第2話 咆哮
俺達は浜辺に着くと早速テントを設営した。
船着き場から少し東へ行った所、そこに浜辺はあった。
以前は人がいたためか、浜辺に至る道は舗装されており、倉庫やトイレ、シャワー小屋まであった。
俺達男陣はテントで水着に着替え、女性陣はシャワー小屋へ着替えに行っている。
覗いたら×すからと最上級の脅し文句を残して。
女性の着替えは案外時間がかかるもので、俺達が着替え終わってもなかなかやってこない。
「遅いな、何かあったんじゃねぇの?」
信一がシャワー小屋の方を見ながらため息をつく。
「じゃあ信一、お前様子見に行って来いよ」
俺はそんな信一にナイスな提案をする。
「俺はいいよ、秋人が行って来いって」
「そんなこと言って、お前は覗きたいだけなんだろう?」
俺の提案を拒否した信一に、晃の鋭い指摘が入る。
「ち、ちげ~よ。そんなんじゃねぇよ」
口では否定しているが、顔や態度は否定していない。それが信一がヘタレたる所以である。
「素直になれよ。いつもさりげなく唯の胸見てるくせに」
俺は止めの一撃をくれてやる。
「み、見てね~よ! 視界には、入るだけだし!」
信一は嘘をつくのがとことん苦手だ。普段と違い、どもるから判りやすい。
「男らしくない。これだからヘタレは。なぁ晃」
「あぁ、そうだな」
「お、お前らだって見てるくせに。ちくしょー!」
信一は叫びながら海に向かって駆け出した。このままここにいると、もっと弄られると判断したんだろう。
そして、丁度来た波に向かって飛び蹴りを繰り出す。
しかし、相手は海水だ。効果はバツグンとはいかず、そのまま海の藻屑と化した。
「あ~あ、先走っちゃって。酷い目に遭うぞ、あいつ」
「秋人、お前がいじり過ぎるからだろ」
「晃だって人の事言えないじゃん」
「確かにな」
お互いにニヤリと笑う。
俺は海面にプカプカと浮かぶ信一を見つめた。
その時だ。
「あぁ~~! あいつ先に入ってやがる!」
後ろで怒気を含んだ各務さんの声が聞こえた。
振り向くと、女性陣が着替えを終えて出て来るところだった。
各務さんはゴシックな雰囲気のある、フリルの付いた黒いタンキニの水着。夏希は水泳部らしい、露出が少なめのツーピースタイプの水着。白地に緑のラインがこれまた夏希らしい。唯は胸元の大きなリボンが特徴的な白いビキニで、腰には淡い黄色のパレオを巻いている。
各務さんは辺りを見回し、側の倉庫に入った。すぐに出てくると、なんと右手に銛を握っている。
「今夜のディナーは信一か」と晃。
「晃、足はお前にやるよ」
なんてブラックジョークを交わす俺達の横を、漆黒のポニーテールが駆け抜けた。
そして、槍投げ選手よろしく、銛を投擲する。
各務さんの右手から放たれた銛は、綺麗な弧を描き、まるでグングニルになったかのように、信一へと向かう。
しかし、グングニルもとい銛は、水面を漂う信一に命中することなく、信一の右側につきたった。
信一は一瞬、何が飛来したのか理解出来ない様子で起き上がった。
そして、自分を急襲した物が何であるか確認すると、慌てた様に浜辺へ上がり、こちらへ駆けてきた。
「マジで危ね~じゃね~か! まゆっち、冗談にも程があるぞ!」
「あんたが抜け駆けするからでしょう」
各務さんは悪びれた様子もなく口を尖らす。
「だからって、あんなもん投げるか普通!」
「ふん!」といって各務さんはそっぽを向いた。この人にだけは逆らわない方がいいかも知れない。
「ちょっとあんた、血が出てるじゃない」
夏希が信一に駆け寄る。
夏希の言うとおり、信一の右手の甲から血がポタポタと落ちていた。
「げっ、マジかよ」
信一は自分の手を繁々と見つめて言った。
「ちょっと待ってて」
夏希はすぐさまシャワー小屋へと引き返す。
「まゆはちゃん、ちょっとやり過ぎちゃったね」
唯が憮然と膨れる各務さんをたしなめた。
夏希は、消毒液とガーゼ、それに絆創膏を持って出てきた。
そして、すぐさま信一の指を消毒する。
「いてぇ」と抵抗する信一を、夏希は「男なら我慢しなさい!」と強引に手当てをする。
「さて、皆集まった事だし、ビーチバレーでもするか」
