第8話 2つの嘘
次の日も、またその次の日も、魔法の牛は見つからなかった。
キアンは、給仕係の元へ食料を運んでくる農夫に尋ねてみたり、「素直になる魔法」をかけたエスリンに尋ねてみたりもした。
それでも誰も、牛の在り処を知らないのだ。
魔法の牛の手がかりを得られないまま、はや2週間が経過していた。
♦
「姫様。今夜は何のお話をしましょうか?」
エスリンがベッドに入る時間になると、キアンは傍の椅子に腰かけ、エスリンが眠るまで話をして聞かせるようになっていた。
「ん~と……」
エスリンは毎晩、キアンの話を夢中になって聞く。
トール・モールの中で暮らしてきた姫様にとって、キアンが話す外の世界のこと全てが宝石のほうに輝いていたのだ。
しかしキアンは、連日の牛の捜索ですっかり疲れ始めていた。
「ね、キヌも一緒に寝ようよ」
エスリンは眠そうに瞼をたらすキアンに気が付いたのか、自分はベッドの端に寄って隣にキアンを無邪気に誘った。
「……し、しかし」
キアンは動揺していた。
隣で眠れば、いくら鈍い姫でもキヌが男だと気付いてしまうかもしれない。
「遠慮しないで!」
エスリンは、キアンの手を引っ張る。
そして半ば強引にキアンを隣に寝かせると、ルビーのような瞳を輝かせてキアンの顔を見つめた。
「わたし友達とこうして眠るのが、夢だったんだ」
それからエスリンはキアンと手を繋ぐ。
(……勘弁してくれ)
キアンはすぐそばにエスリンを感じて、自分の胸が高鳴るのを感じる。
「キヌ。いつもわがままいってごめんね」
「……そんな。わがままとは思いませんよ」
エスリンとキアンは手を繋ぎながら並んで眠り、互いに天井を見上げた。
「私、同い年の友達ができたの初めてで、うれしくて。
だけどもし変なことしてたら教えて欲しいの。
絵本で読んだことしか、知らないから」
エスリンはか細い声でそう告げた。
「何も変なことなんて、ありませんよ」
キアンはできるだけ優しい声で答える。
「ほんと?それじゃあキヌも、私のこと友達だと思ってくれる?」
「……」
キアンは本当は、エスリンのことを友達以上に愛しく想い始めている。
しかしそれ以前に、キアンは敵の一族のスパイである。
「友達」と言えば、それは2重の意味で嘘になる。
「……思ってますよ、エスリン様」
キアンはエスリンに嘘をついた。
すると、暗闇の中でもエスリンが嬉しそうに微笑んだのが伝わる。
「ねえ。いつか二人で、塔の外に冒険に行こうっ」
エスリンは可愛らしくキアンの耳にささやいた。
「二人で……冒険……かぁ」
いっそこのままエスリンと二人でいれたらと、キアンはそんな想像にうっとりとした。
そして柔らかなベッドに飲まれるように眠気が押し寄せ、キアンは夢の世界へいざなわれていく。
「ん……」
キアンはエスリンの手を握りながら、そのまま眠ってしまった。
連日の捜索の疲れが、ここでどっと出てしまったのだ。
「寝ちゃったの、キヌ?」
エスリンは、キアンの寝顔を眺めて微笑んだ。
寝ぼけたキアンが、エスリンの方へ寝返りを打つ。
エスリンはキアンを抱き留めて、そのまま彼女も眠ろうとしたのだが。
「……?」
キアンと抱きしめ合っていると、エスリンはある事実に気が付いた。
フリルのエプロンに隠れた、女の子にしては広くて厚い肩と腕。
極め付けは、キアンのカツラが取れ、その下の短髪があらわになったことだ。
(キヌは男の子……!?)
恥ずかしさに赤面したエスリンは、わなわなと震え、悲鳴をあげてキアンを投げ飛ばした。
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