第154話 「情熱」
――地上。
ネクロニア市街、中央区にて。
フィオナを先頭に進むクラン≪木剣道≫の面々は、その途中で何班かに別れて移動していた。
それは【封神殿】より広範囲に溢れ出した、魔物たちによる被害をできる限り抑えるためである。
フィオナを中心とした数パーティーが【封神殿】へ向かい、≪鉄壁同盟≫他、クランでも特に手練れのパーティーが【封神四家】の屋敷へ、その他のメンバーが街中に広がりつつある魔物たちの対処――といった役割分担となった。
中央区の各地で、彼らの奮戦が始まる――。
「――うわぁああああああッ!?」
「逃げろ! 逃げろぉおおおッ!!」
「おい早く進め!! 邪魔だ!!」
「いやぁあっ!!」
流れる水が太い川へ合流するように、避難民たちは自然、最も素早く移動でき、かつ移動距離も短い大通りから都市外縁へと避難しようとしていた。しかし、一気に集まりすぎた市民たちにより大通りは祭り以上の混雑を極め、避難は遅々として進まない。
一刻も早く避難しようと、後ろの人間が前の人間を押す。あるいは自分だけは助かろうと、邪魔な者を転ばせようとする。そんなことがあらゆる場所で起こり、余計に避難は遅れていく。
パニックによる悪循環が、そこには生まれていた。
そして程なく、そんな状況に火に油を注ぐような出来事が起こる。
「グギャ! グギャギャッ!!」
「ゲッゲッゲッ!!」
【封神殿】より最初に飛び出した、ゴブリンを中心とする低階層の魔物たちが逃げ惑う群集の最後尾に襲いかかったのだ。
後ろから掴まれ、転ばされ、噛みつかれ、棍棒で殴られ、あるいは他の魔物たちに襲われる。
「いやだぁあああッ!? やめてくれぇええッ!!」
「誰かッ!! 助けッ!?」
低階層の雑魚とはいえ、魔物だ。そのほとんどが戦闘ジョブではない市民たちに、抗う術はなかった。群集の最後尾は瞬く間に崩れ、魔物たちはさらにさらにと前へ進み、新たな獲物たちに襲い掛かる。
市民たちのパニックは最高潮に達した。
その瞬間――、
「ゲギャアッ!?」
「ギャガッ!?」
「グゲガッ!!」
市民たちに襲いかかっていたゴブリンたちが、頭上を舞っていた蝙蝠の魔物たちが、他の雑多な魔物たちが、一斉に何かに撃たれたように弾き飛ばされ、そのまま倒れたかと思うと静かに魔力へ還元されていく。
「い、いったい何が……」
「今のって、空から……?」
窮地に一生を得た市民たちは、呆然としながらも空を見上げた。
先ほどの一瞬だけではない。さらに後方から迫り来る魔物たちに向けて、今も、空から流星雨のごとき無数の攻撃が止まることなく降り注いでいたからだ。
「す、すごい……!!」
「あっという間に魔物が減っていくぞッ!?」
それは一つ一つは何てこともない初級の攻撃魔法に過ぎなかった。
火属性魔法――【ファイア・バレット】
風属性魔法――【ウインド・バレット】
火と風の弾丸が絶え間なく降り注ぎ、市民たちに襲いかかる魔物を駆逐していく。
一撃できっちり魔物を一体仕留める威力、絶え間なく連射され続ける発動速度。どちらを取っても非常に高いレベルにあるが、真に驚くべきは、その精密射撃だった。
群集の中に襲いかかるゴブリンや蝙蝠などの小さな魔物を、市民たちを傷つけることなく正確に射貫いていく。
そんな離れ業を実現してのけた者たちは――空に浮かんでいた。
『皆さん!! ご覧の通り、魔物はわたくしたちが駆除いたしますわ! ですから安心して、落ち着いて避難なさってくださいまし!!』
風魔法で拡声された女性の声が、大通り中に響き渡る。
そこにいたのは、ローブを風に靡かせた六人の女性。