そう提案した晃の手には、いつの間にかバレーボールが乗っていた。そんなもんまで用意してたのかと感心する。
「でも、ネットはどこにあるの?」
確かに唯のいうとおりだ。ここは人が賑わう海水浴場ではない。勿論そんな物を貸し出しているはずもない。
「それが有るんだよ、あそこの倉庫に」
と、晃は先ほど各務さんが銛を取りに入った倉庫を指差した。
「それって、漁師の投網じゃないだろうな」
手当てを終えた信一が、手の具合を確かめながら言う。
「いや、ちゃんとしたやつだぜ。この島は親族がよく利用するからな、誰かが持ってきたんだよ」
俺には雄二さんのこんがりとした顔が浮かんだ。
「あたしは海で泳ぎたいな。それに信一は手を怪我してるじゃない」
また夏希を河童ネタで茶化そうかと思ったが、今度こそ命の保証はなさそうなのでやめた。
「確かにそうだな。他の皆はどうするよ」
晃が周りに意見を求める。
「私は別に構わないよ」
「僕も信一を狙い打ち出来ないのは残念だけど、やってもいいよ」
唯と各務さんが参加を表明する。
「秋人はどうするんだ?」
今のところ参加者は三人。
「じゃあ、俺もやるかな」
俺は特に不満も無かったため同意する。それに、いいものが見れるかも知れないからだ。
「よしきた。じゃあチーム分けだな。男対女になると不公平だから、男女ペアにしよう」
晃の提案の結果、俺と各務さん、晃と唯という組み合わせになった。
「よろしく、各務さん」
「よ、よろしく」
やはりぎこちない。信一と接する時とは対照的に、伏し目がちで、歯切れが悪い。俺は嫌われてるのだろうか。
「晃くん、きちんとサポートしてね」
「おう、秋人なんか俺一人で十分だぜ」
晃が肩を回しながら気合いを入れている。向こうの士気は高い様だ。
「力仕事は男の仕事」と男女平等を唱える活動家が聞いたら怒りそうな晃の発言で、俺と晃がネットを張る。
正確なコートの広さが分からないため、目分量で広さを決めた。
「あれ? なんかそっちの方が狭くないか?」
晃がネット越しにコートを睨み付けてくる。
「そんなこと無いよ。同じぐらいだろ」
俺はすかさず反論する。
「いいや、そんなこと無いね。明らかにそっちの方が狭いって」
「うん。私もそっちの方が狭く感じる」
唯も晃に加勢する。
「晃、そんな小さいこと気にすんなって。お前の心が狭いんじゃないのか?」
「誰がそんな上手いこと言えって言ったよ」
「じゃあ、場所替えすればいいじゃん」
各務さんの冷静な一言で事態は終息した。
お互いに場所を移動してはみたものの、やはり対して変わらない気がした。
「なんだ、あまり変わんないな」
晃はそう言うと、詰まらないことでムキになった自分が恥ずかしいのか、はははと頭をかきながら苦笑いをした。
基本ルールはバレーボールと同じで、得点は十点先取制、負けたらバツゲームという事で試合が開始された。
意外にも各務さんはバレーが得意らしく、勝負は一進一退の展開となった。
俺も苦手ではないが、晃の方が上手い。もしパートナーが唯であったら速攻で負けていただろう。
そんな唯は、一生懸命ボールを追う度、白い水着から豊満な胸がこぼれおちそうだった。
本人はそれが動きづらそうだったが、俺はここぞとばかりに凝視する。隣から何やら視線を感じたが、俺は気にしない。そこは信一とは違う。あのヘタレと一緒にされては困る。
そして、勝負はいよいよ大詰め。互いに後一点取れば勝利という場面。
「行くぞ、勝利を我が手に」
晃から鋭いサーブが放たれる。
「――それっ」
各務さんはそれを易々とレシーブする。勢いをなくし、弧を描いて落ちてくるボール。
「頼んだぜ、各務さん」
回転を殺されたボールはコントロールしやすく、今世紀最高のトスを上げることができた。と、素人ながらに思う。
そして、その最高のトスに各務さんがアタックするべく動く。
大きく踏み込み、全身を使いながら跳躍し、体をしなやかに反らせた各務さんのシルエットは、とても綺麗だった。
