第8話 2つの嘘


 次の日も、またその次の日も、魔法の牛は見つからなかった。


 キアンは、給仕係の元へ食料を運んでくる農夫に尋ねてみたり、「素直になる魔法」をかけたエスリンに尋ねてみたりもした。

 それでも誰も、牛の在り処を知らないのだ。


 魔法の牛の手がかりを得られないまま、はや2週間が経過していた。



「姫様。今夜は何のお話をしましょうか?」


 エスリンがベッドに入る時間になると、キアンは傍の椅子に腰かけ、エスリンが眠るまで話をして聞かせるようになっていた。


「ん~と……」


 エスリンは毎晩、キアンの話を夢中になって聞く。

 トール・モールの中で暮らしてきた姫様にとって、キアンが話す外の世界のこと全てが宝石のほうに輝いていたのだ。


 しかしキアンは、連日の牛の捜索ですっかり疲れ始めていた。


「ね、キヌも一緒に寝ようよ」

 

 エスリンは眠そうに瞼をたらすキアンに気が付いたのか、自分はベッドの端に寄って隣にキアンを無邪気に誘った。


「……し、しかし」


 キアンは動揺していた。

 隣で眠れば、いくら鈍い姫でもキヌが男だと気付いてしまうかもしれない。


「遠慮しないで!」


 エスリンは、キアンの手を引っ張る。

 そして半ば強引にキアンを隣に寝かせると、ルビーのような瞳を輝かせてキアンの顔を見つめた。


「わたし友達とこうして眠るのが、夢だったんだ」


 それからエスリンはキアンと手を繋ぐ。


(……勘弁してくれ)


 キアンはすぐそばにエスリンを感じて、自分の胸が高鳴るのを感じる。


「キヌ。いつもわがままいってごめんね」

「……そんな。わがままとは思いませんよ」


 エスリンとキアンは手を繋ぎながら並んで眠り、互いに天井を見上げた。


「私、同い年の友達ができたの初めてで、うれしくて。

 だけどもし変なことしてたら教えて欲しいの。

 絵本で読んだことしか、知らないから」


 エスリンはか細い声でそう告げた。


「何も変なことなんて、ありませんよ」


 キアンはできるだけ優しい声で答える。


「ほんと?それじゃあキヌも、私のこと友達だと思ってくれる?」

「……」


 キアンは本当は、エスリンのことを友達以上に愛しく想い始めている。

 しかしそれ以前に、キアンは敵の一族のスパイである。


 「友達」と言えば、それは2重の意味で嘘になる。


「……思ってますよ、エスリン様」


 キアンはエスリンに嘘をついた。

 すると、暗闇の中でもエスリンが嬉しそうに微笑んだのが伝わる。 


「ねえ。いつか二人で、塔の外に冒険に行こうっ」


 エスリンは可愛らしくキアンの耳にささやいた。


「二人で……冒険……かぁ」


 いっそこのままエスリンと二人でいれたらと、キアンはそんな想像にうっとりとした。

 そして柔らかなベッドに飲まれるように眠気が押し寄せ、キアンは夢の世界へいざなわれていく。


「ん……」


 キアンはエスリンの手を握りながら、そのまま眠ってしまった。

 連日の捜索の疲れが、ここでどっと出てしまったのだ。


「寝ちゃったの、キヌ?」


 エスリンは、キアンの寝顔を眺めて微笑んだ。


 寝ぼけたキアンが、エスリンの方へ寝返りを打つ。

 エスリンはキアンを抱き留めて、そのまま彼女も眠ろうとしたのだが。


「……?」


 キアンと抱きしめ合っていると、エスリンはある事実に気が付いた。


 フリルのエプロンに隠れた、女の子にしては広くて厚い肩と腕。

 極め付けは、キアンのカツラが取れ、その下の短髪があらわになったことだ。


(キヌは男の子……!?)


 恥ずかしさに赤面したエスリンは、わなわなと震え、悲鳴をあげてキアンを投げ飛ばした。









 

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