第46話 「部屋に、入って良い?」


 ――噂の≪極剣≫が俺だったかもしれない。


 イオの発言により、驚愕の真実に気づいた俺は、チラリとエヴァ嬢に視線を送りつつも高速で思考を回転させた。


 ジューダス君が名を騙っていた≪極剣≫とは、どうやら「去年のスタンピードで「核」となっていた魔物を倒した者」であるらしい。


 しかも「核」の魔物は皇炎龍イグニトールだったとか。


 つまり、去年のスタンピードでイグニトールを倒した奴が≪極剣≫の正体ということになる。


 もしもその話が本当であるならば……噂の≪極剣≫は俺ってことになるのだが?


 色んな新事実が一気に判明して、いったい何が何やらだ。そもそも俺はイグニトールが「核」だったことすら知らなかったのだ。


 スタンピードの「核」とは言っても、その魔物が「核」であるというはっきりとした特徴はない。単にスタンピードという大きな現象の中で、魔物を地上へと追いたてる最も大きな要因となる魔物を、便宜上「核」と呼んでいるだけだからだ。


 大抵は出現した魔物の中で一番強い奴がその役割を担うので、俺も薄々とイグニトールが「核」だったのではないかと思ってはいた。しかし、確証はなかったのだ。


 イグニトールが「私が核です」と書いた木の板でも頭上に掲げてくれていれば、悩む必要はなかったのだが、残念ながら「核」の魔物が「核」であると自己主張してくれることは皆無なため、俺は今まで自分が倒した魔物が「核」であったと確信はしていなかったのである。


 何しろ、去年のスタンピードではイグニトールよりも強い魔物がいたからな。あいつが出現する階層を考えれば、俺の知らない他の場所にもそれくらいの魔物が現れていた可能性はあった。


 まあ、そもそも≪極剣≫とやらの存在についても知らなかったため、イグニトールが「核」であったことを知っていても自分が≪極剣≫だとは気づかなかっただろうが。


 実際、スタンピード以後、俺はギルドにあんまり顔を出していなかったから、噂を聞く機会も少なかっただろう。関わりのある探索者と言えば、俺の自宅を探し出して凸して来たフィオナくらいなものだったしな。


 しかし、問題は俺が≪極剣≫であったこと……などではない。


 正直、俺が≪極剣≫と呼ばれていようが、世紀の巨匠と呼ばれていようが、天才木剣職人と呼ばれていようが、どうでも良いことなのだ。だからどうした? という類いの話だ。


(うーむ……)


 ちらりちらりとエヴァ嬢やイオに然り気無く視線を向けながら、内心で唸る。


 問題は……俺が≪極剣≫かもしれないと打ち明けるべきかどうか、だ。


 たった今、≪極剣≫ではないと否定したばかりなのに? いやぁ、それって何か……アレじゃない? ちょっと、ねぇ? 恥ずかしいって言うか、今さら自分から言うのもねぇ?


 だいたいエヴァ嬢の話からすると、彼女は≪極剣≫を何人かの集団だと思っているようだし、その戦力に多大なる期待をしているようだった。


 それを実は、≪極剣≫は俺一人なんですよ、仲間なんていないんですよ、他に戦力を期待していたみたいですけど、すでに俺がクランに所属している以上、≪極剣≫関連でこれ以上戦力が増えることなんてありませんよ――などと、言えるだろうか?


 エヴァ嬢が落胆するだろうことは、火を見るよりも明らかだ。


 ならば……俺は黙っていよう。


 真実を知ることばかりが、良い事ではないはずだ。時には優しい嘘を吐くことも思いやりなのである。いや、嘘は吐かないけど。どうでも良い真実を、敢えて言わないだけだ。


「――というわけで、アーロンさんも今日は当家に泊まっていてください。「大発生」への対応協議も、明日には纏まるはずですから」


「え? あ、うん」


 急に話しかけられて我に返り、何を言われたか分からないままに頷いてしまった。


 慌ててエヴァ嬢の発言を反芻し、確認をとる。


「あー、ここに泊まってれば良いのか? ……何かすることある?」


「いえ、帰ってきたばかりでお疲れでしょうから、ゆっくりしていてくださいな」


「そうか……。じゃあ、お言葉に甘えて、そうさせてもらうか」


「ええ」


 ――というわけで、この日はキルケーさんにご厄介になることになった。



 ●◯●



 ――コンコンコンッ。


 キルケーさん家で豪勢な夕飯をご馳走になり、アホほど広い風呂で汗を流して、宛がわれた客室でそろそろ眠りに就こうかと考え始めた頃、部屋のドアがノックされ、その向こうから声が届けられた。


