第22話 「最強の守護者」


 31層へ辿り着いた後、再び3日間の休日を挟んで三度目の探索となった。


 今回も2日間で41層まで向かうつもりだ。


 そして探索一日目。


 31層から35層までは通称「廃都階層」と呼ばれる場所で、廃れた都市のような場所を延々と探索することになる。


 ただし、都市といっても人間の都市ではない。


 ――巨人ジャイアントの都市だ。


 巨人とは現生人類以前に地上で繁栄していたと伝説に謳われる種族であり、現在では完全に滅んだ種族だ。それがどういうわけか、世界中にある迷宮でも、ここ【神骸迷宮】だけに魔物として出現するようになっている。


 周囲に広がる廃墟の都市も、建物などは全て巨大で、それが人間用に作られた物ではないことが分かる。


 かつて繁栄していた都市の不完全な再現、あるいは誰かの記憶の中の廃墟を映し出したかのような階層。迷宮というのは地下だというのに空があったり、何とも不思議な場所ではあるが、どこか物悲しい廃都階層は妙に生々しく、不思議以前に言い知れない不安さえ覚える。そんな場所だ。


 自分たちが小人にでもなったような気分を味わいながら、巨人たちの廃棄都市の中を歩く。


 出現する魔物は全て巨人。


 身長が4メートルを超えながら、誰も彼もが隆々とした筋肉に鎧われている巨人ども。その戦い方は、人型だけはあって、俺たちのような人間とほとんど変わりはない。


 つまり武器による近接、遠距離攻撃と、魔法による攻撃だ。


 奴らは知能も人間と遜色なく、俺たちのように複数で連携し襲って来ることも多い。あるいは巨大な建物の上や曲がり角から奇襲して来ることさえある。


 ただの蹴りや拳打が、武器による叩きつけが、初級魔法ですら、巨人のサイズから繰り出されれば必殺の一撃となる。


 このレベルの敵が相手となると、さすがに≪鉄壁同盟≫も【封神四家】の四人を守ることに忙しくなる――かと思えば、そうでもなかった。


≪迷宮踏破隊≫の面々にとっては、ここはすでに通りすぎた階層だ。


 道中に出現する巨人どもを倒すことくらい、何の問題もない。おまけに、エヴァからの指示でこの階層からは≪鉄壁同盟≫以外の五人全員で戦うことになったので、尚更だ。はっきり言ってこの面子で苦戦するはずもない。


 まあ、だからこそ、最初は今まで通りに一人一人交代で戦おうとしていたのだが、


「ちょッ!? あ、あなたたち、いい加減にしてちょうだい!! きちんと真面目に戦わないと、支援を打ち切るわよッ!?」


 と、エヴァに怒られてしまったのだ。


 どうも、31層という深層で多少ナーバスになっているようだな。


「失礼ね、ちゃんと真面目に戦ってるわよ」

「そんなに心配することはないと思うんだがな」


 だが、俺たちが不真面目にしていると思われるのは心外だ。なので反論したのだが、


「ふ、ふざけないで!! そんなふうに迷宮を舐めてると何時か痛い目をみるわよ!!」

「ちゃ、ちゃんと戦ってくださいよぉッ!! わ、私たちが襲われちゃったら、ど、どうするんですかぁ……ッ!?」


 なぜかエヴァが探索者である俺たちに迷宮の心得を説き、クロエ・カドゥケウスが涙ながらに訴えた。


 別に迷宮を舐めてなどいないし、俺もフィオナも普段はソロなので、むしろ一人で戦うのが普通なのだが。


「仕方ない。ここはお嬢たちの我が儘を受け入れて、我々全員で戦うことにしようじゃないか」

「雇い主の意向は無視できないからね」

「……お前ら、あまり嬢ちゃんらをからかってやるなよ」


 ローガンとイオがやれやれと仕方なさそうに肩を竦め、エイルがちゃっかりと俺たちを諫める側に立つ。いるんだよな、こういう自分のことは棚に上げて常識人ぶる奴。


 どうもこの中でマトモなのは俺だけらしい。


 ともかく、こういった経緯で俺、フィオナ、ローガン、イオ、エイルの五人で戦うことになった。


 ローガンたち三人は元々パーティーを組んでいたからともかく、俺とフィオナはソロだ。以心伝心で連携する、というわけにはいかなかったが、そもそも連携する必要すらない。


 現れる巨人たちを各人で蹂躙しながら、巨大な都市の中を進む。


 そしてその日の内に35層に到達した。


 守護者がいるのは、どこか【封神殿】を彷彿とさせる丸屋根の巨大な宮殿の中だ。


 扉を開けて中に入ると、そこは最奥に玉座のある、謁見の間のような広間。


 玉座に座り待ち構えていた守護者は、道中に出現する巨人と比べても一際に大きい。身長10メートル近くあり、全身に刺青を入れている。禿頭で筋骨隆々、惜しげもなく肌を晒しており、急所だけを軽鎧で覆った姿。武器を持たず素手だ。


