第3話 視線
俺たちは晃の話を聞くために、浜辺に円を組んで座っていた。真夏の太陽が、容赦なく俺達の肌をジリジリと焦がす。
「鬼の哭き声ってどういうことよ」
痺れを切らしたのか、夏希が口火をきる。
「この島には昔、鬼が棲んでいたんだ」
額に滴る汗を拭いながら晃が口を開いた。
「鬼って、あの桃太郎とかに出てくる?」
「そうだ。角が生えてて、肌が赤いやつな」
不安げに尋ねた唯の問いを晃は肯定した。
「そして、定期的に鬼はあるものを求めて哭いたそうだ」
「あ、あるものってなんだよ」
「信一、何だと思う?」
「わ、わかんねぇから聞いたんだろ」
「生け贄、でしょ」
信一の代わりに各務さんが答える。俺も声には出さないが頷く。
「そのとおり。島人達は昔、鬼が哭く度に若い娘を生け贄に出してたんだ」
「何でよ、別に生け贄になんか出さないで退治すれば良いじゃない」
夏希が憮然と反論する。
「抵抗した人々もいたさ。だけど、強靭な鬼に人間が束になってかかっても、到底敵う訳が無かった。そして、抵抗した人達は一人残らず無惨に殺されたそうだ」
「じゃあ、何でここは無人島になったんだ?」
生け贄を捧げている限り、島人達は安全なはずだ。
「若い娘だって頻繁に生け贄に捧げていたらいなくっちまう。老婆と男だけになったらどうなる?」
「人口は増えないわね。まぁ、他の所から若い娘を拐ってくればいい話だけど」
足を投げ出した各務さんがどうでも良さげに言った。
「確かにそうなんだが、昔は今ほど交通の便は良くなかった。何せ何百年も前の話だからな」
「じゃあ、その鬼が今でもいるってこと? やだ、私帰りたい」
唯が涙目で訴える。
「まさか、俺達を生け贄にする気じゃ無いだろうな」
「お前はいつから若い娘になったんだ? 信一君よ」
「そうだ! 信一を女装させて鬼に差し出そうよ」
各務さんが面白いことを思いついたかのように顔を輝かせポンと手を叩いた。
「それいいな。夏希の服なら着れるんじゃないか?」
俺は各務さんの提案に乗る。場の雰囲気を少しでも明るくするために。
まぁ、各務さんは本気で差し出そうと思ってるのかも知れないけど。
「おい~、勘弁してくれよぉ」
信一は今にも泣き出しそうな悲痛な声をあげた。
「生け贄ならあたしがなるわ。絶対退治してやるんだから」
夏希は指を鳴らす。どうやら正義の心が燃えたぎっているらしい。
「ぷっ! くくくく、はっはっはっは」
突然響き渡る高らかな笑い声。何かに堪えかねたように晃が笑っていた。
「ちょっと、何笑ってるのよ!」
自分の発言を笑われたたと思ったのか、夏希は晃に牙を剥いた。
「うそうそ、この時代に鬼なんかいるわけ無いだろう」
そういいながら晃はまだヒーヒーと笑っている。
「だろうと思った」
各務さんの冷静な一言。
俺も少しは疑っていたが、嘘だという確信は持てなかった。それほどまでにあの音はインパクトが有ったのだ。
改めて各務さんの冷静さに感服する。
「じゃあ、全部晃君の作り話なの?」
「作り話だけど、俺が作った訳じゃないよ。あの音が聞こえた後によく人がいなくなったらしい。だから、鬼の仕業だと思われ、そういう話が出来たらしいんだ」
「そっか、なら良かった」
話が作り物だと分かったからか、唯は安堵のため息をついた。
「そんで、アレは実際は何の音だったんだ?」
俺は、さっきの話を半ば信じていたと悟られないように平静を装った。
「あぁ、あれはな。この島の反対側に、引き潮になると現れる洞穴があって、そこで風が吹くとああいう音が鳴るらしいんだよ」
「伝説って、蓋を開けてみれば大概そんなものよね」
確かに各務さんのいうとおり科学が発達していなかった昔は、原因の解らない自然現象などは神や幽霊、人外の生き物などの仕業と信じられる事が多かった。
晃の話が作り話だと分かり、場の空気が和らいだ時、再びあの咆哮にも似た音が響き渡った。
原因が解れば、なんら恐ろしい事は無い。
「確かに改めて聞くと、すきま風の音が大きくなったみたいね」
夏希は納得したように、けど鬼がいなかった事を残念がっているようにうなずいた。そのうち、その洞穴に行こうなんて言い出すだろう。
「ねぇ、何かいるよ!」
唯が突然海とは反対側に群生している木々のほうを指差した。
俺達は一斉に唯が指差した方を注視する。
明確には判別しづらいが、確かに人影の様なものが、木々の間からこっちをじっと窺っている。
はりつめた空気が流れる。
夏希は既に中腰で構え、晃は唯を庇うように立て膝をついている。人影がゆらりと動いた様に見えた時、丁度頭の位置ぐらいの高さがキラリと光を反射した。
それが合図となったのか、夏希が走り出す。晃と各務さんもそれに続く。
俺は一瞬迷ったが、各務さんの後に続いた。
「おい、置いてくなよぉ」
走り出した後ろでヘタレた声が聞こえた。
「唯を頼む」
サンダルを履きながら信一に告げる。チラリとみたかぎり信一は腰を抜かしている様だった。
そんなヘタレに唯を任せるのは心許なかったが、人影の正体を確かめたかった。
足をとられる砂浜を駆け抜け、道路を横切り森へ入る。夏希はかなり先を行っているのか、晃と各務さんの後ろ姿しか見えなかった。
枝をかわし、落ち葉を蹴散らしながら後を追う。
しばらく直進すると森が開け、再び道路に出た。久しく人の手が入っていないせいか、道路は所々ひび割れていた。その道の途中、昇り坂に差し掛かる辺りに夏希は佇んでいた。
「おい、何か分かったか」
その背中に声をかけたが夏希は首を横に振った。
「どこかで見逃したか、みまちがいだったって事だな」
晃がやれやれといった感じに肩をすくめる。
「それより早く戻ろうよ。僕は唯が心配だよ。一緒にいるのはヘタレだし」
「そうだな。夏希、行くぞ」
じっと坂の上の方を見ている夏希の背中に声をかける。
「う、うん。分かった」
そう言いながらも夏希は動こうとしない。
俺は夏希の隣に立ち、夏希の目鼻立ちの通った横顔を見つめる。夏希の視線の先には、クルーザーの上からみた、あの荒廃した建物が遠くに聳えていた。
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