第218話 「フィオナはわたしが守護るっ!!」


 ――前回のあらすじ。


 キルケー家で【邪神】討伐のための話し合いを終えた後、アーロンとフィオナは二人で家に帰った。


 その道中、何か良い雰囲気になりリビドーゲージが限界突破する二人。


 ヤる気満々で家の玄関を開けた時、二人は気づいた。



 ――――家の中に誰かがいる。



 街中では意図的に狭めている【魔力感知】も、家の中に入ればその存在を捉えるのは容易だった。鍵が掛かっていたはずの自宅の中に、自分たち以外の、第三者の魔力を感じたのだ。


 如何に頭の中がピンク色に染まっていた二人とはいえ、この時点で正気に返った。


 当然だ。


 四家とは一応の和解をみたものの色々あった直後であり、【邪神】やクロノスフィアがフィオナを狙っていることも知っている。このどれでもなくとも、鍵を掛けていた自宅への不法侵入。空き巣や強盗を疑うのは当然の話であった。


「フィオナ」

「うん」


 この時、名前を呼んだのは、何も「これからするけど、良いんだな?」という最終確認ではなかった!


 不法侵入していた何者かの魔力に気づいたかと、フィオナに確認したのだ。そして当然、フィオナも気づいていた。


 二人は足音を消しながら、家の中を魔力の感じる方――つまり、風呂場へ続く脱衣所の方へと進み、そのドアを開けた――。



「――――んぅ? ……あ、ふたりとも、おかえり」

((邪魔だなぁ……))



 そしてコレである。


 中にいたのは、なぜか勝手に家に入って勝手に風呂に入り、今まさに脱衣所で髪を拭いているルシア・アロンであった。


 空き巣や強盗、殺し屋や刺客、【邪神】などなど――そんな物騒な存在でないことには安堵したが、この状況にはツッコミどころが多いし、何より二人ともが求めてはいない展開だった。


 せっかく盛り上がり、今まさに燃え上がらんとしていた二人の気持ちに水を差すがごとき展開。


 二人の間のピンク色な空気も、すっかり霧散し、「そういう雰囲気」は消えてしまっていた。



(何で居るかわからねぇが、さっさと帰そう)

(何で居るかわからないけど、さっさと帰ってもらわなきゃ)



 ――いやそんなことはなかった!!


 まだまだヤる気満々だった!!


 玄関を開ける直前までの二人のリビドーゲージが120パーセントだったとすれば、なぜかルシアがいたことによって、リビドーゲージは80パーセントまで下がっている。


 しかし、40パーセントも低下したとはいえ、それは十分に高い数値と言えよう。


 端的に言えば、二人ともが、まだまだムラムラしていたのであるッ!!


 ゆえに! 二人はアイコンタクトすることも相談することもなく、ルシアを早く帰す方向で意見の一致をみた!


 そして初手、アーロンが仕掛ける!


「おいルシア、もう外は暗いんだ。さっさと家に帰りなさい」

「む? ……なんでわたしがここにいるのか、聞かないの?」

「何でここにいるんだ」


 早く帰ってほしいがばかりに、フライング気味に要求を告げてしまったアーロン。ルシアの疑問により、軌道修正する。しかし、それは悪手だった。


「なぜここにいるのかと聞かれれば、それは、フィオナをまもるため」

「フィオナを、守る……? どういうことだ?」


 フィオナを守るとは、つまり、フィオナに危険が迫っているということの裏返し。さすがに聞き流すことはできなかった。


 ルシアは説明する。


「ん。バックドア・ジョブをもつフィオナを、【邪神】やクロノスフィアがねらっているのは確実」

「ああ、まあ、そうだな……」

「今のフィオナの実力なら、かんたんに拐われることはないはずだけど、警戒するにこしたことはない。だから、【邪神】を討伐してクロノスフィアをなんとかするまで、わたしが常にフィオナのそばにいて、フィオナをまもる」

「んん、いや、でもなぁ……」

「フィオナを拐うとしたら、空間魔法をつかってくるはず。おなじ空間術師のわたしなら、じぜんに察知して妨害できる可能性はたかい」

「まあ、それは……いや、それって転移魔法とか警戒しろってことだろ? それなら俺でもできるぞ」

「たしかに、重属性武器を持つアーロンなら、大丈夫だとおもう。でも、四六時中フィオナといっしょにいるわけじゃないでしょ?」

「んん……それはぁ……んー、どう、だろうなぁ」

「世の中には、男性でははいれない場所というのもある。それに、いくらアーロンの【魔力感知】がするどくても、空間魔法にたいする知覚能力なら、さすがにわたしの方がするどい。それにつねに護衛するにも、空間魔法はあった方がべんり」

「んー……んん……うーん……ん!」


 ――――アーロンは論破された。


 まったく反論の余地もないロジカルなルシアの口撃の前に、反撃の糸口すら失ってしまう。


 しかし、そこでフィオナが前に出た!


