第14話 旅立ち


 エスリンは、魔法書と魔法窯を手に自分の部屋へと駆け出した。


 サラマンが落とした尻尾、蜘蛛の巣、石。

 次々と魔法の材料を窯に入れていく。


 そうして準備が整えば、エスリンは魔法を唱えた。

 まるでかつての彼女が戻ってきたようだ。


 しかし、魔法を唱えるエスリンの手は震えていた。


 たとえ魔法が成功し、外に出られたとして――


 塔の中で育った自分が、フォーモリア族の姫である自分が。

 外の世界をどう生きて行けばいいのだろうかと。


 彼女はそんな恐怖をありありと感じ始めていた。


 キアンが、ダーナ族のために姫を騙したことは事実だ。

 どう足搔いても、エスリンにはキアンの本心がわからない。


 信じることは、愛することは怖いのだと、エスリンは思った。


(それでも……っ私……!)


 トール・モールの姫様は、この孤独で守られた世界から踏み出そうとしていた。


 絵本のように綺麗ではない。

 しかし、唯一無二の自分の物語を紡ぐために。


 「「どおん!!」」


 爆発音とともに、魔法窯の上に光が集まり、そして天を高く貫く。


「……やった。できた……」


 ついに魔法は成功し、トールモールの天井には大きな穴が開いた。

 キアンの妖精がこの天井を修復したとき、少し緩めに作っておいてくれたのかもしれない。


「わあ……」


 エスリンは空を見上げる。

 それは星々が瞬く澄んだ夜空だ。


 トール・モールの岩の天井を見上げて暮らしたエスリンにとって、

 それは新しい発見だった。


「エスリン――!!」


 そしてエスリンは、魔法の馬に跨るキアンが星空の中を駆けてくるのを見た。


「キアン!!」

 

 この宝物を散りばめたような空の輝きを、

 エスリンは一生忘れることはない。


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