第61話 「もらったわッ!!」


 10本を超えるオーラソードと幾撃もの【フライング・スラッシュ】が俺へと殺到した。


 技後の僅かな硬直を捉えた完璧なタイミング。


 俺は動けず、回避することもできない――が、


「――――ッ!」


 防御することは可能だ。


 我流戦技――【気鎧】


 全身にオーラの鎧を展開し、容赦なく叩きつけられたフィオナの攻撃を防いだ。


 今の俺は自分の体を動かすよりも、オーラの方が速く動かすことができるからな。肉体は動かずとも、動作を必要としない戦技なら一瞬で発動することが可能だ。


 しかし。


 分厚いオーラの鎧で受け止めた幾つもの攻撃は、思いの外、重かった。衝撃によって吹き飛ばされそうになるのを堪えながら、フィオナの気配を探る――と。


(――後ろッ!!)


【フライング・スラッシュ】の着弾から一秒すら経ってはいない。


 そんな一瞬とも言うべき極短時間の間に、フィオナは俺の背後、さらに至近へと移動していた。


【縮地】を持たないフィオナでは、本来不可能なほどの移動速度。おそらくは【剣の舞】で高めた攻撃力を、【神捧の舞】で身体能力上昇のバフへと変換したのだろう。


 ようやく――と言うべきか、技後の硬直が解けた俺は右足を軸に半回転し、同時、背後を薙ぎ払うように黒耀を振るった。


 そして想像通り、その攻撃が途中で受け止められる。


 至近にいたフィオナが右手の黒耀で受け止めていたのだ。


 ジョブ性能による身体能力の差があるとはいえ、勢いの乗ったこちらの一撃を右手一本で受け止めてみせたのは、【神捧の舞】で身体能力が強化されたのと、黒耀を覆う【オーラ・ブレード】の練度が非常に高いからだろう。


