第19話 「大丈夫なの、これ?」
リオンと飲みに行った日から、さらに一週間が経過した日、俺は【神骸迷宮】への入り口がある【封神殿】にいた。
これから迷宮へ潜るのはいつもと同じだが、今回からはソロでの探索行ではない。しばらくの間、パーティーを組んで1層から順に45層まで進むことになる。しかも四人の護衛対象を抱えながら、だ。
言うまでもなく、かなりハードな道程になるだろう。
そのため、集まっている探索者たちはいずれもネクロニアで有名な者たちばかりで、これから迷宮に潜ろうとしている他の探索者たちから何事かと注目を集めていた。
「あれってまさか、剣聖?」
「賢者に隠者もいるぞ」
「うおっ、≪鉄壁同盟≫じゃん! 格好いいな!」
「剣舞姫……初めてこんな近くで見た……」
「もう一人いるおっさんは誰?」
「さあ……? でも、他のメンバーからして≪迷宮踏破隊≫の人じゃない?」
「な、なぁ、あっちの人たちってもしかして、【封神四家】の方々じゃないか……?」
「え? マジだ……。何でそんな人たちがここに?」
耳を澄ませば俺たちが≪迷宮踏破隊≫だと察している者たちも多いようだ。遠巻きにこちらを眺めながら声を交わし、少しうるさいくらいのざわめきを生じさせていた。
俺たちがいるのは【封神殿】の内部。
【封神殿】は巨大な柱が幾柱も円状に並んだ上に、ドーム状の屋根がある構造だ。ただし、その規模は建造物としては凄まじく巨大で、柱が描く円は直径300メートルはある。
その内部では鏡面のように磨かれた継ぎ目のない床が広がる。
大理石のような質感の床だが、それが本当はどんな材質なのか、知る者はいない。少なくとも大理石ではないことは確かだな。
そして、【封神殿】内部の中央には【神骸迷宮】への入り口がある。
その見た目は直径50メートルの円形に穿たれた巨大な縦穴だ。穴の壁面に沿うように螺旋状の階段が築かれており、1層へ降りる者はこの階段を下って行かなければならない。
上から穴の底を見下ろすと、途中に複雑精緻な魔法陣が縦穴を塞ぐように展開されているのが見える。これこそが【封神殿】と【封神四家】によって維持されている神代の結界であり、この結界を魔物が通り抜けることは決してできない。
ただし、魔物以外は通過することが可能だ。
迷宮の正式な出入り口は、この巨大な縦穴だが、ここ以外でも迷宮へ出入りする方法がある。それが転移陣であり、【封神殿】内部の床、縦穴の東側と西側に設置された魔法陣がそれだ。
東側の転移陣が迷宮内部へ転移するもので、西側の転移陣が迷宮から外へ帰還するためのものだ。
転移陣を使えば縦穴の長い階段を下りていく必要はないが、今日ばかりはそういうわけにもいかない。なぜなら転移陣は転移先となる迷宮内の転移陣に使用者登録をしなければ転移できないからだ。
今はまだ、6層の転移陣にすら登録していない者がいるため、転移陣は使えない。
「さて、皆、準備は良いかな?」
「「「おう!」」」
「「「大丈夫です!」」」
集まった探索者たちと護衛対象たちを見回して、そう確認したのはローガンだ。
俺を含めた探索者たちは、それぞれにローガンの問いに頷いたり返事をしたりした。
ちなみに今回の探索行のために集められた≪迷宮踏破隊≫の探索者たちは、以下の通り。
≪剣聖≫ローガン・エイブラムス。
≪賢者≫イオ・スレイマン。
≪隠者≫エイル・ハーミット。
この三人はかつてパーティーを組んでいた者たちで、45層を初めて攻略し、46層に到達した伝説の探索者たちだ。三人ともが四十代半ばほどの年齢だが、加齢による衰えは見られない。
イオは空間属性を除いた全ての属性魔法を操れる固有ジョブ『賢者』に就いている男で、金糸で刺繍の入った白いローブに、聖樹の杖と呼ばれる長杖を握っている。穏和な顔立ちの優しげな男に見える。
エイルは『隠者』と呼ばれる斥候、暗殺などの技術に優れた固有ジョブを持つ男で、黒い装束に身を包んでいた。肌は日に焼けており、刈り上げた短髪には白いものが混じって灰色に見える。ローガンとイオよりも外見的には年上に見えるのだが、肉体は鋼のように鍛え抜かれているのが服の上からでも分かった。
ローガンたちのかつてのパーティーは、更に三人いて計六人パーティーだったのだが、45層の守護者戦で三人が死亡している。それがローガンたちが現役を引退していた理由でもある。
探索者はローガンたち以外で、残り八名。その内二人は俺とフィオナだ。
他六人はパーティーで活動していた最上級探索者たちで、≪鉄壁同盟≫というパーティー。≪迷宮踏破隊≫でも数少ない40層を突破したパーティーで、内三人が盾士系の固有ジョブという、一風変わった編成をしている。
道中、彼ら≪鉄壁同盟≫には護衛対象の守りに専念してもらい、ローガン以下俺たち五名が主に魔物を倒して先に進む予定だ。