「アーロン、少し話があるんだけど……良い?」


「…………」


 一瞬、声の主が誰だか分からず怪訝な眼差しでドアを睨んでしまった。


 それからようやく、声と記憶の中の人物が一致する。


「……フィオナか?」


「そうよ」


 何と珍しい。こいつが俺を名前で呼ぶなんて。


 それだけで何やら深刻な事態だと思われた。


 厄介事でなければ良いが、と思いつつ、部屋のドアを開ける。


 廊下には神妙な顔をしたフィオナが立っていた。風呂に入った後なのか、いつも見慣れている服装ではなかった。薄手のネグリジェにガウンを羽織っており、髪型もポニーテールではなく、なぜか三つ編みにしている。寝るときはそういう髪型にしているのだろうか?


「どうした?」


「部屋に、入って良い?」


 質問には答えず、どこか硬い表情で逆に確認される。


 これでも勘は鋭い方だ。俺はこの時点で、フィオナの用件が何であるか、ほぼほぼ確信に至っていた。


「……ああ、良いぞ?」


「ありがと」


「…………」


 いつもに比べてやけにしおらしい態度。これはもう、確定だろ。


 フィオナを部屋の中に招いて、ドアをしっかりと閉める。キルケー家では夜でも使用人が働いていたりするからな。……声を聞かれたら、フィオナも恥ずかしいだろう。


「まあ、座れよ」


 ともかく、フィオナを客室に備え付けてある椅子に座らせた。


 この屋敷には本当に必要か? と思うほどたくさんの客室があるが、その全てがそこそこに広く、家具や調度品もしっかりと置かれている。室内には窓際にテーブルが一つと椅子が二脚備え付けてあったため、その片方にフィオナを座らせ、対面に俺が座った。


「…………」


 まだ覚悟が決まらないのか、躊躇うように沈黙したままのフィオナ。窓から差し込む月明かりが、フィオナの長い睫毛の影を、白い肌に落としていた。


 白々とした月光に照らされているからか、それとも妙に静かな態度のせいか、いつもとは違っておしとやかそうな女性に見える。


 フィオナがここに来た目的を考えれば、自分から切り出しづらい気持ちも分からんではない。俺は内心で仕方ない、とため息を吐き、こちらから聞いてやることにした。


「それで、フィオナ」


「うん」


 子供のように頷くばかりのフィオナに、できるだけ優しい口調を心がけて、聞いた。



「――幾ら、貸して欲しいんだ……?」



 普段は煩くて生意気な奴が急に神妙な表情になって訪ねて来る。


 これと同じシュチエーションを、俺は何度も経験したことがある。リオンをはじめ、≪栄光の剣≫の面々だ。あいつら稼いでたくせにたまに金欠になっては俺に金を借りに来ていたからな。昔は貯金という概念を知らないアホどもだったので、装備の更新や探索の失敗などが重なると、あっさりと金欠に陥っていたものだ。


 その時は俺もムカついて喧嘩になったりもしたが、今となっては良い思い出である。


 俺は昔を懐かしみながら、フィオナに生温かい視線を向けた。


「……違うわよ」


 しかし、フィオナはジト目となってこちらを睨んできた。


「アンタは私を何だと思ってるのよ」


「え? 金を借りに来たんじゃないのか?」


 絶対にそうだと確信していたのだが。


 だからドアだってちゃんと閉めたしな。金を無心しているところを他人に聞かれたくはないだろうという、俺の心遣いだったのだが……。


 マジ? 違うの? じゃあ何の用で来たんだよ。


 目を丸くして見つめる俺に、フィオナは深いため息を吐いた。それから顔を上げると、真剣な表情となって言う。


「アンタに、頼みがあるの」


「……やっぱり、金か?」


「だから違うわよっ!」


 ふむ、金を貸して欲しいわけではない、と。


「じゃあ、何だよ?」


 そう聞いた俺に、フィオナは僅かに俯いて恥ずかしそうな顔をした。月光に照らされた頬が、赤く上気している。


 それでも何か決意を秘めたような眼差しで、こちらを見つめてきた。


「…………して、ほしいの」


「は?」


 声は呟くような音量で、良く聞こえなかった。


 思わず聞き返した俺に、「だからっ」と続ける。


 フィオナは椅子から立ち上がり、テーブルに手をついて前に乗り出すようにしながら、捲し立てるように言った。



「――私を、強くしてほしいのッ!!」



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