第5話 魔法の給仕係


 次の朝、トール・モールからはいつもの爆発音が聞こえなかった。


「トール・モールの姫はどうしちまったんだろうね」

「随分と、おとなしいじゃないか」


 フォーモリア族の農民たちは首を傾げ、どこかもの寂しく思ったのだ。

 トール・モールに閉じ込められた姫の存在を語るものは、あの毎朝の爆発以外にはないのだから。


   ♦


 魔法道具を失ったエスリンは、居室のベッドに顔をうずめ呆然としていた。


 昨日エスリンが怒りに暴れた部屋はそのままで、割れたグラスの破片などが床に散っていた。

 

 今朝は、エスリンを悲しませる知らせがもう一つ入っていた。

 エスリンの給仕をしていた気さくなレディが、エスリンが魔法に傾倒したことの責任をとって、田舎に帰らされたということだ。


 お別れもできなかったことに拗ねていたエスリンの元へ、新しく住み込みでお給仕するメイドが尋ねてきた。


「新しく給仕を務めさせていただきます。キヌです。

 よろしくお願いします」


 新しい給仕役の少女キヌは、エスリンと同年代のとても可憐な少女だった。


 眩しい日の光を集めたような金髪と、優しく垂れた目に緑色の瞳。

 穏やかさを感じさせるキヌの容姿は、赤く燃える炎のようなエスリンの髪と瞳とは対照的である。

 そしてそれが、エスリンの興味を掻き立てていた。


「私はエスリン。よろしく」


 エスリンはベッドから起き上がり、エスリンにとって珍しいキヌの容姿を惚れ惚れする気持ちで見つめていた。


「あ、あの。姫、私の顔になにか?」


 キヌが恥ずかしそうに赤面すると、エスリンは慌ててごめんなさい、と謝った。


「わたし、同い年ぐらいの子に初めて会ったんだ。

 キヌがとっても綺麗だから、つい見とれてしまったの」


 エスリンがそう微笑めば、キヌは驚きに目を丸くした。


「いえ。そんな。姫の方がお綺麗ですよ」


 キヌはそんな誉め言葉を口にして微笑む。

 しかし内心、自分の正体を姫に気づかれたのではと気をもんでいた。


(俺が男だって、バレたかと思った……)


 キヌは、本当の名をキアンという。

 その正体は、フォーモリア族の宿敵たるダーナ族の青年だ。

 

 彼の任務は、魔王バロールに奪われた〈魔法の牛グラス・ガウナン〉を取り戻すこと。

 ここトール・モールのどこかに牛が隠されているという予言を頼りに、女装をしエスリンの給仕係として潜入していた。

 あわわよくばエスリンと仲良くなり、牛の隠し場所の情報を聞き出すことも作戦の内である。


 そんなキヌ…改め、キアンは一つ気になることがあった。

 まるで盗賊が入った後かのように、荒れまくった部屋の様子である。

 

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