第179話 「何だこれはぁあああああああああッ!!?」
ローガンは続ける。
「詳しい説明は省くが、クロノスフィアはこの【神殿】に【神骸】を納めることで、【神界】への扉を開こうとしていた。それが【神殿】の持つ機能なのだ。しかし、四家側の人間や私たちは、【神骸】を利用することなどそもそも不可能だと判断し、クロノスフィアの目的を阻止しようとしていた。そのための手段が、この【神殿】の破壊というわけだ」
「ふぅ~ん……」
アーロンは理解する。とりあえず【神殿】を壊せばクロノスフィアの目的を阻止できるのだと。
ならば、と視線を【神殿】内部の柱へ向けた。たった一本だけ残った柱。あれだけの戦いの余波を受けてもなお、光を発しながら屹立する巨大な柱を。
「じゃあ、アレは壊さなくて良いのか?」
「うむ……たぶんだが、一本だけ柱が残っていたところで、【神殿】の機能は果たせないはずだ。だから問題ないとは思う」
それに、とローガンは少しばかりの緊張を滲ませながら、言った。
「あの柱の中には、前回のスタンピードで迷宮から持ち出した【神骸】の一部が封じられているはずだ。柱が壊れれば内部の【神骸】が解放されてしまうから、壊さない方が良い気もするしね。それにあの柱が今も壊れていないのは、その【神骸】から生み出される魔力による効果だ。アーロン、君も見てはいなかったかね?」
そう問われて、アーロンは思い出す。
あの戦いの最中、確かに見ていたのだ。
「ああ……壊れたはずなのに、勝手に修復された……んだよな?」
実はあの柱一本だけ、異様に強固だった。他の柱が壊れるくらいの攻撃を浴びても、あの柱だけは耐えてみせた。それでも戦いの終盤では、あの柱も確かに壊れ始めていたのだ。
特に二人の【滅龍刃・零落】による対消滅の余波は凄まじく、それを受けた時には崩壊寸前までボロボロになっていたはず。
にも関わらず、今は損傷一つ見当たらない。再生……いや、自動的に修復されたのだ。
「……放っておいたら、他の柱も修復されちまうんじゃねぇのか?」
そんな懸念が浮かぶが……、
「……いや、ねぇか」
周囲に視線を走らせると、自分で否定した。
柱の内部から発生し、どこかへ流されていく魔力の光。しかしその流れは、他の柱の残骸へは流れていっていない。魔力の流れは、この【神殿】と呼ばれる地下の外へと続いていて、壊れた柱には向かっていない。
つまり、他の柱まで修復するような機能は、そもそも最初からないと思って間違いないだろう。
そしてここまで話を聞いたところで、アーロンは考える。
「この【神殿】とやらを壊すのになぜ俺が利用されたのかは、まあ後で聞くとして……壊すこと自体が必要だったのは分かった。クロノスフィアとやらの目的を阻止できるってんなら、俺も反対するつもりはねぇ」
スタンピードの黒幕ども。その目的を阻止するというのは、アーロン自身にとっても望むところだ。
しかし、今はそれよりも考えなければならないことがある。
全ての事情、その詳細を問い質すのは落ち着いてからでも良いだろう。というか、ローガンに喋らせるにしても、理解するのは時間が掛かりそうだ。できれば他の誰かに話を聞いて理解してもらい、それを分かりやすく纏めてもらった上で教えてもらいたい。その役目は、イオとかエヴァ嬢とかに任せよう――と、アーロンは思った。
それよりも今は、早急に解決すべき問題があるのだ。
「とりあえず、ローガン」
「うむ、何だね?」
「俺たちはどうやってここから出れば良いんだ?」
そう。今にも崩落しそうなこの場所から、一刻も早く脱出すること。それが解決すべき問題なのである。
「うむ……」
と頷き、しばらく考え込んでから、ローガンは困ったように笑って答えた。
「本来であれば、もうすでにクロエ嬢が迎えに来てくれているはずなのだがね……」
「ほらぁ見ろ!! やっぱりアイツに裏切られてんじゃねぇかッ!!」
言わんこっちゃねぇ! とアーロンは頭を抱えて叫ぶ。やっぱりあの魔女に期待なんてするだけ無駄だったんだ、と。
ちなみにだが、クロエが迎えに来るのが若干遅れている理由は、今現在、メモを取るのに忙しいからであった。地上で行われたイオとエイルの戦いや、アーロンとローガンの戦いを目撃して色々と閃いてしまった彼女は、現状を忘れてアイデアをメモするのに没頭していた。
閃いたアイデアをメモするのは、彼女の中では非常に優先順位の高い行動なのである。
とはいえ、思い浮かんだアイデアをメモし終わったならば、彼女も本来の役目を思い出して迎えに来てくれるはずだ。
