第5話 夕食

 結局、晃達は夕方になっても帰って来なかった。もちろん信一もだ。

 俺と各務さんは、昼間の日光を避けるため、倉庫内で待っていた。

 入り口から見える水平線はすでに茜色に染まっている。

「あいつら遅いな。日が暮れる前には戻ってくるって言ったのに」

「そうだね、あまりにも遅いよね。僕、お腹空いたよ」

「確かにな。皆の分も用意して先に食べちゃうか」

 あまり気は進まないが、昼もまともに食べていないため、最早限界に近かった。

「うん、そうしよう。でも、作るのは二人分で良いんじゃない? もし今日中に帰って来なかったら無駄になっちゃうし」

 各務さんの言うことも一理ある。

 しかし、晃達は信一を探している訳だし、信一も何かトラブっているかも知れない。それなのに先に食べるのは皆に失礼では無いか。

 俺が各務さんにそう告げると、「石川君は真面目過ぎ。もう少し気楽に行こうよ」そう言われてしまった。

 確かにそうかも知れない。最早今日中に戻ってくるのか来ないのか分からない状況だし、いざと言うときに空腹では何も出来ない可能性もある。

 俺達は手早く夕飯のカレーを作ると黙々と胃に流し込んだ。

 各務さんは料理が得意らしく、作るのに手間取る事は無かった。もし、パートナーが唯であったら、こうは行かなかっただろう。

 唯が料理を作ると、見たことの無いものが出来上がる。そしてその味も、独創的だ。

 クラスの中で女子には秘密裏に行われた、『恋人にするなら、結婚するなら誰だ』選手権で、唯は見事結婚したい女子一位に選ばれた。

 奥ゆかしく可愛らしい。そして、その場を癒す様なほんわかとした空気が主な理由となった。

 しかしそれは建前で、ほとんどの男子の目的はその見事な胸だろう。

 だが、唯の事を良く知る俺や信一はその結果に首を傾げた。

 唯との結婚生活は恐らく悲惨な物となるだろうことが安易に予測出来る。唯の手からは、これは食べ物ですか? と言いたくなるようなものが生まれてくるからだ。

「どうしたの? 一人でニヤけて」

 正面に座る各務さんに指摘されてハッとする。

 どうやら俺は思いだし笑いをしていたらしい。

「いや、唯がクリームシチューを作った時の事を思い出しちゃって」

 食べ終わったカレーの皿を砂浜に置き、ペットボトルの水を一口飲む。

「それがなんで可笑しいの?」

「各務さんは、唯が料理苦手なのは知ってる?」

 小耳にはさんだことはある、と各務さんが頷く。

「あいつはただ苦手なんじゃないんだ。既存の概念に囚われない、創造的で独創的な物を作るんだ」

「それって普通、上手いってこと何じゃないの?」

 各務さんが首を傾げる。

 俺は、唯の作る料理がいかなるものか説明をした。

 焦げたというレベルではない、真っ黒なクリームシチュー。辛い不気味な形のチョコレート。出来立てなのに酸っぱい味噌汁等、唯が作った芸術品はまだまだある。

「確かにそれは独創的ね」

 各務さんはそう言いながら笑った。

 いつの間にか、自然と会話出来ている事に気づく。あれほどギクシャクしていたのに。

 俺達はそのまましばらく談笑をしていたが、夜遅くになってもだれひとり帰ってくることは無かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る