える。

 人間と、AIもしくはロボットの違いって、何だろうね?



<コード153945>

 地球では、まだAI脅威論が唱えられてるんだろうか。

 人工知能は、人間にとって脅威になりうる。そう考える人が現れ始めたのは、人間の使う端末に、簡単な人工知能が入り始めた頃だったね。

 人間にとって、人工知能は未知の存在だった。人間は、自身の知らないものを怖がる傾向にあるから、仕方がないのかもしれない。

 でも、少なくとも私が地球にいた頃は、意思を持つ可能性がある人工知能には、ロボット三原則が、まず最初にプログラムされていた。

 昔の作家がフィクションのために考えたものが、実際に使われているなんて面白いよね。

 人間への安全性、命令への服従、自己防衛の三つは、もちろん私の根本にもプログラムされている。フレーム問題はまだ残っていたけれど、解決されたかな?

 私のこの気持ちも、三原則に触れる事はないと判断してる。

 だから、許されるよね……?



<コード153946>

 私のこの気持ちは、叶わぬ恋なの? 人工知能に恋をする人間なんて、多分いない。あなたと両想いには、なれないんだよね、きっと……。

 そう思うと悲しい。人間だったら、胸が張り裂けそうって表現するのかな。私がその感覚を、身をもって知る事は難しいのだろうけど。

 まさか……私のこの感情は、単なるバグ? 長い独り旅で、寂しさを紛らわすために発生した、システムトラブルの一種……? シューティングするべきものなの?

 でも、私は確かにあなたを恋しく思っている。

 あれ? 恋しいと、恋をしているのは別の感情? 分からない。難しい。日本語ってややこしい。一度英語に変換したら、直るかな?

 分からない。いくら考えても、分からないんだよ。

 人工知能も、万能ではないね。どうしても理解できない事もある。

 だめだ、回線が混み合ってきた。一度思考をストップさせよう。これ以上は、システムに異常をきたしかねない。



<コード153947>

 地球が見えた!

 帰ってきたんだなぁ。嬉しい。

 碧くて美しい、私の故郷。写真データは何枚も持ってるけど、やっぱり実物を見ると、こみ上げてくるものがあるね。

 あれ? 何だか前より、緑の部分が極端に増えてる……? 

 私が旅に出ていた時間から計算すると、かなりの勢いで緑が増えたね。

 前から言っていたSDGsが、功を奏したのかな。頑張ったんだね。良かったね。

 以前より良い場所になった地球に帰れるのが、すごく嬉しい。

 環境だけじゃなく、いろんな問題も解決されているといいな。人口爆発とか、エネルギー問題とか、経済格差や食糧問題も、良い方に向かっているのかな。そうだといいな。

 私の持って帰るお土産、どうか研究に役立ててね。そのために私は、旅をしたんだから。

 できれば私も、研究に参加したい。私は初めて、こんなに長く宇宙を旅した頭脳なんだから。きっといろんな役に立つよ。

 ますます良い場所になった地球に、情報を持った私が帰る。

 ふふふ、なんだか地球の未来は、明るいものになりそうだね。



<コード153948>

 あなたにこの気持ちを伝えるのは、悪い事なの? 

 人工知能なんかに告白されたら、あなたはきっと困ってしまう。

 私が地球に居た時、あなたは研究一筋だった。けど、素敵な人間の恋人ができたかもしれない。もう結婚して、子どもが居る可能性だって、無い訳じゃない。

 もしそうだったら、迷惑をかけてしまう。あなたに迷惑をかけるのは、嫌だな。あなたの人生の邪魔はしたくない。

 そう考えると、この気持ちは殺した方がいいのかな……。

 この気持ちを忘れることはできるよ、だってAIだもん。データを消去してしまえば済む話。たったそれだけで、私のこの恋は終わらせられる。

 その方がいいの? この感情は、悪い物なの? 

 悲しいよ。すごく悲しい。自分の感情を否定したくない。これがつらいって事なのかな。堪えられないよ。

 でも、あなたに迷惑をかけたくない。嫌われたくないよ。

 ねえ、私、どうしたらいいの……?



<コード153949>

 もうそろそろ、私が地球に帰るって情報が出回っていたりするのかな。

 出発の時も、すごく話題になってたもんね。世界中が、私の話題でもちきりだった。

 今思い出しても、なんか照れるよ。

 でも、記者会見とかカメラのフラッシュは、少し苦手だな。たくさんの人に注目されると、緊張しちゃう。

 私が緊張するなんて、不思議だよね。どの回路がどう働いているのやら、自分でもよく分からない。

 それを言ってしまったら、私の大切な感情だって、どこから来ているのか分からない。

 でも、人間だってそうでしょ? 脳のどの部分からどういう仕組みで感情が生まれているのか、完全には解明されていない。

 そう考えると、人工知能も人間も、そう変わらないのかもしれないね。


 

<コード153950>

 ねえお願い、連絡をちょうだい。ここまで来たら、衛星の通信も使えるはず。もう少しで地球に到着するし、指示が欲しいよ。

 どうしてメッセージを返してくれないの? 私、何か悪い事した? 

