第3話 魔王バロールの邪眼


 魔王バロール。

 フォーモリア族の長たる彼は、重いまぶたを常に閉じ、その瞳を隠している。


 しかし今、娘エスリンを前に、魔王はゆっくりと目を開けた。


「また魔法か?」


 灰色の瞳がぎろりとエスリンを見やる。

 エスリンはその小さな体を震わせながら、懸命に首を横にふった。 


 バロールの鋭い眼光は、敵対するダーナ族に「邪眼」と呼ばれるほどに、恐ろしく暗い色を放っている。

 その禍々しさは、ひと睨みで人を殺せると噂される程である。

 娘のエスリンですら、恐怖からバロールと目を合わせることはない。


「姫は何度言っても、聞くことがないな」


 バロールは眉間に深いしわをつくり、エスリンを見下ろす。


「魔法というものは、ダーナ族が産み出した邪道。

 フォーモリアの姫たるお前が、手をつけて良いものではない」


 バロールはその巨大な足で、ゆっくりとエスリンの居室を巡る。


「もちろんです。お父様。

 私、ダーナ族の魔法というものを、ほんの遊びでやってみているだけです」


 エスリンはおあつらえ向きの言葉を並べながら、バロールの一挙一動を見守った。


 この父が、エスリンの魔法に気が付いていることは確かだったが、いままでエスリンの魔法道具を取り上げるようなことはしなかった。

 この塔の中で、他に遊びがないことはバロールも理解していたのだ。


 それにエスリンは、バロールの目に触れて処分されることのないよう、大切な魔法の道具を全て扉付きの棚の中に隠している。


 給仕係からくすねた鍋で作った魔法釜。

 魔法の原料となるイモリのしっぽや蜘蛛の足などを集めた瓶。

 この塔に迷い込んだダーナ族の捕虜から譲り受けた、魔法の指南書。

 そして12冊の自作の魔法書だ。


「予言のために、この小さな塔にとらわれた哀れな姫。

 私はせめてもの情けで、お前の愚行をいままで見逃してきた」


 バロールの一言一言が、空間に巨大な重りを落としていく。


「だが、もはや容認できぬ」


 バロールはその邪眼をぐりんと動かせば、エスリンの魔法具をつめた棚に狙いをつける。

 もしや、エスリンの宝物の居場所はこの父にはお見通しなのかと、彼女は震えるような声を上げた。

 

「お父様……!やめてっ……!!」


 エスリンの声は届かない。

 バロールはその怪力でもって、付帯した剣を振りかざし、棚ごとエスリンの魔法具を破壊した。


(……!!)


 エスリンは、声にならない悲鳴を上げた。


 エスリンは必死に魔法書を拾い集めたが、その全てはちりじりの紙切れと化していた。

 バロールはそんな姫を蔑むように見下ろし、踵を返して去っていった。



 

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