第45話 『アイシテル』

  木綿ゆうさんがイケメンと腕を組んで歩いているのを見てから、僕はずっと彼女を避けている…。

 今日も、これまで日課としていた朝のジョギングを休んでしまった。

「どうしたんですか?どこか体調が!?」と聞いてくる彼女に、「いや、ごめん。寝不足で…」と曖昧な返事をしてすぐにドアを閉める。あー、自己嫌悪に陥る…。僕は最低だ、、。


 しかも、今日は、やたら木綿ゆうさんと同じ授業が多く、その度に僕は、こそこそ隠れようとするものの、大学院の講義は全て少人数…、なので、彼女と目と目があうのは当たり前で、結局、僕は木綿ゆうさんに「宮畑君、こっちこっち」と声をかけられる。

 果たして笑顔を作れているだろうか?「う、うん、今日はここでいいや」と言いながら二、三度手を振ってから僕は机に突っ伏した。


 午前の講義が終わった瞬間に教室を飛び出した僕は、そのまま学食には行かず、バイト先のカフェ『ガルーダ・パートツー』に逃げ込んだ。


「あー、珍しい。宮畑君がお昼にここに来るのって初めてじゃない?どうした?」


 マスターがティーカップを拭きながら僕に話しかける。


「いえ、ちょっと色々とありまして…」

「そうなんだ。まあ、ゆっくりして行きなよ。何か食べるんだったら、ナポリタンでも作るよ」

「えっ、いいんですか?メニューにないのに?」

「うん。今日のお昼はナポリタンって決めてたから、一人も二人分もそうは変わらないからさ」

「あ、ありがとうございます!是非!」

「はいはい。じゃあ、コーヒーでも飲んで待ってて」


 そういうと、マスタ—は、ちょっとだけ甘いカフェラテを出してくれた。


「顔が疲れてるよ。そういう時にはこれが一番!ははは」


 マスターは厨房に入るとベーコンや野菜を切るとテンポ良く炒め出した。二十九センチのフライパンの上をベーコン、タマネギ、人参、ピーマンが元気に踊っている。そこに、ぶつ切りにしたトマトを投入し、調度茹で上がった麺をいれると白ワインをかけ、すぐに蓋をして火を止めた。どうやら少し蒸すのがマスター流のようだ。そして、二分ほど経った後、蓋を開けるとトマトピューレとケチャップ、ソースをさっとかけ馴染ませていく。凄く良い匂いが漂って来た…。思わず僕のお腹が『ぐぅー』となってしまう。


「はい。どうぞ」

「ありがとうございます!美味しそう〜〜!今、見てましたけど塩コショウは使わないんですね。何これっ!うわ、これ、、ほんと美味しい!」


 流石、マスター!僕が今まで食べていたナポリタンはナポリタンではなかったんじゃないかと思うくらい、懐かしさと優しさが溢れた一品だった。


「ところで、木綿ゆうちゃんと何かあったのかい?」

「ぐっ、、、」

「おいおい、大丈夫か。ほら、水飲んで」

「す、すみません」


 僕は咳き込みながらもマスターの方を見つめる。『ほら、なんでも話していいよ』と言ってくれている気がした。

 美味しいナポリタンが、固くなっていた心を少しだけ柔らかくしてくれたのか、僕はこれまでのことをぽつりぽつりと打ち明けた。


「え〜!やっぱり!!宮畑君、木綿ゆうちゃんのこと、そんなに好きだったんだね〜!」


 僕が失恋の痛みで泣きたいのを堪えて話したのに、マスターは茶化すようにそして、ちょっと半笑いでこういったのだ。


「いや、僕はずっと木綿ゆうさんのことが好きでしたよ。それって彼女には、伝わっていると思っていたのに…」


 すると、さっきまで「くっくっ、若いっていいね〜」なんて言っていたマスターが真剣な顔になって僕に語りかけた。


「言葉にしなきゃ駄目な事って多いんだよ」

「えっ?」

「不安でどうしようもない気持ちが、たった五文字の言葉で消し飛んで、今度は幸せな気持ちが溢れてくるんだ」

「五文字?」

「馬鹿だなぁ。宮畑君は…。『』しかないでしょ?」

「あっ…」


 確かにそうだ。僕は木綿さんから伝わってくるものを永遠なものと一人で勝手に解釈していた。なのに、自分の気持ちを彼女に伝えたことは一度も無いじゃないか…。そんな彼女から愛想を尽かされたのも無理はない…。


 でも、もう遅いよ。彼女はあんなにイケメンな男と腕を組んで歩いていたし…。


 その時、カフェ『ガルーダ・パートツー』の扉が開き、来客を伝えるベルの音が「チャリン—」となった。


 まさか…。

 そう、そこには、木綿ゆうさんが立っていた…。



 木綿さんの誕生日まで…あと一日。



To be continued…

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