なので、このまましばらく待っていれば迎えに来てくれるのは間違いないのだが……それを知る術は二人にはなかった。
むぅ……と、ローガンは唸る。
「まさか、本当にクロエ嬢に裏切られてしまうとは……彼女はいったい何のつもりで裏切ったんだ?」
「知らねぇよ!! 奴の考えることなんざ! おい、他に何か脱出ルートはねぇのかよ!? 緊急の脱出口とか非常口とか、秘密の抜け穴とか!?」
「……残念ながら、そんなものはないな」
「っていうか、ここ何処だよ!?」
「たぶんだが……ネクロニアの地下、千メートルよりもさらに下……という話だ」
「千メートルぅッ!?」
アーロンの顔がひきつった。
地下だとは既に分かっていたが、そんなに深いとは思ってもいなかったのだ。
「千メートル……千メートルか……」
呟きながら、おもむろに黒耀を手にして、その剣身に円錐状の回転するオーラを展開してみせた。それは槍士スキルの【オーラ・スラスト】に似た技であり、言ってみればオーラの掘削機だ。
「…………魔力が全快すれば、いけるか……?」
「おいおい、まさか……地上まで掘り進むつもりかね? さすがにそれは無理じゃないか?」
呆れながらローガンが言う。
その言葉に、アーロンは冷静になって改めて考えてみた。
「ようやく【怪力乱神】は解除できたが……」
と、自分の体を見下ろすと、光っていた肉体は元の肌色を取り戻していた。会話の間にもポーションをがぶ飲みし、少しずつ【怪力乱神】を解除していって、ようやく全解除できたのだ。
しかし、コンディションは最悪だ。
時間をかけて治療し、解除したおかげか、出血も骨折も内臓破裂もないが、とにかく全身が怠い。凄まじいまでの疲労感で、気合いを入れなければ立つことさえ困難なほどだ。
おまけに残存魔力量は、最大時の二割ほど。
とても千メートルなんて掘り進めることはできないが……それしか方法がないのであれば、やるしかないのかもしれない。
この場には空気が送られているから大丈夫だとはいえ、穴なんか掘ったら空気がどうなるのか、という懸念はあるが。
ともかく、掘るためには人手もあった方が良いのだろう。アーロンはローガンに視線を向けた。
「ローガン、魔力は回復したか?」
「無茶を言うな……」
と、ローガンは頬をひきつらせながら答える。
「君が放った訳の分からん技のおかげで、一度、魔力が完全に枯渇したのだぞ? こんな短時間では、ほとんど回復などしておらんよ。……まあ、回復自体はしているのが救いではあるが」
「今、どのくらい回復したんだ?」
「…………3パーセント、といったところか?」
魔力はほとんどないらしいが、それでも回復してはいるらしい。ならば労働力にはなるだろう。回復したら交代で掘り進めるしかないか――と、千メートル以上も地面を掘り進めるという、割と狂った決断をアーロンがしたところで、
「「――!?」」
二人は同時に気づいた。
――見られている。
誰かの視線。そして【神殿】中に微かに広まる薄い魔力。【空間感知】の魔法だとすぐに分かった。
ただし、それは「二つ目」だ。
ここに転移してきた時、最初からクロエ・カドゥケウスが【神殿】内部を覗いていたことには、二人とも気づいていた。
気づいていたからこそ、クロエが迎えに来ないことに、裏切りの可能性が高まっていたのだから。
ゆえに、今広がった魔力はクロエではない別人のもの。
「誰だ?」
「さて……クロエ嬢が迎えに来てくれる、というわけではなさそうだが」
二人が警戒する中、程なく、新たな動きが現れる。
薄く広がる魔力ではなく、明確に空間の一部に注がれる魔力が現れたのだ。
「「…………」」
二人ともが視線を向ける。
そこには何もないし、誰もいない。だが、どこからか魔力が流れて来ているのは二人にはハッキリと感じ取れた。
次の瞬間、流れて来た魔力は魔法現象へと変換される。
――転移だ。
忽然と、一人の人物が姿を現した。
それは金髪金眼の青年。年齢は二十代半ば程度。整った容貌をしているが、今はなぜか驚愕とも怒りともつかない感情によって、ひどく歪んだ表情をしていた。
唐突に現れた青年を見て、ローガンが硬い表情をしながら口を開く。
「……ノア様」
対するノアと呼ばれた青年は、ぷるぷると肩を震わせ、怒りに目を血走らせながら、叫んだ。
「――何だこれはぁあああああああああッ!!?」
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