第9話 運命の別れ


 エスリンは魔王の娘だけのことはあり、その腕力は凄まじい。

 投げ飛ばされたキアンは、その勢いで部屋の壁に体当たりした。


「……うっ」


 目を覚ましたキアンは、すぐに自分の状況を理解する。


 変装用のかつらもフリル付きエプロンも、とうにその身から剥がれ、どこからどう見ても男の姿になってしまっていたからだ。


「どうして嘘をついていたの?」


 エスリンが恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にしているのを、

 キアンは困惑して見つめていた。


「これは……」


 言葉を探すキアンに追い打ちをかけるように、岩でできたトール・モールの天井の一部が、ひび割れて、そして瓦解を始めた。


「……!!」


 姫が繰り返した魔法実験のせいで元々脆くなっていた上に、キアンが壁にぶつかった衝撃のせいである。

 瓦礫が頭の上に降りかかったとき、キアンはとっさにエスリンを抱き寄せて、魔法のシールドを張って2人の身を守った。


 ドーム状のシールドの中で瓦礫が落ちるのを待った後、キアンは魔法を解いた。


「魔法……、やっぱり魔法がつかえるの?」


 エスリンは驚きに目を見開いて、キアンを見つめた。


「ねえ。キヌは一体、何者?」


 エスリンが、その深紅の瞳をとまどいで揺らす。


「キヌじゃない。本当の名前はキアンだ」

「キアン……?」


 もう正体を隠すことはできない。

 ならばキアンは、正直に打ち明けることを選んだ。

 

「だましてごめん、エスリン」

「……」


 二人が見つめ合ったその時、キアンの背後から長い鞭が延びてきて、彼の首を締め上げた。


「うっ!!」

「……!!」


「トール・モールを破壊したのは貴様か?」


 鞭を操るのは魔王バロール。

 フォーモリア族の巨漢の兵士たちを引き連れて、姫の部屋の入口に立っていた。


「ふん。まさか神の一族の男が、女の給仕役をして忍びこむとは。

 ダーナ族には恥というものがないのかな?」


 バロールは、床に落ちた給仕役のエプロンを見やって、ニタリと意地悪な笑みを浮かべた。


「お父様……!や、やめて…!」


 エスリンが悲鳴を上げるも、キアンは鞭に首を絞められたまま宙吊りにされ、その足をバタバタと動かす。

 そしてぐったりと動かなくなり、気を失った。


「うっ……ぐ」


 そこへ、妖精ビローグが飛んでくる。

 彼女の魔法で、バロールの鞭は弾き飛ばされ、兵士たちともども身動きがとれなくなった。


 その間に、ビローグは気絶したキアンを引っ張りながら宙を飛び、トール・モールの外へと去っていく。


「……ま、待って!」


 エスリンはとっさにキアンに手を伸ばしたが、届くことはない。


 ビローグとキアンがトール・モールを出れば、天井に空いた穴はビローグの魔法で元通り修復されていく。


 同時にバロールと兵士にかけられた魔法もとけ、とたんバロールは邪眼をむき出しにして兵士たちに命じた。


「ダーナ族の男を捕えろっ!!」

「はっ!」


 兵士たちが走り出していく中、エスリンはバロールの前で俯き座りこんでいた。


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