地面に向けて斜めに構えた長杖を右手で握り、両足を乗せてバランスを取り、空中に静止している。杖の下部からはそれぞれに火と風が噴射されており、その反作用で空中に浮かんでいるらしいのが見ている者たちには分かった。
だが。
「飛行魔法……!!」
「マジかよ、すげぇ!!」
魔法によって飛行することは、とても難易度の高い技術だ。特にその場に静止するには、ただ飛ぶ以上の技術が要求される。そのことを知る一部の者たちは、状況も忘れ、宙に浮かぶ彼女たちに視線が釘付けとなった。
「あれは、誰なんだ……ッ!?」
と、誰かが誰何する。
「俺は知ってるぜ! あれは探索者パーティー≪火力こそ全て≫だ!!」
と、誰かが答えた。
「≪火力こそ全て≫……?」
戸惑い。ずいぶんと脳筋なパーティー名であると。
「≪火力こそ全て≫……!!」
それから理解。何て頼もしいパーティー名なんだと。
「うぉおおおおおおッ!! ≪火力こそ全て≫!!」
そして――歓声。自分たちの救世主へ向けて。
クラン≪木剣道≫所属、≪火力こそ全て≫――――降臨である。
その脳筋じみたパーティー名とは裏腹に、美しい女性たちで構成された六人パーティーは、斜めにした長杖に乗ったまま、左手に握った
飛行魔法を制御しながらの、絶え間ない精密射撃。
火魔法と風魔法の複合による、大大大火力によるゴリ押しを得意としていた頃の彼女たちは、もういない。
毎日長時間、数ヵ月も魔法の刃で木剣を作らされたり、クソみたいな魔力導通性のトレント杖の使用を強制されたり、全裸の悪魔と命を懸けた殺し合いを何度も経験した彼女たちは、凄まじい成長を遂げていたのだ。
脳筋ゴリ押し戦法一辺倒ではなく、超絶技巧派な魔法使いたちへと。
「クレアちゃーん!! ありがとー!!」
「助かったぜー!!」
「すげぇぞ、≪火力こそ全て≫!!」
「がんばえーっ!!」
彼女たちの眼下、大通りを進む市民たちが感謝の声を上げながら避難していく。
油断なく、次々と現れる魔物どもを精密射撃で屠りながらも、パーティーリーダーたるクレアはニマァっと笑みを浮かべた。
「ふふんっ! たまには人助けも良いですわね!! 何だか熱い視線を幾つも感じますわぁ!!」
満更でもない。実に満更でもない。
ドヤヤっとクレアは胸を張った。
それに同意するように、パーティーメンバーたちも声をあげる。
「これでー、私たちも有名人の仲間入りだねー」
「フィオナとか、グレンとか、乙女団のせいでウチらの知名度低かったもんね」
「いっぱいファンとか出来ちゃうんじゃない!?」
きゃっきゃっと姦しく会話しながらも、短杖から撃ち出す弾丸の数は減らない。
この程度、彼女たちにとってはまだまだ苦戦するほどでもなかったのだ。
そんな彼女たちの素晴らしい腕前に、群集たちは熱い感謝の視線と尊敬の眼差しと、それから色々何かこう、とにかく熱い眼差しを送って通りすぎていく。
「(白……白……純潔の白ッ!!)」
「(!? ……水玉、か。さすがだ……!!)」
「(あれは、馬鹿な……黒のレースだというのかッ!?)」
「(!?!?!? 赤……情熱の赤の……てぃてぃてぃッ、Tバックだとうッ!?)」
「おかーさん、クレアちゃんたち、パンツみえてるよ?」
「シッ! 黙ってなさい!」
この日、≪火力こそ全て≫に助けられた多くの市民たちが彼女たちのファンになった。図らずも、メンバーの一人が口にした言葉が現実になった形だ。
なお、大通りを行く避難民たちの中でも妙に男どもの熱い視線を集めていた理由は、ローブの下がスカートであった事と関係があるのかは定かではない。
しかしこの日を境に、クレアは『情熱』の二つ名を冠されることになる……。
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