 そうでもなければ、受け止めた黒耀ごと、断ち斬る程度には、俺の一撃は鋭かったはずだ。


【オーラ・ブレード】はここ三ヶ月、木剣製作で使い込んでいたスキルだから、いまやフィオナにとって最も熟練したスキルになっている。


「――もらったわッ!!」


 そしてフィオナの左腕。


 もう片方の黒耀の切っ先がこちらを向いており、大量のオーラが宿って、今のフィオナの心情を表すかのように煌々と光輝いていた。


 フィオナは獰猛に、けれど何処か楽しそうな笑みを浮かべている。


 俺に一太刀浴びせられることが嬉しいのだろう。いや、まともに喰らったら普通に死にそうな威力の攻撃ではあるが。


「――残念ッ!」


 だが甘い。


 フィオナが左の黒耀を躊躇いもなく突き出すのと同時、俺はそう叫んだ。


 我流剣技――【化勁刃】


 拮抗するフィオナの剣と接する場所に、俺はオーラを集束し、その性質を変化させた。


 瞬間、身体能力が強化されたフィオナでさえも耐えきれないほどの、強烈な反発力が剣と剣の間に生じる。


「くッ――!?」


 フィオナは弾き飛ばされそうになる剣から、手を離さなかった。


 自然、体ごと吹き飛ばそうとする反発力を逃がすため、追撃を中断し、地面を蹴って距離を取ることになる。


 一足で数メートルも跳んだフィオナの足が着地する寸前、俺はさらにその場で剣を一閃した。


 虚空を掻いた剣線からオーラの刃が飛び出し、体勢の整わぬフィオナへ飛翔する。


「これくらいッ!!」


 体勢は整っていないとはいえ、オーラの制御は揺らいでいなかったらしい。


 自らへ向かって来るオーラの刃へ、フィオナは左の黒耀を下から掬い上げるように振るった。


 ――【パリィ】


「なッ!?」


 だが、【パリィ】を発動したフィオナの顔が、驚愕に染まる。


 攻撃をいなすための剣技スキルは、しかし、その効果を十全には発揮しなかった。


 我流剣技【連刃】――変化【牢連刃】


 フィオナの剣が触れた瞬間、オーラの刃は無数の欠片へと砕け散る。


 しかしそれは、技が破られたことを意味しない。単なる【飛刃】と見せ掛けて放ったのは【連刃】の集合体であり、剣が触れた瞬間に結合を解いただけだ。


 解き放たれた無数の刃は、フィオナを捕らえる牢のように、その周囲を巡りながら包囲した。


「――ちゃんと避けろよ?」


 俺はすでに次の技を準備しながら、そう告げた。


 直後、フィオナを包囲させた【連刃】を一斉に動かす。


 無数の刃は包囲の中心たるフィオナへ向かって、瞬時に殺到した。


「――――ッ!!」


 今のフィオナには、全方位からの攻撃を一度に防ぐ術はない。となれば、残された選択肢は回避することしかなかった。


 そして回避できる場所は四方のいずれにも存在しない。


 よって当然――、


「フィオナ! ちゃんと避けろよッ!?」


「ちょ――ッ!?」


【スピード・ステップ】を発動して上空へ跳躍したフィオナへ向かって、俺は三度、剣を振るった。


 我流剣技【轟刃】、【飛刃】――合技【轟飛刃】が変化【飛刃・隼】


 僅かに弧を描き、それぞれの軌道で飛翔した三本の刃が、パパパンッ! と破裂音を連ならせ、目視も叶わぬ速度に加速した。


 全く別々の方向から襲いかかる三本の刃。


 そしてフィオナがいるのは空中。


 刃を防ごうにも、それが可能なほど生易しい攻撃ではなかった。運良く防げたとしても二本が限界だろう。


 ゆえに――、


「舐、めるなぁッ!!」


 選択すべきは回避。


 フィオナは虚空を蹴りつけ、空中で自らの軌道を変えた。三本の【飛刃・隼】は、一瞬前までフィオナがいた場所を空しく通りすぎた。


 フィオナは未だ、【空歩】を再現できてはいない。


 しかし、俺と違って様々なスキルを修得しているフィオナが、俺と同じように【空歩】に拘る必要はない。


 フィオナは【ダンシング・オーラソード】で生み出したオーラの剣を足元に移動し、それを【スピード・ステップ】を発動した足で蹴りつけることによって、オーラ同士の反発力を利用し、空中で移動したのだ。


 とはいえ、これは言うほど簡単なことではない。


 咄嗟にオーラソードを足場とするには、オーラの操作速度、制御力、共に高いレベルになければ不可能だ。オーラソードを素早く足元に移動できなければ足場にはできないし、制御力が甘ければ十分な反発力を得る前に砕けてしまう。


 フィオナはこれらの条件を見事にクリアし、空中での移動法を修得してみせた。


「お、ちゃんと出来てるな」


【飛刃・隼】を回避したフィオナを目で追いながら、思わず満足げに呟いてしまう。


 弟子の成長というのは嬉しいものだ。自分の教えが間違っていなかったことを確認できるからな。やはり木剣は最高だぜ。


 これならば、フィオナも46層以降――「天空階層」で不意に浮島から落下しても、自分で何とかできるだろう。


 何だか楽しくなってきた俺は、さらにさらに剣を振るう。


「くッ!?」


 地面へ着地しようとしたフィオナの動きを邪魔するように【飛刃】を飛ばした。


 咄嗟にオーラソードを蹴って再度空中で跳躍したフィオナに、幾本もの【飛刃】を放って絶え間なく追撃する。


「どうしたどうしたぁ!? 反撃しねぇと勝てねぇぞ!?」


「調子に、乗らないでよッ!!」


 空中で何度も跳躍を繰り返しながら、俺の【飛刃】を回避し、フィオナは時折【フライング・スラッシュ】で反撃してくる。


 それを回避しながら、ふと思いついた俺は、この立ち合いに一つ、ルールを追加してみることにした。


 というのも、空中での移動手段を確保しただけでは片手落ちだ。


 空中戦を問題なくこなせるようにならなければ、「天空階層」は踏破できないだろう。なので――、


「フィオナ! ルール追加だ!!」


「何よッ!?」


 黒耀に次々とオーラを流し込みながら、俺は次々とオーラソードを生成し、空中へ放っていく。その数は数十を超え、百に近いだろう。


 黒耀から生み出される無数の【飛操剣】は、端から見れば、風に煽られた紙束がバラバラになって宙へ舞うようにも見えたはずだ。


 数秒で生み出した大量のオーラソードを、俺は訓練場の空中へと満遍なく配置した。


 そうしながらも生み出したオーラソードの一部を使って、フィオナが着地しないように邪魔し続けている。


 ともかく――オーラソードを配置し終わった段階で、俺は地面を蹴って跳躍した。


 我流戦技――【瞬迅】


「――!?」


 一瞬で、フィオナのそばに浮かべたオーラソードまで移動し、天地逆さに着地する。


 足を着けてもオーラソードをその場から動かさない技量があれば、移動のための一瞬の足場ではなく、短時間だが壁や天井のように足を着けておくことが可能だ。


 逆さのままに向かい合ったフィオナへ剣を振るいながら、俺は言った。


「今から、地面に足が着いた方が負けだ!!」


 双剣を交差して受け止め、けれど空中のため踏ん張りの利かないフィオナは吹き飛ばされる。


 しかしすぐにオーラソードを足場として跳躍を繰り返し、剣を振るい反撃してきた。


「――上等よ!!」


 面白い、とでも言うように獰猛な笑みを浮かべ、フィオナが叫んだ。


 そして俺たちの戦いは空中戦へと移行していく。



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