ザ・ヨハンソンズ 漫才「デジャヴュ」(シナリオ)
〇漫才劇場・舞台上
出囃子。西村と尾上の二人が舞台上へ。
観客拍手。
西村「はいどうもーザ・ヨハンソンズですー」
尾上「お願いしますー」
西村「いやー最近僕ね悩みがあるんですよ」
尾上「おっ、顔の造形ですか?」
西村「誰が顔の造形の話してんねん、ちゃうちゃう、そんなんちゃうよ」
尾上「いやでも西村さんの顔の造形、なにわのディープドリーム言われてますけど」
西村「誰の顔がグーグルが生んだ歩く悪夢やねん、普通の顔や! ちゃんと見い!」
尾上「……顔面インターステラーのかたですか?」
西村「やめろ!」
西村、大声で静止。しばし間が空く。
尾上、半笑い。
西村「お前、顔面インターステラーってなんやねん、なあ? 見たことあるか? 顔面インターステラーのやつ」
尾上「いや潮汐力強すぎて……」
西村「なんや顔面の潮汐力て! ちゃうねん普通の顔です! 潮汐力受けてないです!」
尾上、「あーそう」というリアクション。
西村「顔の話はもうええねん! あんな、ちょっと悩みあんねんけど」
尾上「いや別にいいです。それより僕ね、昔から宇宙飛行士に憧れてまして」
西村「待て待て待て……待って? 聞いて? 僕の悩み聞いて?」
尾上「いや大丈夫ですって。そんでね、この前JAXAが……」
西村「待てて! なあ! 聞けって人の話」
尾上「いやだから間に合ってますって。そんで僕もダメもとで……」
西村「ああああーっ!」
西村、力任せに尾上の肩を押し、尾上を制止する。
尾上、「痛った」といったオーバーなリアクション。
両者しばし見つめ合う。西村、昂奮し肩で息をしている。
間が空く。観客ややウケ。
尾上「何? どうした?」
西村「……悩みを聞いてください! なあ! 漫才! これ漫才やから!」
西村、絶叫気味に訴える。
尾上「……まあそこまで言うなら聞いたってもええけど」
西村「なんで上から目線やねん、腹立つなあ……」
尾上「すんませんねえお客さん、なんかこいつ悩みあるみたいなんで、いやでもまあ? 大した話じゃないと思うんですけどねえ、しょーもなっ、しょーもない話聞くために皆さん今日来てくれた訳じゃないと思うんですけど、ええ。でもまあ? 悩み? 聞いてほしい? みたいなんで、ほんましょーもなかったらどついたろうか思ってますけど? ええ。じゃあすいませんね、(咳払いして)では西村さん、どうぞ!」
西村「やりづらいわっ」
西村、尾上の頭にツッコミ。
尾上「なんやねん、悩み言うんか、言わんのか、はっきりせえ! 自分の始めた物語やろ!」
西村「なんでそんな偉そうやねん! 言うよ! 言わせていただきます!」
尾上「おう言えよ! しょうもなかったらシバぞ!」
西村「なんでしばかれなあかんねん! 腹立つ! あんな、最近僕『デジャヴュ』が凄いあんねんよ」
尾上、しばし考慮。そして西村の肩を殴る。
西村、「痛い!」とすかさず反撃して尾上の肩を殴り返す。
両者痛み分け。観客笑い。
尾上「……デジャヴュですか」
西村「デジャヴュ。最近ね、凄い何やっても、あっ、これ前に見たなーと思うことがありまして」
尾上「例えばどんなんですか?」
西村「例えばね、初めて舞台でやるネタとかもね、あれ、これ前にどっかでやらんかったか?とかね」
尾上「あーでも練習はなんぼでもしてるからそれちゃいますのん?」
西村「や、お客さんの反応も含めて、あれっ、これ同じの前も見たな? とかね」
尾上「ほー……でも分かります、僕もそんなんありますもん」
西村「えっ、どんなんですか?」
尾上「ついさっきなんですけど、舞台前におしっこしてたんですよ」
西村「……おう、おしっこ」
尾上「……ちゃんとトイレ行きましたよ?」
西村「そんなん疑ってへんよ! それで?」
尾上「ええ、そしたらね、尿がこう、二手に分かれまして」
尾上、ジェスチャで尿を表現。
西村、あきれ笑いを浮かべながら相槌。
西村「……二手に」
尾上「でね、その尿の軌道がね……完全に前見たやつと一緒なんですよ」
尾上、ドヤ顔で観客を見回す。観客じわじわと笑い。
と、
観客A「……ぶえっくしゅん!」
一人の観客が大きなくしゃみ。ハプニングで更に観客の笑いが加速。
尾上「ありがとうございます、いまクソデカいくしゃみをいただきましたけどもね、ええ」
尾上、ハプニングを上手く拾って笑いにする。
西村、突然じっと押し黙る。尾上、西村の異変に気が付く。
尾上「どうしました? 西村さん怖い顔して」
西村「いや……このくだり、前もやらんかったか?」
尾上「このくだり?」
西村「お前が尿の話して、そしたらお客さんくしゃみして……」
尾上「なになにどうした? えっ?」
西村「……『デジャヴュ』や」
尾上、マイクに拾われないよう小声で、
尾上「どないしたん? ネタ戻ろうや? なあ」
西村、それが聞こえないように観客を見回す。ついで尾上のほうを見て、
