第274話 「紳士である」


 ガロンたちが全体防御のためのユニオン・スキルを発動し、≪木剣道≫のメンバーたちがそれぞれに動き出す中、≪紳士同盟≫もまた、動き出していた。


 ――彼らは紳士である。


 幼女からお年寄りまで、老若男女問わず、誰に対しても紳士的に接することのできる、非の打ち所のない紳士だ。


 しかし。


 その紳士な態度は、人相手だからこそ――だとも言えた。


「ふむ……どうやら、我らのを、解放する時が来たようだな……!!」

「確かに……彼女たち相手に、遠慮は要るまい。なぜなら……彼女たちは人間ではないのだからな……!!」

「ふふ、遠慮は通報される心配は無用というわけか……!! 久方ぶりに、息子……いや、血が滾るであるな……!!」


「シリスキー」「美脚ペロリスト」「おっぱい星人」たちが武器を構えながら、猛獣のように、獲物を狙い定める目を、上空の偽女神たちに向けている。


 極限の闘争の場で、紳士の仮面が外れかかっているのだ……!!


 続いて、同じく猛獣の瞳をした「スメルラバー」が、背後の残り二人を振り向く。


「『幼児の守護者』、『熟女マニア』……我らはすでに準備万端だが、お主らはどうだ? 相手は些か、お主らのゾーンから外れているようであるが……?」


 すでに120パーセントの昂りにより、その能力を十全に発揮できる体勢の整った四人。


 対して、「幼児の守護者」たちは昂れないのではないか?


「スメルラバー」の至極当然な心配に、しかし、二人は笑った。


「ふっ、いったい誰に向かって言っている」


「幼児の守護者」は猛々しく言い返す。


「あの邪神もどきたちの姿は、ルシア嬢が大人になった姿……に、見えるであるな、不思議なことに」


 それは不思議でも何でもなく、まさにその通りの事実だったが、神代のことやクロノスフィアの実験のことや、アイクルやルシアのことなどについて、ほとんど説明のされていない大部分の≪木剣道≫メンバーは、その事実を知らなかった!!


 すべて、イオのせいである!!


 だが、そんなどうでも良い事実は置いておいて――重要なのは、邪神もどきの姿がルシアに似ている、ということだけだ。


 ならば、どうするか?


 愚問である。


 トントン、と「幼児の守護者」は自らの頭を指で叩いてみせ、得意気に宣った。


「すでに奴らの姿は、ルシア嬢の姿に書き換え完了しておるわ」


「ふっ、流石だな、『幼児の守護者』……!!」


 すなわち、自らのイマジナリーを用いて、現実の光景を書き換えた――ということ。


 今や「幼児の守護者」の視界の中では、空中に浮かぶのは無数の偽女神どもではなく、愛らしい笑顔を浮かべたルシアたちに変わっていた!


「おじちゃーんっ! あしょぼーっ!!」


 と、無邪気な笑顔で「幼児の守護者」を誘ってさえいた!


 その姿が偽女神たちと同じように一糸纏わぬ全裸なのか、はたまた趣味全開の衣装を身に纏っているのか――それは、「幼児の守護者」だけの秘密である。


 認識の書き換えなど、恐るべき離れ業だが、変態紳士たる彼らにとっては造作もないことだ。


 しかし……それはルシアというモデルとなる存在がいたからだとも言える。


 では、手本となる存在がいない「熟女マニア」には、「幼児の守護者」と同じことは不可能なのか?


「『熟女マニア』……お主はどうであるか?」


「…………」


「熟女マニア」は答えない。


 ただ真剣な、睨みつけるような視線で上空の偽女神たちを射貫いていた。


 ただし、そう長い時間ではない。時間にして、僅か十秒足らずといったところだろうか。


 ふっと視線を仲間たちへ戻した「熟女マニア」は、ニヤリと力強い笑みを浮かべた。


「彼女らの年齢は、だいたい23から24の間……といったところか。最低でも20年は時を進めねばならなかったが…………我は成したり!!」


 ルシアのような元となる姿はない。


 しかし、想像とは記憶の組み合わせである。今までに出逢ってきた何人もの美熟女たちの姿……彼女たちの匂い立つような熟れた姿態、その体の各部のパーツを幾通りも組み合わせ、頭の中で偽女神たちが四十代前半から後半くらいの姿を鮮明に作り出し、そして現実の視界に反映させる……。


