第4話 祭司の言葉
「姫。父上を恨んではならぬ」
そう声をかけたのは祭司の老人である。
姫が幽閉されるに至った、例の予言を下した本人だ。
「……なぜですか?父上は私のささやかな楽しみさえ奪いました」
俯く姫に、祭司は語り掛ける。
「バロール様は、ダーナ族を支配するべく遠征に向かわれ、先刻、帰ったばかりじゃ」
「ダーナ族と戦ったのですか?」
エスリンは何も知らなかった。
しばらく留守にした父が、宿敵ダーナ族との戦いをしていたことを。
「ダーナ族の魔法でフォーモリアの軍勢は大きな痛手を負った。
その代わりに得たものは、ダーナ族の〈魔法の牛グラス・ガヴナン〉だけ。
この牛が…。よく食べるわりに役に立たない牛でね」
「……」
「バロール様が魔法をお嫌いになるのも、無理はないのじゃ」
宿敵ダーナ族が使う魔法を憎む気持ち。
頭では理解できても、今のエスリンには受け入れがたい感情だ。
エスリンにとって魔法は、この塔から出るたったひとつの希望だったのだから。
「わかっておくれ。我らフォーモリアの姫よ」
祭司の老人が、その白髪の髭を揺らして姫に懇願する。
エスリンは思い出していた。
この祭司は、予言によりエスリンが塔に閉じ込められるときも「わかっておくれ」と言った。
しかしエスリンには、わからないのだ。
何をわかればいいのか。それとも、わかったふりをしていればいいのか。
「……」
エスリンは真っ白な頭の中で、ひとつの虚しさを得た。
予言を下された姫としての自分の運命。
それは、何もしないで、何も考えずに、この塔に囚われている事なのだと。
「……わかりました」
エスリンは、静かに頷いた。
それが今の彼女にできる、精一杯の姫らしいことだった。
「ご立派ですぞ、姫」
祭司は満足し、施錠を忘れずに姫の部屋を後にした。
「……っ!!」
残されたエスリンは、その茜色の髪を振り回し、閉められたドアに向かってあらゆる物を投げつけた。
クッション、花瓶、ティーカップ、姫のたしなみを書いた本……。
ガラスの破片が飛び散るが、それでもドアは壊れない。
鬼の様に暴れる姫の声は、誰にも届かないのだ。
次第に虚しくなったエスリンは力尽き、ぐちゃぐちゃになった部屋の中で、しくしくと一人泣いたのだった。
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