ちなみに≪鉄壁同盟≫のリーダーはガロン・ガスタークという男で、彼だけは俺と同年代だ。他のメンバーはフィオナと同じで二十代前半。男が四人に女が二人。
これら11人の探索者たちで、これから四人の護衛対象を守りながら45層を目指すことになる。
――で、肝心の護衛対象だが。
「やれやれ、期待されているとはいえ、このような穴ぐらに潜らないといけないとは……辛いね」
銀色の髪をさらりと掻き上げて、貴公子然とした優男が気だるそうにぼやく。
カイル・アロン。年齢は18歳。アロン家の四男で、放蕩息子としてネクロニアでは評判の青年だ。
「わ、わわ、私、死にたくないですぅ……! 行きたくないですぅ……!」
目に涙を浮かべて怖じ気づいているのは、十六歳の少女でクロエ・カドゥケウス。長い黒髪を一本の三つ編みに纏め、さらに眼鏡をかけているからか、外見からして大人しそうな雰囲気が漂う。
元々はカドゥケウス家の分家の出自だったそうだが、【封神四家】の血が濃く出たために養子として本家に迎えられたらしい。
「迷宮に潜るのは父上に禁止されていたからな。ようやく魔物と戦うことができるかと思うと……血が滾るッ!!」
護衛対象のくせになぜか戦う気満々なのが、ライアン・グリダヴォル。十七歳。
刈り上げた赤髪も暑苦しい、大柄な少年だ。グリダヴォル家の三男坊。神代から続く魔法使いの家系なのに、なぜか剣技に傾倒しているという愉快な少年でもある。
「ライアン君、私たちは護衛対象なのですから、自分から戦おうとしてはいけません。46層に辿り着くまで、余計なことをしないで守られるのが私たちの仕事です」
「だがッ、エヴァさん! それでは戦えないぞッ!?」
「戦わないでください」
頭痛を堪えるような表情でライアンに注意しているのは、エヴァ・キルケー。22歳。金髪に金色の瞳をした妖艶なプロポーションの女性だが、今日は不思議と苦労人オーラが漂っているな。
前述した三人もそうだが、今日のエヴァ嬢はドレス姿でもスカート姿でもなく、迷宮を探索するに相応しい装備に身を包んでいた。
とは言っても断じて重装備というわけではなく、動きやすい格好という意味だが。
改めて説明するまでもないが、カイル、クロエ、ライアン、エヴァの四人は【封神四家】の者たちで、その証拠に全員の虹彩が金色をしている。
彼ら四人の術者を46層まで連れていき、新たな転移陣を設置してもらうことが、≪迷宮踏破隊≫に課せられた当面のミッションになる――のだが。
「ちょっとエヴァ、大丈夫なの、これ?」
「私に聞かないで、フィオナ」
非戦闘員を護衛しながら迷宮を探索するなど、さすがのローガンですら経験したことはない。おまけにエヴァを除く【封神四家】の三人を見るに、不安に思うのは俺たち探索者側の総意であったに違いない。
眉間にシワを寄せたフィオナがエヴァに問うが、エヴァも答えは分からないようだ。
「しかし、お嬢。お嬢は良いのかね?」
「何かしら、ローガン?」
ローガンの問いにエヴァが首を傾げた。
「当然だが、今回の転移陣設置の件、キルケー家以外の三家が派遣したのは当主候補ではない者たちだ。我々も全力を尽くすつもりだが、迷宮では万が一ということもある。キルケー家としてもお嬢以外の者を派遣した方が良かったのでは?」
エヴァ以外の三人は、【封神四家】と言えども当主候補ではない者たちだ。言い方は悪いが、死んでも大きな問題がない者たち、ということになる。
対してエヴァは次期当主候補筆頭であり、万が一にも死亡すればキルケー家は一時的に混乱するだろう。
普通に考えて、エヴァが来るべきではない。しかし――、
「今回の転移陣設置の件も≪迷宮踏破隊≫設立の件も、発起人は我がキルケー家だもの。ウチが本気と誠意を見せないわけにはいかないでしょう?」
と、エヴァは答えた。
まあ、実のところ、それ以外にも理由があることなどローガンたちも俺もフィオナも分かっている。今のは他の者たちに聞かせるための問答だ。
それとなく反応を探ってみたが、過敏に反応した者や怪しんでいるような者もいなかった。
こんなことで尻尾を出すわけはない、か。
それとも本当に何も知らない者たちなのか、だ。
「そうか、ならばもう何も言うまい」
と、ローガンは頷いて、
「さて、ではそろそろ出発しよう。今回はとりあえず、3日の行程で21層まで到達することを目的にしている。≪鉄壁同盟≫は【封神四家】の方々の護衛に専念してくれ。魔物は私を含めた他五名で倒す。良いかな」
「「「了解!」」」
≪鉄壁同盟≫のガロンたちが軍人のように頷いて、俺たちは迷宮へ潜ることになった。
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