決して長身では無いが、スラリと伸びた細い手足、だが、痩せすぎではなくほどよく膨らみのある胸。汗を弾く、潤いのある白い肌、太陽光を反射しきらびやかに光輝く黒髪。背中のフリルが、まるで翼のように翻り、その一瞬だけを切り取ったら、まるで漆黒の女神が飛翔したかの様だった。
俺はその姿に見とれてしまった。各務さんのスパイクが決まったことも忘れるぐらいに。
「やった~、勝ったよ!」
嬉しそうに跳び跳ねる各務さんを、なおもボーッと見つめる。
「やったね、石川君」
各務さんが初めて見せる笑顔でハイタッチを求めてきた。
「あ、あぁ」
俺は力なくそれに応対する。
「どうしたの? どこか痛めた?」
そんな様子の俺を心配したのか、顔をのぞき込んでくる。
「いやっ、何でもない! 別にどこか痛めたんじゃなくて……」
俺は冷静さを取り戻し、頭の中で言葉を探す。
「じゃなくて?」
「見とれてたんだ。各務さんに。あのスパイクは惚れ惚れするね。いや~見事だった」
俺は正直に言うのは恥ずかしく、冗談めかして言った
一瞬キョトンとした各務さんだったが、ニンマリと笑い「へっへ~。どういたしまして」と言った。
この反応をみるかぎり、あながち嫌われてるわけでは無いらしい。
「罰ゲームは何にしようかなぁ」
人差し指を顎にやり各務さんは考え出す。
「くっそ~、負けたぁ~~!」
向こう側のコートでは晃が盛大に悔しがっていた。拳で何度も砂浜を叩いている。
「晃君、遊びなんだしそんなに悔しがらなくても……」
「いいや、遊びだからって負けるのは悔しい!」
晃の負けず嫌いは、実は夏希に匹敵する。昔からよく二人の勝負に巻き込まれたものだ。
しかも、大概些細な事の方が多かった。
あんまんはこしあんかつぶあんかで争ったり、アイドルポップデュオではあっちの方が可愛いだの、正直俺にはどっちでも良いだろ、と思える話題ばかりだった。けど、決まって最後には「秋人はどっち派?」と二人に聞かれる。
そして、俺は決まってこう答えた。
「お互い良いところがあるんだから、最終的には個人の好みだろ」
その言葉に二人はあまり納得した顔にはならないが、一応勝負は引き分けという事で収束する。
俺は、砂の上で胡座をかき、ブツブツとひとり反省会をしている晃はほおっておき、海の方へ目を向けた。
夏希は優雅に背泳ぎをしている。
そのしなやかで健康的な腕は、入り江で泳ぐ人魚を彷彿とさせた。腕をかくたびはねあがる水飛沫が、太陽光に照らされ、まるで彼女を祝福しているかのようだった。
その時だ、島全体を揺るがす咆哮の様な音が轟いた。
――――――――――――――――――――――!!
「何? 今の!」
振り向くと各務さんが辺りを見回している。
「なんか、化け物でもいるのかな? そんな感じの声だったよね?」
「石川君もそう思った? 何かに怒ってるような、ウオオォォォって感じだったよね」
「あぁ、なんかこの島には伝説ドラゴンがいて、そのドラゴンが宝を守ってるみたいに」
「いやいや、実は恐竜がこの時代まで生きてて、放射線の影響で巨大化したんじゃない?」
俺は今の音が何か分からない不安をごまかすため冗談を言ったが、各務さんは逆に楽しんでいる様だった。
「やだ、怖い」
それとは対照的に唯は不安そうな顔を浮かべ晃に寄り添っていた。
「ちょっと、今の何なのよ!」
いつの間にか夏希が海から上がってすぐそばまで来ていた。
「本当にここ無人島かよ」
信一も慌てた様に戻って来た。
無人島だからって、他の生き物がいない訳じゃないぞという突っ込みを飲み込み晃を見る。
しばらくブツブツとやっていたが、皆の視線を感じたのか、顔を上げた。
「どうした? 皆集まって」
晃は気づかなかったのだろうか、あれほどの音だったのに。
「いや、今の音聞こえなかったか?」
「あぁ、あれか。あれが鬼の哭き声だよ」
晃がニヤリと笑みを浮かべた。
俺は晃のその顔に一抹の不安を覚え、辺りを警戒する。他のメンバーも不安を感じたのか、その場を不穏な空気が支配した。
そんな俺達を嘲笑うかのように、蝉の鳴き声だけが響いていた。
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