第6話 魔法の給仕係②


「姫、この散らかったお部屋はどうされたのですか?

 もしかして、泥棒が入ったとか…?」


 と、キアンは姫に確認する。

 もし誰か侵入者がいるとすれば、キアンの任務にとっても不都合だった。


「違うの。それは昨日、自分でドアに投げつけたの」

「え?ご自分で……?」


 エスリンは少し恥ずかしそうに赤面する。


「泥棒じゃなくて安心しました」

 

 キアンはほっと頬を緩めた。


「……私、片づけるね」


 急に恥ずかしくなってきたエスリンは、立ち上がり掃除を始める。


「姫様。お片付けは私にやらせてください。

 ガラスで怪我をされては大変……」


 と、キアンが声をかけるが、遅かったようだ。


「痛いっ!」


 血がにじむ指をおさえて、エスリンは「やっちゃった…」とお茶目に舌を出した。


「見せてください」


 キアンはエスリンの指を手に取ると、ダーナ族の魔法でその傷を治してしまった。


(あ……しまった。魔法が出ちゃった)


 魔法を日常的につかうダーナ族にとって、それは癖のようなものだ。


「……!」


 エスリンは目を輝かせた。


「いまの、魔法?キヌは魔法使い!?」

「え…えっと」


(バレたァーー!?)


 キアンは焦る。

 魔法が使えるということは、ダーナ族であると疑われかねないからだ。


「ち、違いますよ。もともと浅い傷だったので、ちょっと止血したら治ったみたいですね」


 キアンは床にちらばったガラスを集めながら、そんな言い訳をする。


「そういうものかな……」


 エスリンは不思議がりながらも納得したようだ。

 胸をなでおろしたキアンは、掃除を続ける。


 するとキアンは、ちりじりになった紙切れが沢山落ちていることに気が付く。


「姫様……この紙切れは?捨ててしまっても?」


 キアンが尋ねれば、エスリンは悲しそうにうつむき、紙切れを拾い集め始めた。


「これは捨てたくないの。わたしが書いた魔法書だから」


 エスリンは集めた紙切れを、籠の中に入れていく。


「魔法書を?ご自分で書かれたのですか?」


 これには、キアンは驚いた。

 フォーモリアの姫が魔法を、だなんて。


「うん。だけど、お父様にビリビリにされちゃったの。

 魔法はダーナ族がつかうものだからって」


「……なるほど」


 キアンは、床に転がるまっぷたつに割れた魔法釜を見付ける。 

 どうやらこの姫様が、魔法に夢中になったのは本当らしい。


「わたしのこと、おかしいと思う?」


 不安そうに尋ねるエスリンを、キアンは気の毒に思った。

 そして同時に感心もした。このトール・モールに1人で閉じ込められてなお、好奇心をなくさずに外の世界に向かうひたむきさに。


「いいえ。新しいものへの好奇心を持つ姫は、素敵だと思います」


 キアンがそう言えば、エスリンは花のような笑顔で「ありがとう」と言った。


「……私にも一緒に集めさせてください」


 それからキアンとエスリンは、手分けして紙切れを全て集めた。

 


 それから夜になり姫が眠るまで、キアンはエスリンの願いで、外の世界の話をたくさん話して聞かせた。 


 ここトーリ島から海を渡ったマン島には、マナナンという魔法使いが住んでいるとか。

 マナナンは、魔法の道具を沢山もっていて、海の上を風の様に早く走る魔法の馬もその一つだとか。


 キアンはそんな自分の実体験を「噂話」として話した。


 

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