第39話 足らないもの…

「宮畑君、あのー、写真撮るのって楽しいですか?」


 ペンションの前にある小さな沼を回り終え、ペンションのドアを開けようとした時、彼女は突然、僕にこの言葉を投げかけた。


「うん、そうだね。楽しいよ」

「そうですよね。あんなに素敵な風景をみたら、感動するもん」

「確かにね…。そうなんだけど。目に見えたままの情景を写すことが出来ないというのがじれったいというか、写真の腕が低いというか…、そういうのでちょっと落ち込むんだけどね」


 彼女は、ふんふんと僕の言葉を聞いている。


「実は、私も宮畑君の後ろで、スマホですけど結構写真撮ったんですよ!ほら、これ見て下さい!」


 彼女は、玄関先の階段下にあった長椅子に座ると、スマホを横にして、僕に写真を見せてきた。そこには、今日の素晴らしい夕景写真があった。


「あ〜、いいな〜!最近のスマホって馬鹿に出来ないし…。これって、もう立派な風景写真だよ」といいつつ、彼女のスマホ画面をスクロールしていく。

 押し寄せる湖の波の模様がアップになった一枚、小さな島の木々から伸びる夕陽の影の一枚、背面の山々の緑が鮮やかな一枚など、木綿さんの撮った写真は彼女の視点そのものだった。

 ただ、咲いている花をど真ん中に配置した日の丸構図もあるし、黒い石が写真の左下に映っていたり、木々が邪魔をして、雄大な磐梯山が少し窮屈な一枚などもある。でも、何故だろう、何故にこんなに引きこまれるんだろう?


「私、思いついたままというか、見て『美しいな〜』とか『面白い〜』とか思ったものを撮っただけなんだけど、すっごく楽しかったんだよ。宮畑君が一生懸命撮っているのを邪魔したくなかったから、声はかけなかったけど、『あそこ凄い〜!』って感動を共有したかったな〜って。でも、写真撮るのってこんなにも楽しいんだなぁ〜って」


 あー、そうか。そうなんだ…。

 

 僕はもしかしたら、この気持ちを忘れていたんじゃないだろうか?いつの間にか技術、技術って、目の前の風景に感動するよりも先に、カメラの設定をいじったり、構図はこうだみたいに決めつけていたかもしれない。

 僕は、本来、『楽しい』からこの写真というものにのめり込んだのではなかったか?なのに、今は、良い写真を必ず撮らなければという気持ちが先走って、全く楽しんでなかったのかも知れない。

 

 だから、今日も散々だったんだ…。


 確かに、僕の写真は、素人の人から見れば「良い写真だね」と言われるかもしれない。だけど、プロカメラマンからみれば、ただ単に初歩的な技術通りに撮っただけとすぐに見破られるだろう。それは、そこに感動という魂が抜け落ちているからだ…。


 僕は、いつのまにか彼女の両手を握っていた。


木綿ゆうさん!ありがとう!僕、明日は楽しく写真を撮れると思う。だって、木綿ゆうさんが傍にいるしね」

「宮畑君…。もう〜!本当に、私を喜ばせるのが上手いんだから…」


 そういう彼女は、顔が真っ赤になっている。「あー、暑いー」と両手でパタパタと仰いでいる姿が可愛らしい。


 実は、彼女のスマホの写真アルバムを見ていて気付いたことがある。違うフォルダーに、僕が写ってる写真があったのだ。しかも、結構、枚数があったような…!?


「あとね、木綿ゆうさん!盗み撮りはダメだからね!」

「へっ!!!!!!!」

「さあ、晩ご飯食べに行こうよ」

「待って!!何!?何を見たの?」


 そう言いながら彼女は僕を追いかけてくる。

 明日ももっと楽しい一日になるだろう。

 そう思うと僕の気持ちはさらに上がっていくのだった。


◇◇◇


「はぁ〜。もう、食べれない!!お腹パンパンだよ〜」

「お代わり三杯もしてたもの。そりゃ、苦しいのでは…ふふふ」


 僕らは、ペンションンオーナーである白井夫妻の作った美味しい夕食に舌鼓をうち、部屋に戻ってきていた。


「ねえ〜。宮畑君。白井さんご夫婦って、本当に仲が良くて素敵だったよね〜。洒落た食べ物じゃなくて、福島らしいご飯を食べて欲しいっていうコンセプトもいいな〜って思った。だって、ここでイタリアンとか食べても…って思うしね」

「うん。わかるわかる。で、何が一番美味しかった?」

「え〜っと、全部美味しかったけど、私は『こづゆ』かな。醤油味が優しい吸い物っていいな〜って思ったの」

「確かに!舞茸は、ご主人が山で取ったって言ってたよね。だからあんなに風味が違うんだ」

「うん。あ〜、ここを選んだ宮畑君ってやっぱり凄いです!」

「うん、そうでしょう。そうでしょう!もっと褒めて!!」

「じゃあ、ご褒美に肩を揉んで上げます。はい、そこに座って」


 グルメ談義をしていた筈なのに、何故か僕はソファーの前の床に座らされている。すると、木綿さんが、僕の後ろに回り、ソファーに腰かけた。


「始めますよ!力を抜いていてくださいね。あっ、痛かったら言って下さいね」


 そう言うと、彼女は、僕の背骨と肩を絶妙な力加減で揉んでいく…。


「あ〜、そこ!そこ!はう!あっ!いいっ!」

「あの、宮畑君、それ、わざとですか?ちょっと、エロいというか…」

「くっ…。木綿ゆうさんの口からエロいって言葉が出るのって新鮮だわ」

「な、なにを言うんですか〜!私だって、普通の女の子ですからね。ちょっとエッチなことも話したり…」


 ん?なんかマッサージの速度が上がったような……。


「もう!何を言わせるんですかっ。ばかっ」


 くー、可愛い〜!!


「ごめんごめん。でも、ほんと上手だね。マッサージ」

「はい。よく兄にやらされてたんですよ。でも、お小遣い貰えるから私の方から喜んでやってたんですけどね。ふふっ」


 彼女の指先が僕の背中のツボを押す。その度につま先がピシッと伸びていくような気がする。今日の疲れがこのマッサージで飛んで行くように思えた。


 しばらく経って、「はい。今日は、これで終わり」と彼女が僕の両肩を緩く叩いた。


「ありがとう。すごく軽くなったよ。明日も頑張れそう」

「うん。それならよかったです。今日、宮畑君、撮影終わってからちょっと元気無かったから疲れたのかな〜って思って。早起きして、車も運転してくれて、荷物も持ってくれて、って、ごめんね。今回も一杯迷惑かけちゃって」


 彼女の優しさが僕の心に染み渡る…。

 

 決して、カラッカラに乾いていたわけじゃない。大学院生活は順調だし、写真同好会の仲間はみんな良いやつだ。そして、バイト先のカフェでもマスターや常連さんに可愛がって貰っている。

 だけど、だけど、やっぱり何かが足りなかった。

 それは、自分の少しの変化を見つけて叱ってくれたり、褒めてくれたり、甘えたりもできる人、僕の事を分かってくれる彼女が欲しかったんだ。


 やっぱり、彼女しかいない。木綿ゆうさんに、告白するしかない…よな…。

 この写真撮影旅行中に出来れば良いのだけど…。

 果たして、出来るだろうか!?




To be continued…

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