 だが、もちろん侮ることなどできない相手。それは巨人の目を見れば分かる。


 金色の瞳が傲然と、侵入者たる俺たちを見下ろしていた。


 目の前の巨人は迷宮によって「再現」された偽者に過ぎないが、この巨人たちの都市を含めて、かつて地上に実在した存在が基になっていることが分かっている。


 ――巨人王ノルド。


 それがこの階層の守護者の名前であり、かつて太古の世界で地上に君臨していた巨人たちの王。その伝説的な活躍と勇名は、今の時代にも語り継がれているほどだ。


 そしてノルドの金色の瞳は、【封神四家】の金色の瞳と同じく、神の血を引く存在であることを示している。


 かと言って、ノルドが空間魔法を使うわけではない。


 半神半人としてノルドが持つ力は、巨人としてさえ桁外れに頑強な肉体と、膨大な魔力。そして雷鳴魔法だ。


 伝承によっては「雷神ノルド」と呼ばれることもあるほどの、力ある存在。


 本人とは比べようもないほど弱体化しているにせよ、その能力や技術の全てが「再現」されているわけではないにせよ、なおも圧倒的な力を持つことに変わりはない。


 俺たちが近づくと、ノルドも悠然と玉座から立ち上がった。


「……皆、気を引き締めていこう」

「「「了解」」」


 ガロンが静かに≪鉄壁同盟≫の仲間たちに注意を促す。


 ノルドの雷鳴魔法がエヴァたちに放たれたら、その前に立って守るのはガロンたちだ。すでにこの階層を突破している彼らにしても、ノルドの攻撃を防ぎ切るのは容易ではない。そして実際に、ノルドの攻撃を防ぐ機会があると考えているのだろう。だからこその緊張。きっと激戦になるとの予感。


 雷鳴魔法は回避することすら難しく、ノルドの皮膚にはオーラが巡り、下手な金属鎧などよりも余程に頑強。おまけにその生命力は凄まじく、四肢が吹き飛んだ程度なら、戦闘中に再生してしまうという化け物ぶりだ。


 マトモに戦ってノルドに勝利できる探索者は、そう多くないだろう。


 それゆえ、ノルドと戦ったことのある探索者たちの一部は、ノルドのことをこう呼ぶ。


 曰く――【神骸迷宮】最強の守護者、と。




「――――憐れで愚かな、矮小なる虫ケラどもよ、かかって来るが良い。我が相手をしてやろッ!?」




 ノルドが俺たちを睥睨し、その口から傲岸不遜なセリフを吐いた。


 その途中、言葉が切れる。


 ノルドの胴体が両断され、その首がハネられ、頭部が床に落下する途中に爆炎に包まれて木っ端微塵に弾け飛んだ。


 何が起こったかというと、俺の【飛閃刃】が胴体を両断し、ローガンの【飛龍断】が首を断ち、イオの火炎魔法が頭部を爆散させたのだ。


「え、えぇ……」

「「「…………」」」


 覚悟を決めて身構えていたガロンたちが、夢でも見ているかのように呆然とし、ゆるゆると構えを解いた。


 マトモに戦ってノルドに勝利できる探索者は、そう多くない。


 だが、ノルドとマトモに戦う探索者も、そう多くない。


 迷宮の守護者としての巨人王ノルドには、ある致命的な弱点があった。


 奴は最初の攻撃を避けない。真正面から攻撃を受け、自慢の肉体で弾き返して探索者を絶望させる。自らの絶対的な力の誇示。なぜかは分からないが、必ずそういった行動を取る。


 だから最初の攻撃だけは、探索者は溜めの大きい大技を放てるし、しかも必ず命中するのだ。


 最初の攻撃で倒し切ることができるなら、ノルドは脅威ではない。


 倒し切ることができなくても、戦闘に支障が出るような深傷を負わせれば、その後に勝利することも難しくない。


 そして結果は御覧の通りだ。


「毎回思うが、さすがに馬鹿すぎないか?」


 残心を解いて、呆れながら俺は言う。


「アーロン君はそう言うがね、最初の攻撃でノルドを倒し切れる探索者は多くはないよ。そして最初で倒し切れなければ、私たちでさえ手こずるだろうね」


「それは分かるけどよ」


 イオの意見に同意しつつも、この微妙な気分は拭えない。


 マトモに戦うと、ノルドは40層の守護者よりも強いと言われている。実はノルドこそが【神骸迷宮】において、最強の守護者なんじゃないかと言う探索者もいるほどだ。


 最初の攻撃で倒せなければ、どんな深傷であっても時間経過と共に徐々にダメージは回復し、雷鳴魔法が謁見の広間中に荒れ狂う。そうなったノルド相手には、何もできずに全滅したパーティーも多いと聞くが……。


 だが、倒せる者にとっては【神骸迷宮】の守護者で最弱なんじゃなかろうか。


 いや、さすがにそれは言い過ぎにしても、それほどに評価が二分する守護者であるのは事実だ。


「ぼ、僕たちが倒した時の、あの苦労はいったい……?」

「リーダー……気を強く持とう」


 ガロンが焦点の合わない瞳で何かを呟き、仲間たちが労るように声をかけていた。


 彼らはノルドを倒す時に苦労した口なのかもしれない。


 ちなみに攻撃に参加しなかったフィオナとエイルだが、


「くやしいけど、私とは相性が悪いわね……」

「俺も図体がデカイ相手はちょっとなぁ……」


 フィオナは最大攻撃力を発揮するためには準備に時間が掛かるし、エイルも巨大な相手に大ダメージを与えるようなスキルを持たないため、ノルドとは相性が悪いらしい。


 今回は俺とローガンとイオの三人だけで攻撃したが、通常(?)は、パーティーまたはレイドの全員で一斉に攻撃を放つのがお決まりの攻略法だ。


 集めたメンバーの攻撃力が十分であれば、何の苦労もなく倒せるだろう。


 どうもガロンたちは違ったみたいだが……。


 まあ、何はともあれ、35層突破だ。



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