 無論、尋常の力量では到底不可能だ。


 だが、空想力イマジナリーを日々鍛練し続けてきた「熟女マニア」ならば、それが可能だった。


「ふっ、では、全員問題ないということか……!!」


 かくて準備は整った。


 紳士たちは野獣のように舌なめずりしながら、偽女神たちに向き直る。


「「「――――!?」」」


 その視線に何か、得体の知れないものを感じたのだろう。


 偽女神たちは変質者を警戒するように、紳士たちへ険しい表情を向けた。


 常に余裕と慈愛に満ちた笑みを浮かべている偽女神たちの、そんな反応はイレギュラー。


 一方、紳士たちは前に進み、悠然と歩き出す。


 まるで、何の危険も感じていないかのように。


「ふふ……っ! 法の縛りがなくなった我らは、もはや誰にも止められんぞ……!!」

「今日だけは紳士でいる必要もあるまい……!!」

「さぁて……!! 存分に堪能させてもらおうか……!!」


 そこへ降り注ぐ、無数の【空間断裂刃】。


 まともに喰らえば死は免れない魔法の斬撃は――しかし、その軌道をねじ曲げられ、ガロンたちが展開するオーラのドームに衝突。直後、即座に跳ね返された。


 跳ね返ってきた自身の攻撃を【空間障壁】で防ぎつつも、偽女神たちは焦りの感情を浮かべる。


 それは自分たちが、悪手を打ってしまったことに対しての感情。


 この場で射撃系魔法は防がれてしまうとすでに分かっていたのに、思わずそれを放ってしまった自分たちへの動揺。


 常ならばあり得ない、明らかなる判断ミス。


 その隙を突かないほど、紳士たちは甘くはない。


「ヒャァアアアアアッ!!」


 いつもならば決して発することのない野蛮な笑声をあげながら、瞬時に紳士たちは疾走した。


 しかし、大丈夫だ。


 偽女神たちは全身に走る怖気を堪えながら、すぐさま【空間結界】を展開する。


 自身を球状に覆う【空間結界】ならば、あの得体の知れない男たちも、自分たちに触れることはできないだろう――と。


 そして安全さえ確保してしまえば、冷静さを取り戻すことができる――と。


 だが。


 結界は一瞬にして剥ぎ取られた。


「ヌギヌギしましょうねぇえええええッ!!」


「――――!?」


 我流弓技――【蛇走黒矢】


「幼児の守護者」が構えた「黒月弓」から、漆黒の矢が放たれ、偽女神が展開した【空間結界】に衝突。


 漆黒の矢は瞬時に分裂すると、無数の黒い蛇のごとき気持ちの悪い形となって、うぞうぞと球体の結界表面を、高速で這いずり回った!!


 見るだに怖気を催す気色の悪い光景であったが、その弓技の役割は明白。


 最初から結界や障壁を破壊するためだけに、考案された弓技だ。


 重属性のオーラは瞬く間に【空間結界】にダメージを蓄積させ――そして、打ち破る。


 パリンッ!!


 と、結界はガラスのように砕け散った。


「――――!!」


 だが、対する偽女神も黙って見てはいない。結界が破壊されると同時に、すでに至近まで迫って来ていた変態どもに、【空間断裂】を喰らわせる。


 無論、【空間断裂】もガロンたちの【鉄壁】の影響を免れるものではないが、変態どもが至近へ接近していたことで、魔法の発現位置が多少ズレても、断裂の範囲内に変態どもを収めることが可能であった。


 まるで立体的な蜘蛛の巣のように、広範囲に広がる空間の亀裂。それを……、


「甘いであるぞッ!!」

「こんなもので我らから逃げられると思うてかッ!!」


 ――【空歩】


 紳士たちは足の裏でオーラの爆発を起こし、空中を移動すると、軽々と空間の亀裂から身を躱してみせた。


 そしてさらに【空歩】【空歩】と続けざまに移動を続け、上下左右から偽女神に迫る!!


「――――!!」


 涎を垂らした紳士……いや、野獣たちを前に、もはや偽女神たちの命は風前の灯であった。


 神が手ずから作り出したように美しい偽女神たちの姿態は、彼らにとって眼前に投げ出された美味そうな肉に等しい。


 どちらが狩る側で、どちらが狩られる側なのか、それは誰の目にも明らかだった。


 その戦いの光景を、詳しく描写することは憚られる。


 だが、それでも敢えて言うなら、「幼児の守護者」は存分に戯れ、「おっぱい星人」は存分に揉みしだき、「シリスキー」は顔を……いや、やはり止めておこう。


 ともかく、彼らの宴は始まったばかりだった――。



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