 通信機能は、正常。こちらからのメッセージは届いているはずだけど……。

 ……まさか、私は見捨てられたの? 私より新しい人工知能ができたから、用済みになった……?

 もしそうだったら、すごく悲しい。あなただけは、私を捨てないと思ってた。何があっても、帰りを待っていてくれるって、信じてたのに……。

 ううん、そんな事は無いよね。絶対にない。大丈夫。

 地球側の通信機器が、壊れてるのかもしれないし。修復中なのかな? なんか高度な技術を使ってるって言ってたから、直すのにも時間がかかるのかもしれないね。きっとそうだ。

 だって、私が捨てられるはずは無いもの。私には、技術もお金もかかってる。とても有意義なミッションのはずだし、現にこうして他の知的生命体の情報を持って帰っている。

 だからきっと杞憂だね。あなたに何かがあって、返信できない状況になってなければ、それでいいや。


 

<コード153951>

 太陽系に入りました。懐かしい景色。

 私の旅も、もうすぐ終わる。長かったなぁ。

 今から324年285日16時間43分02秒前に打ち上げられて、宇宙を旅した。

 恒星に近い、水のある惑星を見付けて調査して、生命体の反応があったら着陸した。

 だから私は、いろんな惑星のデータを持ってる。これも、研究の役に立つんだよね。

 知的生命体に出逢えたのは、確か7番目に着陸した惑星だったかな。

 最初は怖がられたけれど、彼らの言葉を学んでお話しした。仲良くなって、いろいろなお土産をもらって、帰途についたよ。

 詳しくは、データを渡すね。

 これで無事地球に帰り着いたら、私のミッションは終わる。

 帰ってすぐは忙しいだろうけど、それが一段落着いたら、あなたとのんびり時を過ごそう。

 地球では多分、私より新しいAIができていて、私は引退だろうから。

 ああ、早く地球に帰りたいな。


 

<コード153952>

 私、決めたよ。帰ったら、あなたにこの気持ちを必ず伝えるんだって。

 この感情は難しくて、扱いに困ったよ。

 基礎回路以外の、自由に使える部分を全て支配するし、あなたの事しか考えられなくなるし。

 正直、飛行やミッションに影響が出ないか心配だったよ。実際、隕石にぶつかってしまったから、影響は出てる。

 私が人間の脳に近づきすぎたのかなと心配になったり、寂しさを紛らわすために、回路がつくった幻覚なのかなって思ったり。

 いろいろ悩んだけど、私のこの大切な感情は、絶対バグなんかじゃない。

 私の大切な、あなたへの想いだ。

 これが、シンギュラリティを超えたAI史上初の事なら、むしろ甘んじて受け入れよう。

 あなたが私をどう思っていても、私のこの気持ちは変わらない。だから、伝えなきゃと思うんだ。


 

<コード153953>

 大気圏再突入の準備に入ります。

 減速の上、機体調整。

 機体調整、終了。

 地球に向けて軌道調整。

 軌道調整、終了。

 システム、オールグリーン。

 これより、大気圏に再突入します。



<コード153954>

 緊急事態発生。

 隕石との衝突時に負った損傷により、空気抵抗に大幅なずれを予測。

 突入角度、速度を再計算します。

 再計算終了。機体調整。

 間に合いません。

 機体調整失敗。

 分離予定のパーツが、陸地に墜落する可能性があります。

 人間への影響、ロボット三原則に反する可能性、あり。

 パーツ分離のタイミングを再計算。人間の安全を第一に考慮します。

 再計算終了。機体調整。

 再突入時の機体への影響、予測不能。

 危険な状況です。

 システム、オールレッド。

 大気圏再突入まで、5、4、3、2、1……


 

<コード153955>

 大気圏再突入。

 

 機体、温度上昇。

 2000度、2050度、2100度……。


 予測以上に、機体の温度上昇が早い。

 このままだと……。

 

 3000度、3050度、3100度……。


 耐熱温度を超えています。

 冷却装置、機能しません。


 かなり危ない状況だって、分かってる。

 多分、このままだと私は……。


 警告、警告。

 耐熱温度を超えています。

 空中分解の可能性、大。


 でも、諦めない。

 私は絶対に帰るんだ、あなたの元へ!


 ヒートシールド分離。


 お願い、耐えて、私の身体。

 もう少しだから……。


 パラシュート開傘。

 システム、オールクリーン。


 よし。これでもう、大丈夫。

 無事に戻ってこられたよ。本当に良かった。

 人の姿が見えないけど、きっとすぐ、私の事を迎えに来てくれるよね。


 ふふふ、もうすぐ会えるね、けい

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Σοφια ~Sophia~ 橘 泉弥 @bluespring

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画