少女以上、女性未満
「やっぱりあたししかいないって」
少女と言うにはとうがたった、しかし女性と言うには幼い人間が言った。
「ねえ、真くん。どうして殺してくれないの?」
「だからおまえに命懸ける気にならねえんだって」
俺は言い捨てて灰皿にタバコを投げた。
今日は随分と気温が高くて、雲もなくて、腹が立つほど気持ちのいい日だった。灰色がかった病棟の影に、この喫煙所はあって、今は俺と少女と女性の境目の人間しかいなかった。そいつの左の手の甲には点滴の針が刺さっていて、風が吹くとそこから伸びる点滴袋が揺れた。
「でもあたしのこと、割と愛してるでしょ」
「多少は」
「じゃあいいじゃん」
少女と女性の境目は、そう言ってメンソールのタバコを吸う。化粧はしておらず服装も白い入院着で、肌はそれ以上に青白かった。
「でもおまえ死ぬじゃん、割とすぐ」
「まあね」
「死期の分かってる人間殺してもねぇ」
俺が次のタバコに火を付けると、そいつはストレートの長い髪をするりと掻き上げた。
「じゃあ、まずあたしを殺そう。その後で、運命の人を探して殺そう」
「何が『じゃあ』なのか分かんねえ」
「うん」
「何がうんだよ」
「あたしは変な病気に殺されるより、真くんに終わらせて欲しい」
「そんな慈善事業で俺は逮捕されて刑務所行き? 冗談じゃねえ」
「なら早く運命の相手探して殺せば?」
ちょっとむきになった様子でそいつは言った。言葉は薄い唇からぽろぽろとこぼれて平らな胸や凹みすぎた腹を流れて、骨の浮いた膝から熱いアスファルトに落ちる。ぽたぽた。ぽたぽた。そしてそこには何も残らない。
「暑いな。暑いから帰るわ」
「また来る?」
「通夜には行ってやるよ」
タバコを捨てて立ち上がる。少女と女性の境目は何も言わない。
日向に出ると頭皮がじりじりと焼かれるように熱くなった。思わず視線を下げる。
これで最期だろうな。
毎回そう思う。
あいつは少女を卒業し、大人の女性に入学できないまま死ぬのだろう。
デイルームにいるあいつはいつも誰かしらに囲まれて笑っていた。
俺はそれを遠巻きに見ているだけだった。
あいつのからからという笑い声はデイルームから廊下まで、よく、響いた。
なんでこんなこと思い出すんだろう。
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