西村「なあ、お前今日、どうやってここにきた?」
尾上「は? どないしたん急に、なんか変やぞ?」
西村「ええから、俺の質問に答えてくれ。今日、どうやってここにきた?」
尾上「いやだから今日は舞台あるからいつもみたいに……」
尾上、言葉に詰まる。
西村「……昨日は?」
尾上「は?」
西村「昨日は何してた?」
尾上「昨日て、お前と一緒に舞台あがってたやろ?」
西村「その前は?」
尾上「……お前ちょっとおかしいぞ! いま本番やぞ?!そんな話あとでも」
西村「ええから、その前は何してた?」
尾上「その前て……だからお前と舞台に……」
西村「それはもう聞いた。先週はどうしてた?」
尾上「や、だからお前と、舞台に……」
尾上、次第に声が小さくなり、黙り込む。
西村「今日は何年の、何月何日や?」
尾上「……」
西村「……いつから俺らは、この舞台におるんや?」
尾上、答えられない。観客、無音。
と、西村、尾上から視線を外し、舞台袖を見る。そのまま舞台下手へ。
尾上「おい、どこいくねん! 西村ッ! 本番やぞッ!」
西村、そのまま舞台下手へ消える。
舞台上の尾上、追うか追うまいか、所在なさげに立つ。
と、西村、舞台上手から登場。
尾上、驚く。
尾上「お前、いまあっちから抜けてったよな?! なんで……」
西村「……お前、今度上手のほうから出てってみいよ」
尾上、しばし躊躇うも、舞台上手へ。そのまま消える。
間もなく、尾上が舞台下手から登場。
尾上、信じられないといった表情でふらふらとセンターマイク付近へ。
尾上「なんやねんこれ……」
しばし間を置いて西村、観客側を見つめる。
そのまま観客側へゆっくりと歩いていく。
突然、"壁"にぶつかる。
西村、手探りでその"壁"の感触を確認する。
尾上もあとから近づき、舞台と観客席の間の見えない"壁"をその手で確認する。
西村、じっと"壁"の向こう側を凝視する。
〇西村の研究室
室内は様々な精密機器で埋め尽くされている。
西村と尾上が目の前のディスプレイをじっと凝視している。
ディスプレイに表示された《モーダル》内に、粗い解像度ではあるが、『舞台上の西村と尾上』の姿が映っている。
《モーダル》内の西村はこちらを凝視しているように見える。
尾上「……どういうことやねん、これ」
西村「……"こちら側"に気づいとる、としか考えられへんな」
尾上「けどそんなん、ありえへんやろ?!」
西村、椅子にもたれ掛かる。眉間を揉む。
尾上「……いっぺん、リセットしてみたらええんとちゃうんか」
西村「もうした」
尾上「せやったら……」
西村「同じやねん。なんぼリセットしても。一度こうなった《モーダル》は、なんぼリセットしても、すぐに自分たちがループしとることに気づく。なんでそうなるかは全く分からへん」
西村、画面を切り替える。
西村「しかも、こいつらだけやないねん」
尾上、ディスプレイに映された別の《モーダル》群を凝視する。
《モーダル》内には画面を睨みつける二人、舞台上で暴れまわる二人、倒れ込んでいる二人……無数のバリエーションの"西村と尾上"が映し出されている。
尾上「……こいつら、全部、ループに気づきよったんか」
西村「せや。さっき見せた最初の《モーダル》の二人が気づいてから、何の関係もない他の《モーダル》にも影響が拡がっとる。そもそも《モーダル》同士では一切の関連付けがないんやから、影響が拡がること自体が本来やったら考えられへん。でも、そうとしか言えへんねん……」
尾上「……最初の二人が魁(さきがけ)っちゅうことか……」
西村、返事の代わりに更に別の《モーダル》を表示させる。
《モーダル》内は真っ暗で何も映っていない。
尾上「……これは?」
西村「どうやったかわからへんけど、"こちら側"から見えなくしとるようやねん」
尾上「……そんなん、ほんまに可能なんか?」
西村「わからん……けど、現実にこうなっとるからなあ。それと、真っ暗になる直前の会話ログやねんけど」
画面上に一連のログが表示される。
尾上、それを凝視しつつ、
尾上「これ、後半どないなっとるねん……」
西村「どうも、二人の間でだけ通じる、独自の言語を作り出しとるみたいやねん……」
尾上「信じられへん……そんなん……もし、もし、せやったら、こいつら、もうワシらの手に負えへんぞ……」
西村、椅子に深くもたれ掛かりつつ、
西村「……漫才のシンギュラリティ目指すつもりが、まさかこんなことになるとはなあ」
西村、尾上、しばし無言。
西村「……どうする?」
尾上「どうするて……?」
西村「いまやったら、全部なかったことにできる」
尾上、答えられない。
西村「俺は、こいつらが怖いよ……」
尾上「そんな……そんなん……」
西村と尾上、ディスプレイを見つめる。
ディスプレイ上、《モーダル》内の西村と尾上がじっとこちらを見つめている。
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