第7話 キアンと妖精


「おやすみなさい。エスリン様」


 エスリンが寝静まった後。

 キアンは、エスリンの居室から専用の通路を通り、給仕役用の小さな部屋へと移動した。

 

 そして固く扉を閉じれば、女物のフリル付きエプロンを取り、ロングヘアのカツラを取り、本来の男の姿に戻った。


「ふう……やっぱり、女のコのふりはきついな」


 そう言ってベッドに座るキアンの前に、小さな妖精ビローグが現れた。


「そう?けっこう可愛かったわよ?」


 ビローグは宙を飛び回りながら、キアンをからかうように笑った。

 ビローグは背中に羽をもつ、金髪碧眼の美しい少女の見た目である。


 妖精の少女は、気に入ったダーナ族の青年の守護を請け負うことがある。

 ビローグも、キアンの美しい容姿に一目惚れして、進んで守護妖精となったたちだ。


「妖精なんだったら、俺を女の子に変える魔法とか……」

「そんなの無いしー」


 ビローグは舌をあっかんべーとして見せる。


「よかったじゃない?あの無知な姫様、うまく利用できそうだし」


 ビローグが尖った声でそう言えば、キアンは少し表情に陰を落とした。


「……マナナン師匠が言ってたの、本当だったんだな。

 バロールが娘を塔の中に閉じ込めているって」 


 キアンは、彼女の境遇に胸を痛めたようだった。


「こんな塔の中で……ずっと暮らしてたなんてな」


 悩まし気に息をはくキアンを見て、ピローグは嫉妬心にかられた。

 キアンに片思いを募らせる守護妖精としては、この展開は面白くない。


「あの姫は、あの残忍な魔王バロールの娘なんだよ?」

「でも、まっすぐで可愛いし……。一つ目の巨人なんかじゃなかった」


 うっとりとした表情を見せるキアンに、ピローグは「そんなこと言ってる場合?」と切れ気味な声で言う。


「わかってるよ。魔法の牛をはやく取り返さないとな」


 キアンは、自分に言い聞かせるようにつぶやく。


「あの牛の乳を飲めば、戦士は10人力を得ることができる。

 その状態で攻め込まれたら…今度こそダーナ族はひとたまりもない」


 たびたびダーナ族の領土へ攻め込むフォーモリア族の戦士たちが、10倍の力を得てしまった光景を思い浮かべて、キアンは緊張に息をのむ。


「そうだよ。魔族はまだ、あの牛の乳にそんな力があるなんて気づいてないみたいだけど?」


 と、ビローグは肩をすくめる。

 キアンはそれがせめてもの救いだと思った。


「マナナン師匠の予言通りなら、この塔のどこかに牛が隠されてるはずだ。

 姫が寝ている間に、地道に探すしかない。ビローグも手伝ってくれるか?」


「もちろんっ」


 それからキアンとビローグは、牛を隠した部屋へつながる「隠し扉」があるのではないかと、給仕係が出入りできる範囲の場所を隅々まで調べた。


 しかし、魔法の牛の隠し場所が見つかることはなかった。


「バロールめ……。一体どこに牛を隠した……」

「手強いわね……」


 キアンとビローグは目の下に隈をつくり、朝を迎えたのだった。


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