 フィオナは慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら、ルシアと目線を合わせるように膝をついて、口を開く。


「ありがとう、ルシア。私のことをそこまで心配してくれて」


 それはまさかの感謝であった!


 そこに嘘や演技は微塵もない。フィオナの素直な感謝の言葉に、ルシアは気分が良くなって胸を張った。


「ん! フィオナはわたしが守護まもるっ!! 安心してくれていい」


「ふふっ、確かにルシアが守ってくれるなら安心ね」


「むふーっ!」


「でも――」


 と、ルシアの心を解きほぐし、心のガードを下げさせたフィオナは、そこから一気呵成に攻め立てた!


「今日はアーロンと二人でずっと家にいるつもりだから、あまり心配しなくて大丈夫よ? それにルシアが護衛してくれるにしても、色々と準備は必要でしょ? それにこの家にはベッドが二つしかないし、ルシアがここでしばらく暮らすにしても、家具や生活用品の用意は必要だし。だから今日は家に帰って、明日……のお昼過ぎくらいに来てくれれば良いと思うの。ね? そうしましょ?」


 ――ドア・イン・ザ・フェイス!!


 最初にアーロンの要求を断らせた後、さらにそれよりも譲歩した要求をすることで、こちらの要求を断らせ難くするテクニックである!


 そして言葉の端々にルシアの負担を気にかけるような雰囲気を漂わせつつ、やんわりとこちら側にもルシアを受け入れる態勢が整っていないことを告げた!


 外見は七歳相当の幼女に過ぎないとはいえ、その中身はアーロンやフィオナをも凌ぐ大人。


 護衛のためとはいえ、相談もなく突然訪れたことに僅かでも申し訳なさを感じているのなら、この要求は断れない……!!



(すこし、妙……)



 だが! そこでルシアの脳裡に疑念が走る!!


 確かに突然やって来たのは自分だが、自分がフィオナを護衛するということには、文句のつけようもない正当な理由があり、フィオナたちにとっても大きなメリットであるはず。


 にも関わらず、二人からはなぜか頑なに自分を帰そうとする意思が窺えた!


 いったいなぜなのか?


 見た目幼女に過ぎずとも、ルシアの中身は大人の女性。二人の間に漂う微妙な雰囲気に気づき、ついにはその理由を――――



「…………(ぷくぅー)」



 ――――察せないっ!!


 むしろ不満げに頬を膨らませるほどであった!


 確かに何の相談もなく、いきなりやって来たのは自分が悪い。しかしながら、たとえ【邪神】と戦うことになっても命がけでフィオナを守ると決意してやって来た自分に対し、今日は帰れとは如何なものかと不満を募らせる!


 ルシアは確かにフィオナよりもアーロンよりも遥かに長く生きている存在と言えるが、精神年齢が高いかどうかは別問題!


 むしろルシアは、恋愛経験など皆無であった。


 アロン家の初代として子を成したのは彼女のクローン体である姉妹の誰かであって、このルシアではない。彼女はかつて、神代の世界にあって最強にして無敵のアイドル(物理)として名を馳せた存在!


 たとえ対戦型ゲームで対戦相手をネットスラングを交えて口汚く罵ることはあっても、あるいは別アカウントで自分自身の熱狂的信者を装う書き込みを量産することはあっても、まさにアイドルとして恋愛という行為に手を染めたことはない!!


 いやまあファンを裏切るとか関係なく、心の奥底で恋愛とかメンドくせーとか思っていただけの喪女気質だったとしても!!


 彼女はその生涯で純潔を貫き通したのである!


 そんなわけで恋愛ざこであるルシアに、二人の間に漂う微妙な雰囲気を察することなど不可能だった!


「むぅー……。べつに、着替えとか歯ブラシとか、準備はしてきたから、しんぱいしなくてかまわない。それにベッドはフィオナといっしょでいい。わたしはちいさいから、それで大丈夫なはず。とくに何かを用意するひつようはない」


「で、でも……その、ほらっ! しょ、食器とか! 必要なものは他にも色々あるじゃない!?」


「そうだけど、わたしはもうごはんもたべたし、そういうのはあした買いにいけばいい」


「そ、そうだけど……!! それじゃあ困るっていうか……!!」


「むぅーっ!!」


 はっきりしないフィオナの言葉に、ルシアはついに怒った。


「さっきから、言いたいことがあるならはっきり言えばいい! なんでそんなにわたしを帰らせようとする!?」


「「…………」」


 アーロンとフィオナは沈黙した。


 言えない。言えるはずがない!!


「今からセピックスするから、今日のところは帰ってほしい」だなんて、そんなことをあけすけに言えるほど、二人の関係はまだ醸成されてはいないのだ!


 すぅううううんっと、二人のリビドーゲージが急速に低下していく。


 この瞬間、「そういう雰囲気」は完全に消滅した。


「そう、か……。うん……分かった……」

「じゃあ、今日のところは……私のベッドで、一緒に寝ましょうか……」

「ん!」


 やっと分かってくれたのか――と、ルシアは満足げに頷いた。



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